第20話
三日分の食料を回収して帰宅する。二人と三人じゃ食料の消費量が桁違いだ。
玄関の扉を開ける。家の中はしーんと静まり返っていた。あれ、と首を傾げる。
みくがウチに来てからは、珠々とみくがワイワイガヤガヤ騒がしかったので、夕方に差し掛かる前あたりで静かな空気が漂うというのは新鮮。
ちょっと遅めの昼寝だろうか。
まぁ私は私で帰ってくるの思っていたよりも遅くなっちゃったし。待ちくたびれたと思えば可愛いものだ。
「ただいまー」
と一応挨拶をしておく。
するとリビングの方からドタガタバタバタととんでもなく大きな足音が響いた。私はその音に驚いて荷物を床に落とす。拾おうとしてしゃがんだのと同時に視界に入ってきたみく。彼女はだーっとこちらへ駆けてきて、躊躇することもなく私の胸へと飛び込んでくる。
なにを言うわけでもなく、私の胸に顔をむぎゅーっと埋めた。ただならぬ空気。
「どうしたの」
背中を優しく撫でながら、質問してみる。
「なくなっちゃった」
顔を埋めながら、声を籠らせつつそう言った。わからん。
「なくなった? なにが」
「おねーちゃんがないないった」
「ほーん、んー? 珠々と喧嘩したってこと?」
私なりに理解してみようと試みたが、どうやら違ったらしく、ぽこぽこと腕を叩かれる。結構痛いのでやめてほしい。
「もう一回教えて」
一度みくを胸元から引き剥がして、しっかりと表情を確認する。じーっと見つめていると、少しだけ不機嫌そうな表情が和らいだ。
「おねーちゃん、パパになったのー。でー、ばいばいってしてー、ないないった」
おー、全くわかんなかった。表情を見ればニュアンスとして理解できるようになるかなと思ったがむしろ難しくなっただけ。
まぁ急に流暢な日本語であれこれ説明されてもそれはそれでビックリするし困りはするのだが。ただ現状なにもわからないというの事実なわけであって、それならやっぱり流暢な日本語で喋ってくれた方が良いよかなぁとか思う。
「おねーちゃんしーない?」
不安そうにクマの人形をギュッと抱き抱える。その不安を取り除いてあげたい気持ちは山々なのだが、如何せんわからんもんでモヤモヤしてしまう。間に珠々が入ってくれることのありがたさを痛感している。
「珠々はどこに行ったの?」
一旦みくの対応は保留にしておく。わかんないことに対してうんうんと悩んだってどうしようもないから。
彼女はぶんぶんと首を横に振る。
「わかんないのかな?」
と、さらに問いかけるとうんうんと首を縦に振った。
んーわからないのか。それじゃあ私もわからないなぁ。というか、待てよ。それってつまり家に居ないってことだよね。もしかして外に出た? いや外に出ないでって一応言ったはずだし。
スマホを取り出して、位置情報共有アプリを開く。友達交換しているのは珠々だけなので、珠々しか地図上には表示されない。最初に現在地が表示され、珠々のユーザー名をタッチすると彼女のスマホの位置情報を教えてくれる。表示されたのはここから車で三十分ほどの倉庫だった。物流センターみたいな形で使われているような場所である。
このタイミングで珠々がわざわざ足を運ぶ理由ってなんなのだろうか、と疑問が生じる。なんの用事があるのか。ちょっと想像もできない。
「電話してみよっかぁ……」
「でんわー」
みくの気の抜けそうな相槌を聞きながら、スマホを耳に当てる。呼出音が何度か流れた後に『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』というアナウンスがなされた。首を傾げながら、スマホを耳元から離す。さっきアプリ上にはしっかりと位置情報が表示されていたし、電波の届かないところや電源が入っていないなんてほぼほぼありえないと言って良いだろう。なんなら断言したって良い。
もしかしたらあの倉庫からまたどこかへ移動してたまたま電波が入らなかっただけなのでは、と思い確認がてら位置情報共有アプリをまた開く。
さっきまで表示されていたはずの珠々は綺麗さっぱり消滅していた。
「は……?」
思わず声を漏らしてしまう。
目を擦り、瞬きをしてから再度スマホを確認するが、なにも変化はない。やっぱり表示されていない。
「なにー?」
袖口をぐいぐいと引っ張りながら、私のことを覗き込む。
「あ、いや……ね」
説明しようと思ったが私の中でも結論が出ておらず、ふらふらと不安定な答えになってしまう。もはや答えというのは烏滸がましいレベル。
「んー」
みくは大人しく私のしっかりとした答えを待つ。あーもう。
「珠々もしかしたら悪い人に連れ去られたかもしれない」
全力で思考回路を走らせた結果辿り着いた答えである。紆余曲折の紆余も曲折も一切わからないけど、現状考えられるのはそれくらい。
「おねーちゃんしんじゃう」
「大丈夫。助けに行くから。それに多分だけど死ぬことはないと思うよ」
と、安心させるためにみくの頭を撫でてあげる。不安そうだった表情はすーっと和らぐ。
でも死なないなんて根拠はどこにもない。
世界を救うためだとかなんとかって言ってはいたが、詳細は一切知らないから、ゆっくりしている暇はない。ゆっくりしていて殺されましたとかはマジで笑えないから。
「うん、いく」
ぎゅっと私の手を掴む。
「え、行くの」
「だめ……?」
みくは連れて行けない……と言おうとしたが、この子かなり強いんだよなぁ。足でまといになることは多分ない。むしろ戦力になるまである。それどころか私より強い可能性だって捨てきれない。なら連れて行けば良いと思うかもしれないが、彼女はまだ子供だ。バリバリの幼女だ。そんな子を戦闘の場へ連れて行くという診断を軽々しくできるわけがない。
でも家に一人で残すというのもそれはそれで不安だ。
珠々を狙う輩が遅れてウチにやってくる、という展開だってありえるだろう。この狂った世界に足を突っ込んでしまった以上、みくの安全地帯って実はどこにもない。ならば留守番よりも一緒に助けに行った方が良さそう。
「わかった。一緒に行こっか」
結局こうすることにした。
正直この判断が正しいのか、間違っているのかはわからない。確率的な話をすれば多分留守番の方が良いんだろうとも思う。
この選択は私の心配と不安を拭うエゴなのかもしれない。
「うん」
みくは満面の笑みを浮かべる。
まるでこれから遠足にでも出かけるかのようで、とても楽しそう。
その笑顔を見ると、エゴだったとしても良いかなぁと思えてくる。
「じゅんびー」
と、みくはだーっと走り出して、クマの人形二体の口元にキスをして、ホイッと投げる。二体の人形はそれぞれが自我を持ち自分たちで歩き始めた。
「いこー」
いつものクマの人形を抱えたままみくに催促される。
うおー、どういう仕組みなんだそのスキルと目を奪われていた私はひゅいっと現実に引き戻されて、そうだねと返事をしつつ、歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます