第21話

さっき位置情報が表示されていた場所にピンを指して、ナビで案内してもらう。道端では惨憺たる光景が広がっている。みくの教育上に悪いと思って目を隠そうとするが、時すでに遅し。みくは肉片と血液に塗れた放置車両を眺めて「おーっ」と感嘆に近い声を出す。サイコパスかな。

 まぁサイコパスでも良いか。泣き喚くのに比べれば何十倍ってマシだ。

 運転席側の扉を開き乗り込んで、ブレーキペダルを踏んでエンジンを起動させるためのボタンぽちぃーっと押す。ブーンというエンジンが動く音が聞こえると、ぴぴぴという電子音や『ETCが挿入されていません』という警告アナウンスなどが流れる。

 外からじーっと見つめるみくに対して、ひょいひょいと手招きすると後部座席の扉を開けて乗り込む。あれ、みくくらいの年齢だとチャイルドシートに座らせないといけないのかなとか思ったが、良く考えてみればそもそも私が無免許なので些細な法令など気にするだけ無駄である。無法地帯となった今なおさらね。

 「くるまつかえるの」

 「免許はないけどね。運転くらいはできると思うよ、多分。自信はそこまでないけど」

 強いて言えば理不尽なアイテムが大量に出てくるレースゲームを少し齧ったくらい。運転経験はゼロである。

 知識として多少道路交通法を知っているくらい。それでも免許持っている人に比べたら可愛いものだとは思うけどね。

 ハンドルを握って、シフトレバーをPからDに動かす。少しエンジンの音が変わったかなというタイミングでブレーキペダルを離すと車はゆっくりと動き出す。え、え、え、なんでよ。アクセルペダル踏んでないのになんで動いてるの。これバグ? バグですか。え、そういうもん、そうですか。

 初めての運転。ガッチガチに緊張しながら、がくがく車を揺らしつつ目的地へと向かう。

 こういう世界になってしまったので、交通量はどこの道もさほど多くない。これ交通量多かったら私間違いなく事故っていたなぁなんて思いながら車を停車させて降りる。外の空気を吸う。美味しい。

 「おねーちゃんいるのここに」

 「いると思うよ。移動してなきゃだけどね」

 動いていなきゃという大前提。仮に移動しているのならば、これは破綻してしまう。手がかりがゼロになるというあまりにも不要過ぎる特典付き。それだけは勘弁して欲しい。

 「とりあえず探してみようか」

 見つけられるか、手詰まりになるかの二択。

 どういう展開に転がるにせよ、結局のところ探さなきゃいけない。それならさっさと動き始めた方が色々と得策だ。

 ここは倉庫というかもはやコンテナと呼ぶべきような建物が何棟も並んでいる。

 珠々をここから探し当てるのは中々に難しいなぁと思ってしまう。見上げても空と倉庫しか見えないけど。吐息交じりに見上げてしまう。

 とりあえず珠々の位置情報が出ていた部分から捜索を開始することにした。GPSはそこまで正確じゃないだろうけど、なにも手掛かりなしで取っかかると途方もないから。可能性の高そうな場所から順繰りに潰していく。これでも何時間かかるんだろう、という感じだ。なんならそれだけやって居ませんでしたみたいなパターンもあるんだよね。幼馴染の行方が分からなくなってしまったというタイミングで抱いて良い感情でないことは理解しているのだが、億劫な気持ちが芽生えてしまう。

 いや、流石にマズイ……って、ちらりと見えた感情を見て見ぬふりをする。

 倉庫の前へやってきた。

 入口の前には男が二人立っている。

 まるでここになにかがありますよ、と教えてくれているように。わかりやすすぎてもはや罠なんじゃないかと勘繰ってしまう。まぁ珠々が攫われていてたんだとして、私たちが救いにくるというところまで想定して手を打っているのであれば称賛に値するなぁと素直に思う。煽りとかじゃなくて本気だ。

 クマの人形を抱くみくを抱く。それから口を片手で覆う。すっぽりと口が私の手の中に収まって、ちょっとだけ悲しくなった。べ、別に私の手が大きいわけじゃないんだからね。

 「んーんーんーー」

 みくは抵抗こそしないが、私の手の中でもぞもぞと口を動かしなにかを発する。手で声が遮られてしまっているせいでなに言っているのかは一切不明だ。わからん。

 「なにー?」

 問いを投げると同時にひょいっとみくの肩から地面にクマの人形二体は降りたって、ぐるぐると私の周りを回る。

 手を彼女の口から離すと、ちらっと私の方を見てから視線を流すようにいかにも怪しい倉庫の入口へと向けた。

 「あそこにおねーちゃんはいるの?」

 こてんと首を傾げる。

 「そうだよ」

 と、返事をした。

 あそこに珠々が居る。そんな根拠もなければ、自信もない。怪しさがあるだけで、それ以外になにかがあるわけじゃないのだ。言ってしまえば私の中でも疑心暗鬼である。だが、肯定した。首肯した。

 確実な答えよりも、みくの心の中にある不安をできるだけ取り除いてあげたいという気持ちから来るもの。

 「なんでいかないの?」

 心底不思議そうに尋ねる。

 「ほら、あそこに男の人が二人いるでしょ?」

 私は入口の前を指差す。

 「でぶでぶ?」

 「いや、うん、まぁ……そうだけど。ふくよかでは……ある、よね」

 どストレートな言葉に思わず苦笑してしまう。頷いて良いのか、と迷いもした。躊躇しつつも頷いてしまったのだが。

 「じゃまってことー?」

 やっぱり頷くべきじゃなかったのでは、と一人で後悔しているとみくは私を見上げるように見る。その通りなので今回は特に迷うようなこともなく、自信満々に頷く。

 「じゃーいっちゃえー!」

 みくはおーっと拳を上げる。

 その拳はまるでアッパーのように私の顎下にグイッとくい込んで、悶え苦しむ。痛い。

 さすさすと顎下を手で擦り痛みを和らげる。その間にみくは「くまさんーごー」と嬉々とした様子でピシッと入口の方を指差す。

 指示と言って良いのか、否か。まぁどっちでも良いか。

 クマの人形二体はだーっと入口の方に駆け出す。

 「あ、ちょ、様子伺ってからと思ってたのに……」

 手を伸ばしたところで走り出したクマの人形を捕まえられるわけがない。

 「んだ、あれ」

 「クマのぬいぐるみみたいだな」

 「というかクマの……ぬいぐるみ……じゃね」

 「クマのぬいぐるみが走ってんな。夢見てんのかな」

 二人の男は息を合わせたみたいに同じタイミングで目を擦る。それからまた視線をクマの人形へと向けて、信じられないものをみたいな表情を浮かべた。いやまぁ信じられないものをみたような気分なのだろう。

 「しゃーねぇーか」

 男はコンクリートの上に置いていた五百ミリのペットボトルを手に取って、さっとキャップを外し口に液体を含む。リスの頬袋みたいに頬を膨らませてから、水鉄砲のように水を吐き出す。高圧洗浄機のような勢いで水は口からクマの人形を目掛けて噴射するのだが、屈することなく華麗に避ける。ひょいっとジャンプするだけ。人形なので表情は変わらないし喋ることもないが、なにかしました? と笑いながら煽っているように見えた。気のせいなんだけどね。

 「なんだぁ、あのクマ」

 「機敏なクマとかめんどくせぇな」

 もう一人の男がアスファルト代わりのコンクリートに手を置く。

 ぴきっと二の腕の筋肉は動いた。それと同時にコンクリートは溶けていく。まるで沼のようで、一歩足を踏み入れてしまったらそのまま嵌って抜けられなくなりそうだ。

 クマの人形はどうするのかなぁと思ったが、躊躇することなく二体は同時に男に向かってジャンプした。跳躍力は凄まじく、野生動物さながらである。多分ウサギなんかよりよっぽど飛んでいる。なによりも飛んで男たちの頭上に乗っかり、思いっきり殴って気絶させている。何発も殴っているわけじゃない。ワンパンだ。

 意識を失った男たちの顔を覗き込むように眺め、目元に鼻元を持っていきくんくんと匂いを嗅ぐ。意識がないことを確認してから二体は、遠くで両親を見つけた迷子の子供のようにみくへ向かって駆け出す。

 「ふたりともすごー。つよつよ」

 と、足元に来た二体の頭を撫でる。

 心なしか嬉しそうな表情をしている人形二体はみくの両肩にちょこんと乗っかった。

 それからぐいぐいと私の袖口を引っ張る。

 「たおしたよ」

 「う、うん、そうだね」

 「いかないの?」

 「あーっと、いこっか」

 どっちが大人か良くわかんらんっていうようなやり取り。

 みくを引っ張っているのか、引っ張られているのか、どっちかもうわからないくらいような感じで入口へと歩く。

 沼のように柔らかいコンクリートの上で意識を失う男二人。

 みくはつんつんと額を突っついて容態を確認する。突っつかれている男は反射的にピクっと眉を動かす。

 「いきてる」

 「だね」

 「このままじゃーダメだよね」

 泥のようなコンクリートを手ですくって、男の口や鼻に詰め込む。もう一人も同じように対処していく。

 「なにしてんの?」

 「このままだとね、いきかえっちゃうから。しっかりところすの」

 なんてことを言うんだ。幼子が言って良いことではない。

 いいや違うか。幼子だからこそ、こういうことを躊躇することなく言えてしまうのだ。行動もかなり頭のネジが吹っ飛んでいる。子供の純粋さが招いたものだろうけど。

 でも注意すべきかと問われるとまた悩むところではある。

 自己防衛。殺される前にしっかりと殺しておけ。

 これは嫌というほど理解している。

 その点だけを考えるとみくの行動は間違っているとは言い難い。無論非難なんてできやしない。もっともやり方は考えろと頭ごなしに注意することはできるけど。経緯はどうであれ重要なのはやっぱり結論なのかなぁと私は思う。であるなら注意するという行為そのものが間違っているんじゃないかなぁと。

 だから顔の穴という穴にコンクリートを詰め込まれた男二人を横目で見ながら、これ以上触れることなくみくの手を引っ張って倉庫の中へと立ち入った。

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