第28話
みくが連れて行かれた方面へと歩く。
廊下の照明は使われておらず、かなり暗め。足元になにかが転がっていても気付かずに踏んでしまうだろう、というほど暗い。
怖いもの苦手な人だと結構辛そう。
歩くたびにつかつかと音は鳴り、響く。これじゃあ今自分がどこにいるかを知らせているようなものじゃん、と忍足で歩いてみるが細かなことで変化するわけがなくて、足音が響き渡る。
小手先でどうこうできる問題じゃないので、さっさと諦めてつかつかと歩くことにした。
しばらく歩けば扉の隙間から照明の光が差し込む部屋がある。
私たちは足を止めて、顔を合わせる。入るか入らないか……という一瞬の迷い。もっとも入らないという選択を今更できるわけもなくて、取っ手を捻って扉を開ける。ギギギと立て付けの悪い扉。それを開けば広くて眩しい空間が広がる。
「やっときましたね」
「お待ちしておりました」
さっきの二人組はにかりと笑う。
その後ろにはみくが居る。
紐で縛りつけられ、猿轡を噛ませられ、身動きも喋ることも許されない。
みくのような小さな子に対してそういうことをしているので犯罪臭がぷんぷんと漂う。まぁ犯罪か否かと問われれば紛うことなき犯罪なのだが。
「みくを返せ!」
珠々はライターの火を彼女たちに向けて放つが、当然のように弾かれてしまう。
痛くも痒くもないという感じ。あまりに飄々とした雰囲気を漂わせるので、こちらとしては面白くはない。
掌で踊らされているような感覚が嫌だ。
珠々も同じなのか眉間に皺を寄せる。
「返せ……ですか」
「奪う、が正解ですよ」
「なわけあるか!」
珠々は叫ぶ。そりゃそうだ。相手はあんまりな暴論を吐いているのだから。
あっちの主張としては、一度みくはこちらの手に渡ったのだから所有者はこっち。お前らは奪いに来た奪取者、と言っているようなものである。これを暴論と呼ばずしてなんと呼ぶか。
「とおっしゃっていますよ。所長」
ポケットに手を突っ込む白衣を着た女はポケットからスマートフォンを取り出した。
手際良く画面を操作したと思えば、スクリーンを私たちの方へと向ける。
表示されているのは通話中の画面であった。しかもカメラがオンになっている。この場で通話かよ、と呆然としてしまう。
『ハッハッハッ、面白いことを言う子だねぇ。いやはや殺してしまうのは勿体ないくらいだよ』
カメラに映る白いちょび髭を生やした男は、髭を触りながら笑う。
「所長、ひとまず自己紹介を」
『おっと、そうだったねぇ』
コホンとスピーカーから響く。
顔付きには既視感がある。どこかで見覚えがあるような……どこで見たんだろうか。うーん、と考えてもパッと浮かばない。気のせいなのかもしれない。
『日本星空開発機構三代目所長。三嶺博文だ』
と、自己紹介されても既視感の正体は掴めなかった。気のせいなのだろうか。
でも気のせいだと片付けるにはあまりにも既視感が大きい。
『私の娘らが世話になったようだね。まずは感謝しよう』
「娘……?」
珠々は首を傾げる。
点と点が線になった。彼女はイマイチピンと来ていないようだが。いいや、現実逃避しているだけかもしれない。
偶然と呼ぶのは難しいほど極太な線が引かれているから気付いていないとは考えにくい。別に珠々は察しが悪い鈍感ちゃんってわけじゃないし。
『三嶺三玖。我が娘さ』
ぼんやりとそうかなぁと思っていたものが現実となる。
可能性が確実に変わった瞬間だ。
既視感の正体はみくだった。言われれば言われるほどたしかに似ているかもしれない……。白い肌から始まり、パッチリとした目、長めのまつ毛、くっきりとした鼻筋、艶やかな唇。
納得はできるのだが、腑に落ちるかと言われると微妙。なにか抜け落ちているような気がするけど、これこそ多分気のせいだ。
勘繰る癖がついている。良くない。
「んぐー……むがー……んむっー」
みくは身体を捩らせ、なにか発しようとするが猿轡のせいで意思疎通ができない。二人組も最初はみくの方に目線を向けたが、彼女がなにもできないことを確認して興味無さそうに目線をスマホとこちらへ戻す。
『保護してもらったことは感謝するが、三玖は私の実娘なのだからこちらが預かるのは当然のことではないかな?』
一理どころか百理ある。
こうなったらもうこちらに勝ち目はない。血の繋がった親子である以上太刀打ちのしようがない。
どういう理論を振りかざしたところで私たちとみくの間柄は知り合い止まり。血の繋がった親子以上の要素を得ることはできないのだ。
「当然です」
「所長のおっしゃる通りです」
二人組は妄信的に頷く。いや、妄信的じゃなくても頷く場面ではあるんだけど。
ただ反応が新興宗教の教祖と信者みたいで……。そう見えてしまう。
そんなやり取りをスマホを介して行っている間、みくはパタリと静かになった。さっきまで煩かったからどうしたのかなと彼女の方を見ると、くねくねと芋虫のように動いて、転がっているくまもちに口付けをする。
くまもちはむくりと立ち上がった。
あ、復活した。勝機が見えた、と思ったがもう一人の女のスキルはなんらかの力で動く人形を無力化するものである。例え裏を取って攻撃したとしても成功する可能性はそこまで高くない。ダメージを与えるまで一切バレない必要があるからだ。
言葉にしてみればそこまで難しくないように聞こえるが、実際はかなり難しい。
あまり期待せずに動向を見守る。
くまもちはもふもふと可愛らしい足音を立てながら走り出す。どこに行くのかなと考えている間に姿は見えなくなってしまった。
逃げた? そんなわけないよね。でも逃げたようにしか見えない。
「というわけでお返しすることはできかねます」
「もちろん奪うことも許しません」
二人組はそう芝居がかった口調で喋る。これドラマとかなら大根役者だって批判ものだ。
『こらこら刺激するのは良くない』
スマホの向こう側ではヤレヤレという表情を浮かべながら待ったをかける。
あれ、この人思ったよりも常識人なのでは? と一筋の光が差し込む。上手く立ち回ることができればみくをこちらの手に戻すことができるかもしれない。なんて淡い期待を抱く。いいや抱いてしまう。
もちろんそれは三秒もせずして破壊されてしまうのだが。
『艶島珠々。君が私たちの技術発展に力を貸してくれる、というのならば三玖との時間を作ることを約束しよう』
こうやって、ね。
最初からこの方向に話を持っていく気だったのが丸見えで萎えてしまう。
みくは首を横に振っている。クリーム色の長い髪の毛が右へ左へとひらひらと揺れる。
どういう意図で首を振ったのだろうか。流石に偶々首を横に振ったと勘違いするようなことはないが、ソイツの話を真に受けるなという意味で首を振ったのか、それともお前たちとは一緒に居たくないという意味で首を振ったのか、私なんかの為に命を投げ出さないでと首を横に振った可能性もある、か。
まぁ最後のに関しては限りなくゼロに近いだろうけど。
珠々はみくの反応を一切確認していない。俯いて、なにやらぶつぶつと呟くだけ。隣にいる私ですらはっきりと聞こえないほど小声である。
耳をすませば……聞こえるなんてこともなく、なにを言ってるかわからん。
「良いのですか、所長」
『なーに、構わんさ。そもそも三玖にはその程度の価値しかないわけだからな』
「なるほど」
耳を疑うような言葉が聞こえた……気がする。気のせい、だよね。と、自問自答。
「価値……ですか」
『そうさ。我が娘にはその程度しか価値がない。むしろ有効活用していることを有難く思うべきだな』
「ですね」
コクリと女は頷く。
「なにそれ」
珠々は俯いたまま、でもはっきりと非難する。
『なにそれとはどういうことかね』
「価値がないってどういうことですか」
『難しいことを尋ねるね。そのままの意味でしかないが。価値がないのだよ。我が娘には餌程度の利用価値しかないわけだな』
「物みたいな……」
『私の娘だというのに頭の出来が悪い。人として育てるわけには行かぬだろう』
「そうですよ。所長の子供ということはすなわち日本星空開発機構の次期所長です。知識も学もない方に任せられるものではありません。ですから学のない娘様は人としてではなく、物として育てられるのです。形は違えど、日本星空開発機構の技術発展に貢献することができる。それほどに喜ばしいことはないじゃないですか!」
さぁどうだ。そう言いたげな様子で両手を広げた。
狂ってる。狂っていやがる。
そもそもあの年齢の子供になにを求めているのか。年齢を考えればみくは優秀な部類なはずである。少なくとも私はそう思う。学がないのはみくよりもこの人たちなのではないだろうか。
こんな狂った親を持つみくが可哀想だ。
『今回は見事仕事を果たしてくれました。人形にGPSを仕込み常に君たちの居場所に関する情報を教えてくれていましたから。そうですね。仕事を遂行したことは素直に褒めることとしましょう』
「……」
『ではそろそろ始めようではありませんか』
ぷつんと通話は切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます