第26話
満身創痍。
今の珠々の状態はその言葉が似合う。
これ以上にぴったりな言葉が果たしてあるのかというくらいだ。
包帯、絆創膏、眼帯に生傷。どこを切り取ったとしても痛々しい。まだ厨二病の方が幾分かマシである。
正直見てられない。見ているだけで身体のあちこちが痛いような気がして疼くから。あれ、私の方が厨二病……?
「おねーちゃん」
子供は強い。
遠慮というものが欠如している。きっと彼女の脳みそに備え付けられている辞書にはその二文字は存在していないのだろう。
時折それが羨ましいと思ったりする。
「みく、今珠々はケガしてるから抱き着いたりしないの」
襟を掴んで珠々から離す。
「良いのに」
「おねーちゃんもそーいってるよ」
「ね」
「ねー?」
二対一の構図が完成してしまう。
こうなってしまえば私には勝算は一切ない。唇を一の字に結んで黙る。
あれ、私が悪いの? おかしいよ、おかしいよね。おかしくないのかな。まぁ良いや。
「それよりもなにか新しい情報はあったの?」
みくを膝の上に座らせて、愛玩動物を愛でるかのように頭を優しく撫でる。
「うーん」
情報。白衣を着た女のスマホから得られる情報のことを言っている。
組織名はわかったが、それ以上のことはわからなかった。
グループ内に入っているメンバーのアカウント名は「マーズ」だったり「マーキュリー」だったり、と太陽系惑星の英語で登録されており、本名は一切書かれていない。
ちなみにこの白衣を着た女のアカウント名も「プルート」と設定されており、本名は一切わからなかった。日本名にすると冥王星である。なんの手がかりになるのだろうか。わからん……。
「組織名くらいだねぇ」
「そっかぁ。行ってみる? その組織に」
「乗り込みってこと?」
「そうそう。待つだけじゃあ不利だしさ。時には攻めるのも大事かなぁってね」
ニヒヒと笑う。
「そりゃそうだろうけど」
「私も手伝うからさ」
「その怪我で?」
「大丈夫でしょ。どうにかなるよ」
「どっから湧いてくるのその自信」
「自分のことは自分が一番わかってるからね」
えへんとどや顔。珠々の真似をして、みくもえへんとどや顔を浮かべた。
「せめて……怪我を治してからだよ」
大元を確認し、叩くべきという思考は今も変わっていない。状況が許さないから躊躇してしまうだけ。
この怪我をしている珠々の力を借りてまですることなのかなと自問自答する。そんなわけない、とマジで五秒も経過しないで結論は出てくる。
「そんな時間ないでしょ」
色んな意味で時間はない。それはたしかにそうだ。世界消滅というタイムリミット、相手の攻めというタイムリミットもある。
「歩けるし、走れるから。どうにでもなるよ」
外傷は全体的に見るに堪えないものであったが、内傷はそこまで悲惨なものではなかった。骨折はゼロ。内出血止まり。痣が痛々しさを増幅させていたのだが。
どうにかなるか、ならないか。
その二択であるのならば、どうにかなるに軍配は上がるだろう。
しかし、それはそれ、これはこれなわけであって。
うだうだと回り道をしてしまったが、なにを言いたいか。それは単純明快。
心配なのだ。
「ほらほら、どこにあるの?」
「あーのー?」
ぐっと顔を近付ける。みくの頭に顎を乗せた。顎を乗せられたみくは怒るようなことはなく、むしろきゃっきゃっと楽しそうな反応を見せてから、珠々の真似をしながらこてんと首を傾げた。
「まだ調べてないけど」
「えー……」
「えー」
また真似。二人は顔を合わせて微笑み合う。
羨ましいというか若干疎外感を覚える。いいなぁ。混ぜて。
「調べておく」
疎外感から目を背けるようにスマホを触った。
日本星空開発機構という組織名は実在していた。日本版宇宙開発機関という認識で問題ないらしい。業務内容としては宇宙の開発、探求。衛星の打ち上げ、管理などなど。宇宙にまつわること全般を執り行っているのだとか。
ここから先は陰謀論のようなものだったので話半分にしか眺めていなかったが、日本星空開発機構の裏には政府がついているとか、なんとか。まぁそうだったとしてもなんらおかしくないなぁとは思う。どれほどの権限を政府が持っているのかは不明だが。どうせ政府が出資しているとかそんなところだろう。
政府が実は出資していました……という企業や団体は結構な数ある。調べようと思えばいくらでも調べられる。ブラックボックス化しているわけじゃないし。話が逸れてしまった。
閑話休題。
そんな組織が珠々を攫おうとかと懐疑的になる。
後ろに政府が付いているのにそんなことするとは思えないという点、そもそも宇宙と珠々は結び付かないだろうという点。
前者に関しては違和感しかない。
政府という母体がそのような横暴しないだろうという意図もあるけど、それ以上にあり得ないと思う確固たる理由がある。少なくとも、珠々を攫うというようなことを政府が承認するとは考えにくいのだ。
その違和感があり、本当に日本星空開発機構の人間なのだろうかと訝しむ。
メッセージアプリのアカウント名を太陽系惑星の英語名にしているくらいには用心深い人間が揃っている。もしかしたら上に立つ人間が用心深いのかもしれないけど。
とにかくその用心深さを持っているのであれば、グループ名も偽ったり、騙ったりするのはありえない話ではないのではなかろうか。
正直、名前を騙っていると考えた方が筋は通る。納得もできる。
仮に日本星空開発機関が珠々を攫おうとしていたとしよう。その場合ってどういう可能性が考えられるだろうか。
無理矢理導きだすなら、隕石を食い止めるのに珠々の力が必要……とか?
いやいや流石にそれはない。
珠々の力一つでどうにかできるものじゃないだろうし。
できるならこんなに終末感漂っていない。
限りなくゼロに近い可能性だ。
「わかった?」
珠々はどうよと声をかけてくる。
「うーん」
「微妙な返事じゃん。わからなかったの?」
「いや、場所は出てきたよ」
「へーどこにあるの? もしかして海外とか?」
「いやいや、近いよ。電車で三十分くらいかな」
まぁ電車はもう走ってないんだけどね。電気、水道、ガスというようなライフラインは止まっていないが、インフラ系はほとんどが機能していない。
自動装置があるものは動いていて、人間の操作が必須なものは動いていないという感じだろう。もっともライフラインもなにか不具合が発生すれば修理やら操作する人が居ないだろうから、瀕死状態ではある。多分。
「車で一時間ってところかー」
「まぁそんなもんかもね」
「なんでそんなに不満そうな反応してたの」
珠々は不思議そうな表情を浮かべながら、私の頬を人差し指でつんつんと突っつく。
「組織名を偽ってるんじゃないかなぁって思ってね」
「うーん? 良くわからないけどさ、行っちゃえば良いんじゃないの?」
「違ったらどうするの」
「その時はその時でしょ」
「適当な……」
「時間は有限なんだし、悩んでるくらいならその時間動いた方が得だと思わない?」
「そうかな」
「うん。少なくとも私はそう思うけど」
と、言われてしまえばそういうものかもしれないと思ってしまう。
「というわけで、レッツゴーだよ」
私の手首を掴みぐいぐいと歩き始める。
とても怪我人とは思えないような機敏な動き。
「いや、ちょっ……」
「どこいくのー」
「お姉ちゃんの敵をとりに行くんだってー」
「おー」
みくは瞳を輝かせる。
「ついてくー」
クマの人形二体に背中を押され、完全に逃げることができなくなってしまった。
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