第19話
遠回しに「お前は家に籠ってろ」と言われてしまった。誰に言われたかって? 二華だよ。
そんな二華は今、食料確保の旅に出かけている。無理矢理身体強化スキルを持っていた男の肉を食べさせたのは間違いだったかもしれない。自分の力に自信があることは良いことだと思う。けど過剰なのは良くない。今の二華は自信過剰気味だ。瞬間移動に身体強化と相性の良いスキルを組み合わせ、今のところは相手を掌で転がしているわけだが、ずっと通用するとは考えられない。見え透いた弱点があるからだ。圧倒的に近距離タイプであるという点である。私とは真逆だ。本人は油断している自覚など一切ないだろうが、傍から見ているとヒヤヒヤしてしまう。この前だって、一人で家に忍び込んできた敵を倒していたし。
本来なら指摘するべきなのだろう。
そう理解しつつも、まだしていない。しなきゃしなきゃの繰り返しで結局手をつけられない。夏休みの宿題と同じだ。
「おままごとー」
人形を抱えているみくは私の膝の上に座る。
片手に持っていたスマホをポケットにしまう。
「おままごと?」
「うん」
こくりと頷く。頭を撫でると嬉しそうに笑う。子犬みたいで可愛い。
二華は私の問題を最優先にしているようだが、私の問題なんて些細なことだ。極論言ってしまえば私を連れ去ろうとする相手を倒してしまえばそれで良いのだから。
本来優先すべきなのはみくの両親探しである。
二華はやる気がありそうな雰囲気を醸し出していたはずなのに、家へ襲撃があってからはその気概は一寸足りともなくなってしまった。
興味が薄れた、という方が正しいのかもしれない。
こればかりは二華本人のみぞ知るという感じであるが。
「おねーちゃんはぱぱねー」
「オッケー、私がパパ役ね。みくは?」
「まま!」
「そっか。はいはいー」
考えごとを遮るように配役されてしまったので、適当に返事をしてしまった。嬉々としたみくの反応を見て少しだけ罪悪感を抱く。
「おねーちゃんはそとでねー、そんでねー、かえってくんの。いつもねー、よるでーぷんぷんなんだよ」
仕事から帰ってきた父を演じろ、ということか。終電で帰れずタクシーで帰ってくる酔っ払いなダメ親父でも演じるべきだろうか。そこまでは求めてないか。
「じゃあ玄関の外行ってるね」
「うん」
こくっと頷いてからひらひらと手を振って私のことを見送る。
おままごとなんて何年ぶりだろうか。小学校低学年の時に二華と遊んだ時が多分最後かな。内容的にはおままごとと形容して良いものなのかわかんないけど。総理大臣ごっこだったし。今考えてみれば小学生とは思えない遊びである。私や二華のママが苦笑いしながら私たちのことを見ていた理由が今ならわかる。今の私がその場にいても苦笑いするだろうし。
外は暑い。太陽の日差しが眩しくて、蕩けそうになる。
汗が額から輪郭を沿って垂れる。ハンカチで拭おうとしたが、水流に乗っかるような形で家を出てしまったので家に忘れてしまった。
というか、どのタイミングで入れば良いかとか確認することすら忘れていた。もしかしてずっとここで待機? 流石にそれはキツイ。熱中症間違いなしである。
適当なタイミングで「ただいまー」って言いながら入れば良いか。
と、玄関の取っ手を触っていると私の後方から声が聞こえた。手を離して、ふいっと振り向く。屈強な男性が五人ほど並んで立っている。
「あってんのかぁ?」「大丈夫です」
中央に立つ男がA4サイズの紙を見ながら、ちらちらと私の方にも目線を送る。あまり気分の良いものではない。
「あのー、なんですかね」
「艶島珠々。大人しく投降しろ」
私の問いには答えてくれない。投降と言われても困る。そもそも戦ってすらいないから。
「できないと思うんですけど、もししなかったらどうするんですか」
