第22話
日差しは一切入ってこないのに照明が一切ないので薄暗い。
歩く度にとんとんと自分とみくの足音が響き渡り、時折その音にびっくりしたりする。周りから見れば滑稽な光景だろう。
建物内は非常に広く、少し歩けば自分が今どこにいるのかもわからなくなってしまう。未開のダンジョンみたいだ。
しばらく歩いて、足を止める。みくはぐいぐいと袖口を引っ張った。
「おとがするよ」
と言いながらクマの人形三体を出動させる。ひょいっと飛び降りたクマの人形たちは私たちのことを守るように囲う。少し不思議な光景だ。
「ん、わかってる」
私は頷く。
なにがわかっているのか。それは単純明快。私やみく以外の足音が響き渡ったのだ。足を止めた今でさえ、とんとんと聞こえる。その音は間違いなく大きくなっていて、音の発生源がこちらに寄ってきている。
警戒する。私もみくも。
相手は誰だか不明だ。
味方かもしれないし、敵かもしれない。場合によっては中立の人間ということだってありえるし、そもそも人間ではなくタヌキや猫というような動物という可能性だって捨てることはできない。
なににせよ警戒するに越したことはない。だから備える。
自然災害と同じだ。いつ起こるかわかっている分、自然災害よりマシかもね。
足音が鳴り止む。
人の気配がした。
少し顔を上げると視界に入ってくる女。白衣を身に纏い、口元に指を当てる。うーんと声を漏らしながらこちらを見つめて、若干の圧がかかる。
「どなた様ですか? 関係者以外の立ち入りは禁止されているはずです。迷い込んでしまった子猫、と言ったところでしょうか。仕方ありませんね。忠告いたします。今すぐここから立ち去ってください。この場所に人が居たこと、私の顔もすべて忘れてください」
「なんでー?」
「なんでと言われましても……不必要な争いはしたくないからですよ」
「でもおねーちゃんここにいるかもしれないんだもん」
「はぁ……」
表情も声のトーンもガラッと変わる。
「どこからその情報漏れたんでしょうね……面倒なことになりました」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつチッと舌打ちをした。あまりの変わりように心がぎゅーっと締め付けられる。そんなような感覚。
「大人しく引き下がっていれば失わなくて良かった命ですが、もうそういうわけにもいかなくなりましたね。死んで恨まないでくださいよ」
手のひらを無造作に積まれているダンボールの方へと向ける。
サイコキネシスやら超能力のようにふかふかと浮かせる。手のひらをこちらへ向けると勢いつけてダンボールは吹っ飛んでくる。一個じゃない。何十個と飛んできた。
「くまもち! くまきち! くまさぶろう!」
みくは叫ぶ。
それと同時に三体のクマは私たちの前に飛び立つ。まるで戦隊モノのレンジャーのように決めポーズなんてしちゃう。人間の自我が入っているかのような反応で場違いながら少し笑ってしまう。
人形三体が飛んできたダンボールに対し、蹴ったり、殴ったり、肩を入れたりして撃ち落とす。
目の前の女は「なっ……」と吃驚する。
やっぱり皆こういう反応をするんだね。
「おー! いいね」
サムズアップ。クマの人形三体はそれぞれジャンプしたり、拳を上げたりして応える。
「似ていると思いましたが本人ですか。面倒ですね」
白衣を見に纏った女はまたダンボールを操り始めた。
「こちらとしては貴方と戦うことは非常に不服ではありますが、手を抜いて戦ったら負けてしまいそうですから。本気で行かせていただきましょう」
「みんなだいじょーぶ?」
みくの問いにぴょんぴょんと跳ねる。
「貴方のスキルはパペットマスターですよね。操り人形と書いてパペットマスター。手の内はわかっていますよ。ここまで精度を上げているとは思っていませんでしたが」
「なにそれ」
「貴方のスキルの名称ですよ。なぜ貴方はそんなにも頭が弱いのでしょうね」
女はぶつくさと文句を垂れる。頭が弱いってか、このくらいの年齢の子であればこんなもんだろう、と私は思うんだけど。白衣を着ているところから推測するにこの人は科学者か教授、といったところか。
まぁ学のある人ではあるのだろう。
となるとかなりの数の才ある子供を見てきて、基準がおかしくなっているのかもしれない。私からすれば、みくだって十分すごい様に思うけど。
「覚える必要はないですよ。ここで死ぬんですから」
「むー」
さっきの倍の数ダンボールは飛んでくるが、人形たちはなんなく対応する。なんならまだ余裕がありそうだ。
女は舌打ちをしてから、また手のひらをこちらへ向ける。
今度は周りにあるダンボールに加え、地面に落ちてしまったダンボールも飛んできた。流石に数が桁違い。それでも人形は余裕そう。
「おねーちゃんのところまでいって?」
みくは袖口をぐいぐいと引っ張ると倉庫の奥を指差して、そう提案してきた。
ここでかなりの時間を割くというのはこちらとしても都合は良くない。
であるからしてみくの提案はとても魅力的なのだが、こんな小さい子をこの場に置いていくなんて選択肢をとって良いのかと自問自答する。
いや、良いか悪いかだったら間違いなく悪いんだろうけどさ。
なによりもみくは強い。
ぶっちゃけ対面で戦ったら私ですら負けるかもしれない。あのクマの人形三体を攻略する方法が見当たらない。飛散系の攻撃は簡単に弾き飛ばしてしまうし、彼らは小回りが効くから身体強化を使っても避けられてしまうだろう。瞬間移動と身体強化を組み合わせれば勝てるかなくらい。逆にそこを対策されれば手の打ちようがなくなる。
それほどに彼女は強い。
だから心配するのなんて烏滸がましいことなんだろうなぁとは思うが。
「無理はしちゃダメだよ」
「うん、でもだいじょーぶ! くまもちもくまきちもくまさぶろうもみんなとーってもつよいから」
「そ、そうだね……でもヤバくなったら逃げるんだよ」
「うん」
返事だけは一丁前。
わかっているのか不安になるような返事。
でもまぁ良い。私が残ったところで結末は変わらないだろうから。私が居たお陰で勝つ……という展開が正直見えない。だから任せることにしよう。
「丸聞こえですよ。そういうのはアイコンタクトでした方が良いのではないでしょうか。敵ながら馬鹿馬鹿しすぎて助言してしまいました」
目尻をとんとんと叩く。
「おねーちゃんをたすけてね」
みくは女の声なんか耳に入ってないという感じで私にエールを送る。
この空気の読めなさが彼女らしい。
「うん、助けるよ」
「そうですか。無視ですか。いやはや舐められたものですね」
女は叫ぶ。
声は反響して、揺れる。
「避けて先に行きますって宣言されて、はいそうですかどうぞって通行許可する敵がどこにいるとお考えでしょうか」
奥へと繋がる入口にダンボールを大量に設置した。大量のダンボールは圧縮され、一つの塊となり、入口の前に鎮座する。邪魔だ。そしてなによりもとてつもなく重たそう。グッと手で押してもビクともしなさそうだ。
そういう見た目をしている。
「やることさえわかれば対策はいくらでもできるものですよ。ペラペラ喋る。それだけでアドバンテージになり得るのです。気を付けた方が良いですよ。もっとも気をつけることなど二度とないと思いますがね」
「死ぬから?」
「そうですね。その通りです。死人に口なしということわざがありますよね。死人は口外も反論も弁解もできないというものですが、それと同じですよ。死人に学びなしですね」
「ダンボールあんなに使っておいてクマちゃんたちの猛攻耐えられるのかな」
「考えなしにダンボールで入口を塞いだと? 舐めてもらっちゃ困りますね。耐え凌ぐくらいならばこの程度の量でどうにでもなりますよ」
正方形のダンボールを十個浮遊させた。バリアーのように展開して、的確に攻撃を弾いていく。
完全に受けの体勢である。
まだ綺麗ダンボールは転がっている。余力はあるのだろう。こちらの動きを伺うために力を残しているという感じか。
正面突破すると彼女は思っているのだろう。
そんな頭の悪いようなことをするように見えているのだろうか。そうならば不服である。そこまで馬鹿じゃない。
「みくのスキルは調べ尽くされているようだけど、私のスキルは調べ尽くされてないようだね」
「興味ありませんから。あの塊を破壊するほどのスキルを所持しているとは思えませんし」
「慢心って大きなミスを招くんだねぇ」
ケラケラ笑いながら私は瞬間移動をした。あの塊を設置される前にその奥を見ていたお陰で脳内補完だけで移動に成功する。ここまで煽っておいて失敗しましたってなったら恥ずかしいったらありゃしないので、成功して良かったぁとホッとする。
「はー!?」
「くまもちー! なぐれー」
背中から叫び声と指示が響く。
私はそれを聞きながら歩き出す。
きっとみくなら大丈夫。不明瞭な信頼を寄せて、珠々を探すのだ。
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