第27話
車を走らせること三十分。目的地であった日本星空開発機構へと到着する。カーナビに表示されていた到着予想は五十分前後表示されていたので二十分近くも短縮したことになる。車通りがほぼ皆無な幹線道路をこれでもかってくらいかっ飛ばしてきたので当然っちゃ当然だ。途中オービス? ってやつが赤く光っていたりしたが、まぁこの状況であれば関係ない。そもそも無免許運転だし。盗んだ車だし。
路上に車を停車させる。道路の端っこに寄せる技術なんてもちろんないので、第一走行車線に堂々と停車。少し前の情勢であれば、こんなことしたら迷惑車だってスマホのカメラ向けられること間違いなし。煽り運転ならぬ煽られ運転だって警察のお世話になってしまうかもしれない。
日本星空開発機構。
古くて大きな建物が聳え立つ。
道路に面する部分には壁がだーっと並んでおり、簡単には中へ立ち入ることができなさそう。しばらく歩いてみると、入り口を発見する。もっともお好きに入ってどうぞという感じで開放されているわけではない。鉄柵の扉が二重になっており、施錠もされている。
厳重警備という感じだ。
警備員は居ないけど。
こういう鉄格子って触ると電気が流れていそうで嫌だなぁと思いつつ、指先でちょこんと触れてみる。
ビリビリと電気が流れるようなことはない。
外気で鉄が冷たくなっていて、指先が若干冷たくなるだけであった。
「なんだ……」
こんなもんかと拍子抜けしてしまった。
今度はガッチリと掴んで開錠を試みるが上手くいかない。明らかに中へ立ち入らせたくないような警備態勢なのに、鍵が壊れていました……みたいな安いドラマみたいなオチなわけがないのだ。
がちゃがちゃと扉を揺すっても音が鳴るだけでそれ以上のことは起こらない。
「開かない?」
「無理っぽい。帰って作戦練った方が良いんじゃない?」
これなら穏便に帰宅という流れに持っていくことができるのではないかと、車種もわからぬ車へ歩く。
一歩動いたところで左手を珠々に右手をみくに掴まれ止められる、もとい拘束された。
「な、なに」
「こんな扉壊しちゃえば良いんだよ」
「そー! ばこーん、がしゃーん、ばきゅーん! ってやればこわせるよー」
両手に花ならぬ両手に戦闘狂である。
なんで皆そんなに戦いたいの。意味がわからん。
「そもそも二華だけなら瞬間移動であっちに行けるでしょ」
鉄格子の先を指差す。
ここから中庭は見えるので、たしかに行ける。それは間違いない。
でもそれじゃあ私一人で突っ込むことになってしまう。単騎で突撃しろ! なんて馬鹿みたいな話があるだろうか。実際提案されているわけで、やれば良いのにと思っている人は隣にいるみたいだけど。本当に頭のネジ一つ飛んでるよ。
あれ……そっか。
瞬間移動は私が触れている人も同時に移動させる効果がある。つまり二人を触りながら瞬間移動をすれば、二人を連れて行くことも不可能ではないのか。私含めて三人で瞬間移動というのは挑戦したことがないのでどうなるのかは不明だが。不安なら往復すれば良いし。
中に入るという点においてはかなり現実的な案だ。
せっかく引き返すチャンスだったのに。
あまりにも真っ当な意見すぎて反論が一切浮かばない。
うぅ、でもこれってつまり、入間が天国から「ここは行くべきだ」と言っているのだろうか。そう思わないとやってられないのでそう思うことにした。
敷地内に侵入する。二人と手を繋ぎ同時に瞬間移動をすることにした。怪我人もしくは幼女、どちらか片一方を放置するという選択はできなかったから。良く考えてみて欲しい。そんなことできるだろうか。できるわけない。
というわけで三人同時に瞬間移動して無事成功。身体に違和感やら不調が生じることもない。
芝生の上に降り立って成功に安堵した瞬間のことだった。ぴーぴーぴーぴーと警報音のようなものが鳴り響く。あちこちにスピーカーが設置されているようでかなり煩わしい。道路に沿って並ぶ壁の頭からは覆面パトカーのようにひょこっと赤色灯が顔を出して、中のランプは光り回転する。
音と光。聴覚と視覚で私たちを惑わせてくる。なんたる卑怯な戦法だろうか。
「歓迎してくれてるじゃん」
「んなわけあるか!」
「ただいまー」
「なにがただいまじゃ。異物として排除されそうになってんの、これ」
珠々とみくのあまりにも呑気な反応に懇切丁寧にツッコミを入れた。我ながら偉いなと思う。無視されなかったことに感謝して欲しい。
とりあえず草陰に隠れる。茂みがあって助かった。ここが無かったら木の上に隠れるか、池の中で鯉と一緒に身を潜めるかしかなかった。危ないね。
待てど暮らせど誰かが建物内から出てくる気配はない。
「隠れた意味あった?」
「なーい」
「ちょっ……」
私の静止を振り切って二人は飛び出す。
それと同時に警報音は鳴り止む。
結局誰かが出てくるようなことはなかった。
もしかしたら外れなのかもしれない。
別に外れでも良いんだけど。むしろ外れの方が都合良いまである。
「隠れる意味なかったねぇ」
ぐーっと背を伸ばしながら草陰から身体を出す。
「誰も居ないんじゃしょうがないからさ帰ろうか」
「えー」
「えー」
珠々とみくは同時にため息交じりの声を出す。もはや親子だ。なんでそんなに息ぴったりなわけ。加えてどっちも戦闘狂だし。引率するこちらの気持ちにもなって欲しい。マジで。
という私の願いは届かない。
「誰も居ないなら今のうちに建物の中を漁っておくべきだと思うけど」
えぇ、知ってましたよ。そうだろうなと思ってましたよ。驚きもしませんよ。
「みくもそう思うよね」
「おもーう!」
わーいっと手を挙げる。意味わかってないけど同意したって感じだ。
わからないなら無闇矢鱈に同意しないで欲しい。劣勢になった時点で私の意見は通らなくなるし。
なによりも珠々の意見は一理あるから腹立つ。
もしも誰か中に居たらどうするつもりなんだよ……と唯一の懸念点を指摘してもどうせ「倒しちゃえば良いじゃん」とか言われるのがオチである。
こうなった時点で従う以外の選択肢はないと思った方良い。あぁ悲しいかな、悲しいかな。
立派な扉を開ける。
ここも施錠されておりビクともしない。
「くまもちー! ぱーんち」
みくはひょいっとクマの人形を投げる。ほいっと着地した人形は力を溜めてから思いっきり拳を扉へとぶつけた。
扉は粉砕。
粉々になって崩れ落ちる。
それでいてクマの人形もといくまもちはピンピンしているのだからチートだ。私が身体強化で殴ったら破壊の代償に多分怪我するだろうから。
「おー」
ぱちぱちと手を叩くみくの方へくまもちは戻っていく。
扉の向こうはかなり広い。
一つ一つ漁って使えそうな情報を探さなきゃならない。かなり骨の折れる作業になるだろう。やる前からわかる。億劫だ。
やっぱり帰ろうよ、とダメ元で提案しようとしたその時だった。
奥の方からつかつかと人影がこちらへと寄って来る。
ぼんやりとはっきりしなかった人影はこちらに寄るにつれてくっきりとしてくる。白衣を着た二人組であった。
右側はくるくるパーマのおばさん。ヒョウ柄のシャツが良く似合いそうな化粧付き。左側はぼっさぼさな長い髪の毛が特徴的である。果たして何日間お風呂どころか水を浴びていないのだろうかと疑問を抱くような容姿。気怠そうに白衣のポケットに手を突っ込むのがザ・科学者という感じ。
私たちは警戒する。
「居たんだ」
珠々はぽつりと呟く。
言葉だけ聞けば意表を突かれて気怠そうな雰囲気があるが、実際はそんなことなくむしろ楽しいと瞳と表情が語っている。
珠々はいつからこんなになっちゃったんだろう。
「そちらから赴いて頂きありがとうございます」
「私たちの考えに賛同してくださったということですね」
白衣を着る二人はそれぞれ気味の悪い笑みを浮かべる。
「そんなわけないでしょ!」
珠々はキレる。
周囲に響く声。それが静かになってから白衣を着た二人組の表情は暗くなる。すとんとブレーカーが落ちたみたいに。
「そうですか、賛同頂けませんか。残念です」
「聡明な方であると私たちは思っていましたがそうではないのですね。世界を救うことのできるチャンスでしたが」
まただ。
「その世界を救うってなんなんですか」
このままだと確認する前に戦闘が始まってしまう。戦闘が始まれば多分この二人を殺してしまう。殺してしまうのは構わないのだが、殺してしまうと聞きたいことを聞き出せなくなってしまうので、先手を打っておく。
殺しても良いとか思い始めてる辺り、私もこの環境にかなり毒されているのだなぁと実感した。珠々のことはあまり馬鹿にできないのかもしれない。
まだ珠々に比べれば幾分かマシだと思うけど。え、そうだよね……。
「世界を救うとは世界を救うですよ。最近の若い方々は日本語力が乏しいのですね」
「最近の子は本を読んだりしないようですから。短文かつストレートな物言いを好む傾向があるそうです。読解力や理解力は著しく低下しているようですね」
「ソーシャルネットワークというものが発展した影響でしょうね。技術の発展は我々技術者にとっては喜ばしいものですが、必ずしも一般人へ良い影響を及ぼすものではないのですね。日々勉強です」
うだうだと喋る。
珠々やみくはうずうずしている。とはいえしっかりと待機しているので助かる。
「仕方ないのでお教えしますよ。世界を救うとは即ち落下すると予測されている巨大隕石を破壊するということです」
都合の良い展開。そう思って早々に選択肢から外していたのに、どうやらそれは間違いだったらしい。
「そんなことできるんですか」
純粋な疑問である。
「可能ですよ。艶島珠々の持つスキルを活用すれば……ですが」
「私のスキルを使えば……」
珠々は揺れる。そりゃそうだ。目の前に居るのは私たちよりもうんと頭良くて、隕石のことに詳しい人たちである。その人たちが「できる」というのなら、そういうものなのかぁと思ってしまう。
「でも珠々のことを殺すとかなんとかって聞いたんですけど」
「『プルート』がそこまでバラしましたか」
「仕方ありませんね」
違うけど……まぁ良いか。
「え、私殺されるの」
珠々は一歩下がる。
「そうですね。死にます」
「ですが考えてみてください。貴方の命一つで沢山の命が救われることになるのですよ。その隣にいるお友達の命を救えるんですよ。どうですか。命一つで沢山の命が救えるだなんて安いものだと思いませんか」
珠々は口元に手を当てて、真剣に悩み始める。
「いや――」
「命は失うことになりますが、歴史に名を残すことはできるでしょう。英雄として崇められること間違いなしです」
私が珠々に声をかけようとすれば、遮られる。これは偶然ではない。狙ってやっている。言葉を遮る時の表情を見ればそんなのわかる。
「もっとも同意するか、しないか。その違いでしかありませんが」
「そうですね。拒否するのであれば実力行使といきます」
「自ら命を捧げた。その方がカッコいいとは思いませんかね。私はカッコいいと思いますが」
珠々には拒否権がないということか。
でも私たちに勝てる算段があるのかな。こんだけ強気で居るってことは……全く算段がないってわけじゃないんだろうけど。
「おねーちゃん。だめ」
みくは人形二体を珠々の前に投げる。
「しんじちゃだめ! このひとたちわるいひと! やばいひと! あたまのおかしいうんこみたいなひと!」
「酷い言い草ですね」
「娘でなければ殺していましたよ」
右側の白衣を着たおばさんはパチンと指を鳴らす。かなり綺麗な指パッチンだなぁと感心したのも束の間、くまもちと、くまきちかくまさぶろうかわからぬクマの人形がぱたりと倒れる。
さっきまで意思があるように動いていたのに、これじゃあただのクマの人形だ。
みく的にもかなり想定外だったようでわかりやすく動揺する。
「え、え、え、え」
と、狼狽。
人形を抱きかかえ、接吻をしてから人形を投げるがさっきみたいに動くことはない。そのまま重力に逆らうことなくぽとりと床に落ちるだけ。
「なんで!」
何度繰り返してもクマの人形はクマの人形のまま。
「それだけで勝った気にならないで」
珠々はライターを取り出して、火炎放射を白衣を着た二人に向けて放つ。炎は二人を包み込む。流石にこれは勝っただろ、と思ったが謎の半透明な壁が作り出されており、二人の周囲は黒焦げになっているのだが、謎の半透明な壁の内側だけは一切焦げていない。無傷である。
「技術者が一番得意な物ってなんだと思いますか」
ふふふとポケットに手を突っ込んでいる白衣を着た女は私たちに問いかける。ちっちっちっぶーっと煽り始めた。
「答えは傾向と対策を練ることです。私たち技術者は失敗を繰り返し、やがて成功を掴むものなのです」
「貴方たちには力でねじ伏せるのが一番という結論が出たんですよ。どうですか。絶望したでしょう」
二人は勝ち誇ったように笑う。
私はまだ攻撃をしていない。するべきなのだろうが、私の場合はどちらのスキルも直接攻撃型である。この二人の感じからすると私のこともなにかしら対策しているような気がする。少なくとも二人のスキルが不鮮明なタイミングで攻めるのはあまりにも危険だ。返り討ちに合うだけじゃなくそのまま殺されるかもしれない。
それは避けたい。
「さぁ、どうしますか。大人しく命を捧げてくれますか」
「それでも私は……」
珠々は頷かない。
二人にとって都合が悪かったのか、同時に顔を顰めた。
「そうですか。殺しても成功するとは思いますが、ここで殺してしまうと完璧ではなくなってしまいますから。この娘を回収しておきましょうか」
おばさんはみくの元に寄り、みくの身体を手際良く紐で縛り上げる。
特大の人形を抱えるように持ち上げると、もう一人の女が半透明な壁を張って、奥の方へと走り去って行った。
突然のことで私は困惑してしまう。まぁ困惑するだけで、必要以上に焦ったりはしない。隣に冷静さを欠いている人が居るししょうがないよね。
追いかけようと駆け出す珠々。
しかし半透明の壁に弾かれてしまう。かなりの強度なようだ。さっき炎を防いだあたり耐熱性もばっちり。見た目以上に面倒な壁である。
「みくが……どうしよ、殺される」
顔面蒼白。真っ青だ。
愛娘が誘拐された親がしそうな反応をそっくりそのまましている。
「殺されることはないでしょ」
「なんで言いきれるの」
「だってさ、あんなの珠々を誘き寄せるための罠に決まってるじゃん。誘き寄せるための種なのに殺しちゃったら意味無いでしょ」
冷静に考えれば誰にだってわかるはず。あまりにも露骨だった。
「誘き寄せるようなことするくらいなら私を連れて行けば良いのに。そうしなかったってことは――」
「いやいや無理でしょ。あのおばさん一人で珠々を連れて行けると思う?」
「……」
珠々は黙る。
そう、だって無理だから。
決して珠々が重いとかそういう話をしているわけじゃない。むしろ珠々は高校生にしては体重軽めな方だろう。いや、まぁ……うん、色んな意味でね。
それに力が入っていない無抵抗な珠々を運ぶのにさえ、私はかなり手間取っていた。そういう経験があるからこそ、抵抗する人間を一人で運ぶというのが容易でないことはわかる。
「あの人たちからすりゃこの形が一番手っ取り早いんだと思うよ」
返して欲しければ着いてこい……的な作戦。みくを見捨てることができないとわかってやっているのだろう。卑怯だ。
「どうすれば良いの。見捨てるの?」
「見捨てるほど私は薄情じゃないよ」
舐めてもらっちゃ困る。
「まぁ……表からぶつかっても攻撃が効かないんじゃ意味がないからね。やるなら不意打ちでしょ」
「奇襲とか? 寝込みを襲う……みたいな?」
「そこまで卑怯じゃない……」
珠々が私のことをどう思っているかがよーくわかりました。
「裏から回り込んで不意打ちを狙うんだよ。あの壁はかなり厄介だし。使われたら結構苦しいから」
「奇襲じゃん」
「違うよ。不意打ち!」
「……」
「……」
お互いに黙る。沈黙が流れ、若干の気まずさが生じた。
でも仕方ないと思う。
と、少し言い訳。良く考えてみれば奇襲も不意打ちも大して変わらないんだけどね。
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