「力ずくで従わせるまでだな」
「それはちょっと困っちゃいますね……」
まずなにを、という問いから始まる。そしてできることなら穏便に済ませたいという気持ち。みくが居るから特に。殺られる前に殺ってしまえば良いのだが。先手必勝ってやつだ。相手は明らかに話が通じなさそうだし。こればっかりは仕方ないよね。
ポケットに手を突っ込んでライターを探す。私のスキルは四元素の威力を数十倍に引き上げるというもの。なにかを生成することはできない。ゼロから一は不可能。一から数を膨大に増やすことは可能。時と場合によっては大きな力になるし、役の立たないスキルにもなり得る。
あれこれ言ったが、結局なにが言いたいのか。それは単純明快。今の私にとってこのスキルは無意味に等しいということだ。
だってライターがないんだもん。あれ、ライターどこいった。本当に、どこに……。あ、家に置いてきちゃった。不用心過ぎる。
ヤバいから始まり、ヤバイヤバイヤバイの連鎖が止まらない。
ぶっちゃけ対抗する術がない。
二華は出先で居ないし、みくに頼めばぬいぐるみを使って私がライターを持ってくる時間くらいは稼いでくれるかもしれないが。それは私のプライドが許さない。ちっちゃい子をこんなことに巻き込みたくはないというプライド。
「困っちゃうだろぉ? そうだよなぁ。俺たちだって争いたくはねぇーんだ」
ポキポキと指の関節を鳴らす。言っていることとやっていることがあまりにもミスマッチで私は思わず顔を顰めてしまう。
「大人しく俺たちに回収されてくれりゃーそれで終わりなんだよ」
「そこまで言うのなら仕方ないですねー。ただの女に見えるかもしれないんですけど、こう見えても私結構人殺ししてるんですよ」
「威力を高めるスキルだろ。情報くらい入ってんだよ、ここにな」
薄っぺらい紙をひらひらさせて音を立てながら振る。
「でなー、そのポケットにはスマホしか入ってねぇ。それがなにを意味するかわかるか? 本人ならいたーいほどかわってんだろーけどなぁ!」
「えー、どういうことですかねー?」
「時間稼ぎのつもりか? まぁ良い、少しくらい乗っかってやろうじゃねぇーか」
ケラケラ笑い始める。はぁと吐息を吐くと、一歩また一歩と近付いてきた。
二華は食料を探しに出向いた。つまりそう時間はかからずに戻ってくるかもしれない。そう思って時間を稼ごうとしたけど、無駄だったようだ。もしかしたらそこまで思考を読み取られていたのかもしれない。
「兄貴、他にこいつ武器は持ってないんですか」
「大丈夫だ。安心しろ。それか、なんだ? 俺のコイツが信用できねぇーのか?」
兄貴と男はとんとんと涙袋を指で叩く。
「すいやせん! そういうわけじゃないです」
「そうか、まぁ良い。慎重なのは大事なことだかんな」
近寄ってくる男から逃げるようにじりじりと後退りする。すーすーと下がり、背中にごつんと痛みが走った。
その痛みに悶えていると、今度は襟を掴まれる。
「へっ、捕まえた」
べちんべちんと頬を三発殴られる。ぐはっ、ぐへっ、と惨めな声を漏らす。
「お前らもやっちまえ。殺さない程度にな」「へい!」
意識が遠のく中、そんな会話が聞こえ、逡巡する暇もなく顔面に次から次へと衝撃が走る。人生で味わったことのない激しい痛みが襲う。
鼻水が垂れたと思ったら口内に広がるのは鉄の味。
あぁ……これ死ぬなぁ。
二華を心配していたら、自分がこんな目にあってしまった。情けない。いっそのこと死んだ方がマシなのかもしれない。なんて思いながら私はゆっくりと意識を手放す。腫れた瞼の隙間から微かに見えていた太陽の日差しも遮られて、真っ暗闇へと向かって淡々と歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます