第24話
みくにあの白衣を着た女を任せて、私は珠々を探すために走る。
一つだけ明かりの灯る部屋があった。
息を潜め、中の様子を伺う。
血の臭いが漂っていた。思わず顔を顰めてしまうような。つーんとした香り。
中には女が四人。その中心にはさらに一人の女性がいて、彼女は苦しそうに蹲っている。
というか、あれはどう見ても珠々だ。
「命乞いでもしたらどーよー!」
「されてもその命すら奪っちまうけどなー」
「にゃーっはっはっ! いやいや楽しい楽しいねー。そろそろ命乞いがないとつまらなくなりそうだけどね」
距離としてはぎりぎり十メートルを越していそうだ。私は一度手前を経由して、珠々の前に現れる。庇うようにして登場だ。
少女のパンチを腹部に喰らってしまったが身体強化のおかげでそこまで痛くない。計算通りである。
「おー、お仲間さん登場! 熱―い展開じゃん。でもね、私たちには勝てないよ」
ポニーテールを揺らしながら楽しそうに笑う。
腹立つ。
この人たちは他人が苦しんでいる姿を見て興奮する異常者である。
もう全員生かしておく必要ないよね。あるわけないよね。こんな奴ら、人間の癌である。生きているだけで害をもたらすクソみたいなやつだ。
「今から選択肢をあげる。殺されるか、死ぬか、自害するか。好きなのを選んで良いよ」
リーダー格っぽいポニーテールの子はそう提案してきた。
三人は楽しそうに笑い、一人だけ困惑気味である。
舐められたものだ。私は少女のポニーテールを掴み、砲丸投げのようにクルクルと回り遠心力で勢いをつけて良いタイミングで手を離す。
彼女はミサイルのように飛んでいき、柱に頭がぶつかる。ぐしゃという音を立てて、柱に頭は突き刺さる。血が柱に垂れ、錆が赤色に染まっていく。自重に耐えられなくなったのか、肉片がぽろぽろと床に落ちて、最終的には首から下だけがポトリと落ちた。
「あーあ、死んじゃったねぇ」
私はニヤニヤする。
気持ち良い。
人を殺しているのにそんな感覚が芽生えてしまう。
「次は誰が死にたい? 殺してあげるよ」
早く殺したい。苦しませたい。後悔させたい。
「許さない、ありえない、なんであの子を殺したの。子供なのに」
ボーイッシュで胸がやけにデカい女性はそんなバカみたいなことを口走る。正気か? なにかの冗談か、と思ったけどどうやらそういうわけではないらしい。
「子供だったらなにやっても許されると? 子供相手だから友達が苦しんでるのを見逃せ、と。馬鹿馬鹿しいなぁ。不都合あるなら殺す。相手が誰だろうが、関係ないでしょ。なに? それとも子供相手だから友達が苦しんでるのは見逃せって? 笑えないね。殺すか殺されるかの時代だよ。甘えたこと言ってない方が良いね」
甘えた思考をする奴はとは会話なんてまともにできやしない。どうせそういう考えを持つようなヤツは自分本位なのだから。さっさと私の前から失せて欲しい。
「――死ね」
右ストレートを喰らわせて、鼻から血を垂らす。よろめいた隙を見て首根っこを掴み、天井まで瞬間移動してパッと手を離す。ドンという音が鳴る。床はコンクリートみたいな硬さなので四肢が飛散した。
気持ち良い。
返り血も気持ちが良い。
気持ち悪さは一切ない。快楽、快感。
「あと一人か……」
タバコを咥える茶髪の女だけ。貫禄があって、少し厄介そう。
って、あ、あれ? 一人?
さっき四人いたよね。
今二人殺したから本来なら残り二人なはず。
でも目の前には一人しかいない。
もしかして私が怖くて逃げたのかな。そんな単純な話であれば良いのだか、目の前の女の冷静さから考えるにそういうわけでもなさそう。
まぁ敢えて冷静さを装っていると言われればその線も捨てきれないよなぁとは思うが。
「おめぇーはつえーな。どんなスキル持ちかは知らねぇーが」
ぷはぁと煙を吐く。
「けどな、慢心してるな」
「どりゃああああああああ」
後ろから声が響く。
振り向くと爪の長いツインテールが襲い掛かってきた。
瞬間移動で瞬時に回避する。
マジで危なかった。
このスキルがなかったら死んでた。
「おー、避けんのか。すげぇなぁ」
「タバコ吸ってないで手伝って」
「しゃーねぇーか」
茶髪はまだ長いタバコを捨てて、足で火種を消す。
そしてぱちんと指を鳴らす。
捨てたタバコを火元にぼわっと燃える。業火だ。燃え盛るタバコはふわふわと浮遊する。さっきのタンボールの亜種といったところだろうか。
ありとあらゆるところに吸殻はあるようで、四方八方に囲まれてしまった。
油断。
瞬間移動をしてもこの範囲だと逃れるのは難しそう。
一人ならば逃げられるのだが、珠々を見捨てることなる。
だからできるのなら逃げるようなことはしたくない。
爪の長いポニーテールも厄介だ。
機敏性を持っているのでこちらか近寄れない。
外傷を与えてくるタイプなので身体強化も意味を成さないし、結構面倒な相手だ。
「殺すか殺されるかの時代……だっけか。そっくりそのまま言葉返してやんよ。お友達を庇った英雄気取って、死ね!」
燃え盛るタバコが一斉に私の方へと飛んでくる。
瞬間移動を使い一度は避けるが、追尾弾のように追いかけてきて、瞬間移動をまた使う。キリがない。どちらの体力が先に無くなるかの勝負だ。
時折ちょっかい出してくるポニーテールの対処もしなければならない。厄介すぎる。
「チッ……ちょこかまちょこかまと逃げやがって」
「死ねって言われてはいそうですかって死ぬやつがいるか」
叫ばれて叫び返す。
私と茶髪の叫び声が反響し、変な感じになる。それを掻き消すかのように足音が響き渡る。とことこと。
白衣の女がやってきたと考えるのが状況的には適切。うーん、相手が増えるのはちと厳しいものがある。
本当はしっかりと倒したいけど、珠々とみくを回収して逃げるしかなさそう。果たしてそんなことできるのだろうかという疑問はあるが。
この部屋の入口の前に立ったのはみくであった。
彼女は走り疲れたのか、息を切らし額の汗を腕で拭う。
場所に似合わぬ爽やかな表情である。
「おねーちゃん……」
部屋に入ってきたみく。
珠々を目にして表情はガラッと変わった。
肩に乗っている人形と抱えている人形は同時に床に飛び降り、走り出す。
ツインテールの女を人形三体は襲う。
一体を切り裂き、中の綿が見えて戦闘不能となる。しかし他の二体が彼女のことを襲う。数の利には対応できなかったようで、身体が吹き飛ぶ。床に叩きつけられて、起き上がることすらできない。
仰向けになったまま、ひたすらに人形に殴られ続け、みくが顔の上に乗っかりずっと飛び跳ねる。酷い顔が形成されていて目を背けてしまう。
「ありゃひでーな」
燃え盛るタバコを床に落として両手を上げつつ、ぽつりとこぼす。
子供の恐ろしさを体感する。私も敵も。
「そっちが撒いた種だよ」
「知ったことかよ。オレたちゃ世界を救うのに必要なことをしたまで。というか、そいつはそっちの子なんだろ。お前らの教育が悪いからあんなことするんだ。しっかりと教育しておけよ。ある意味お前らの教育の賜物だな」
また世界を救うと言い出した。世界を救うってなんなのか。隕石を止める方法でもあるのだろうか。いや、でもそれはあまりにも都合が良すぎる。国も一流の技術者も口を揃えてもう無理だと言っているのに。
あとみくが「きょーいくのたまもの!」と声を弾ませている。
シリアスな展開に足を踏み入れそうなところでみくが良い感じに乱してくれた。助かった反面、変な言葉覚えないで……という思いもある。
「世界を救うってなんなの?」
「なにってなにがだよ。そのまんまの意味だろ」
「はぁ」
「世界を救うは世界を救うだ。世界を救うって言葉の意味がわかんねぇーってことじゃあねぇーだろ」
「馬鹿にしてる?」
「ちげぇーよ。お前の言葉だとそう捉えることしかできねぇーんだよ」
勘繰ったりする必要はなさそうだ。多分ストレートに言葉を受け取るのが正解……だと思うんだけど。
珠々と世界を救うの因果がわからない。
とてもじゃないが繋がりがあるとは考えにくい。あるのかな。
「どうやって世界を救うの?」
「さぁそこまでは知らねぇーな」
「皆知らないんだよね」
「んなこたぁ言われたってなぁ。どうせ表に出てくるのは雇われてるヤツらばっかりだろうし、知ってるわけねぇんだよ」
「ふーん」
「オレたちだってそうだ。世界が救われたら地位と金をくれてやるって言われて手貸すことにしたんだ。四人で旅行行こうって約束してたんだがな……まぁ叶わぬ願いだったってわけだ」
三つの遺体を眺めながら少しだけ寂しそうに呟く。
やっておいてなんだが、今更ながら申し訳なさが芽生える。
というかこの人たちも雇われなんだ。強さが今までの人たちとは段違いだったので、大元の人なのかと思っていた。
「詳しいことはお前らが戦ってた科学者の女にでも聞けば良い。アイツがオレたちを雇ったからな」
「あ、そうなんだ」
と返事をした瞬間に茶髪の首がはねた。
ころんと頭が転がる。
「おわりー!」
くーっとみくは背を伸ばす。
転がった顔を人形が抱えている。あれはくまきち? くまさぶろう? くまもちでないことはわかるけど。
「おねーちゃん、大丈夫?」
みくは真っ直ぐに珠々の元へと向かって、しゃがんで頬をつんつんと突っつく。
珠々は目を覚まし、みくのことを見つめる。私じゃなくてみくなんだっていう小さな嫉妬は隠して微笑む。
「みく……大丈夫だよ」
珠々はみくの頬を触る。
指も手も痛々しい。
爪は剥がれ、腕は焼印で真っ赤っか。服はズタボロだし、首元には両手で締め付けられた後が残っている。
「ほんと?」
流石のみくでも疑う。まぁ当然か。
「大丈夫、大丈夫」
と言って立ち上がる。
顔を顰め、苦しそうに呼吸をする。足首の関節がおかしくなっているようで、足の向きがおかしい。立って数秒もしないうちに崩れるような形で地べたに座り込む。
「……つらい」
珠々はそう呟いて、ぱたりと意識を失う。
息はしている。
だから心配するほどじゃない。痛すぎて意識吹っ飛んだだけで死んだわけじゃないだろうし。時間経過で起きるだろうから。
それよりも大元の人間が居るらしい。科学者女って言ってたよね。多分あの白衣を着た女のことだと思う。
本当はしっかり確認したかったけど、確認する前にみくが殺しちゃったから。仕方ない。
「みく」
「なーにー」
「白衣着てた女の人居たでしょ」
「んー?」
口元に手を当てて、首を傾げる。
嘘でしょ。忘れちゃったの?
「ダンボール操ってた人だよ」
「あー」
ぽんっと手を叩く。もしかしたら白衣という言葉が伝わらなかったのかもしれない。三歳児か四歳児かわからないけど、私と同レベルの語彙力を求めるというのは非常に酷か。
「どーしたの」
「その人のこと殺しちゃった?」
「うん、ころしたよ!」
満面の笑み。そうだろうなと思っていたので驚くことはない。むしろすんなりと受け入れることができた。
「殺しちゃったかー」
「うん!」
「木っ端微塵にしちゃった?」
「ううん、あたまをねー、ダンボールにおかたづけしただけー」
首を振ったからなにを言うのかなぁと思ったら想像を凌駕するようなことだった。
本当に加減というものをしらないよね。
でも良かった。それなら大元を捕まえられそうななにかしらの手がかりは残っているかもしれない。
果たした、一ヶ月後にこの世界が消滅するというのにそこまで突っ込む価値があるのだろうかという疑問を抱く。
実際どうなのだろう。
足を踏み入れたところで大きなメリットがあるようには思えない。
大元を叩ければ、こうやって珠々が連れていかれる心配が無くなるくらい、か。
他に対策方法があるのなら、そっちを実践するべきなのだろうけど。
唯一と言って良い対策方法が外出しないであった。
それが打ち消えてしまった以上他にあるとは思えない。あー、うーん。結局やるしかないのかなぁ。
あまり乗り気ではない。
背負うリスクがあまりにも大きすぎるから。
でも大元の存在を確認するくらいはしておいて良いのかも。
やるかやらないかを考えるのはその次で良い。
知らなきゃやりたい時にやれなくなっちゃうから。切れるカードは持っておくべきだよね。
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