第18話

 瞬間移動。このスキルにはいくつか制約がある。一つは十メートルという距離の制限があること。そしてもう一つは視覚情報として認識できる場所という制限だ。誰々が居るところに……という移動の仕方は不可能であり、基本的には目に見えるところに移動するスキルなのだ。だが、例外もある。鮮明にその場所が思い浮かべることができる場合は視覚情報を要しない。視覚情報を脳内で補完することが可能だからではないかと勝手に推測している。真相は不明だが、知らなくてもどうにかなっているのでどっちでも良い。

 なにが言いたいか。単純明快だ。我が家である以上、どちらの条件もクリアできるので音を立てずに侵入者を観察することができる、というわけだ。数ある家の中から我が家を選んだこと悔やみながら死ぬと良い。


 玄関からリビングに繋がる廊下へ移動し、壁の陰からリビングの様子を伺う。

 人数は……一、二、三。全員男だ。

 なにかを探しているようだが、金目のものを探しているわけじゃなさそうだ。クローゼットやら棚を漁るのではなく、大雑把に周囲を見渡す。まるで大きな物でも探しているような。そんな感じだ。

 「そっちに居るか」「キッチンにも居ない」「じゃあやっぱり寝室か」「階段なんて使ったら本当にバレちまう」「でも仕事だ。やるっきゃねぇ」「戦闘する必要はない。あくまで回収さえできればそれで完了だからな」

 なんて会話が聞こえてくる。間抜けだ。私が居るだなんて、知らずに。

 どうやら彼らは誰かを回収しに来たらしい。誘拐だ。

 誰を回収しに来たか、ってのはどうでも良い。もっとも今はだけど。

 得体の知れない人間に差し出せる人材などここには居ないのだから。お引き取り願おう。逃がすつもりはさらさらないが。

 すっと瞬間移動して、男の背中へ入り込む。右腕の筋肉を瞬間的に増強させて、首元を思いっきりチョップ。瞬間移動でさっきの壁へと戻る。ちらりと様子を確認すると、男はぐはっと吐血しながら倒れる。

 残りの三人は警戒態勢をとりつつ、男の救護に当たった。ここで三人揃って救護に意識を向けないあたり素人集団ではなさそうだ。それなりに経験があるのか、または知識を有しているのか。

 私相手でなければとても有効な手段なはずだ。警戒されたら普通は接近することは不可能になるから。でも私は瞬間移動と身体強化が使える。瞬間的に敵の傍に出現し、さっと素手で意識を奪ってすぐに姿をくらませる。我ながら趣味の悪い戦法だなぁとは思う。

 強さが正義なこの世界であるから、手段を選んではいられない。美しさを求めていたら簡単に死んでしまうから。悪い戦法? ばっちこい。

 「首元に痣がある」「チッ……病気じゃなくて襲撃ってわけか」「でも今誰もいなかったような」「あのガキがいるだろ。ちょこかまとぬいぐるみでも動かしてたんじゃねぇーのか」「人形なら気付くだろ」「人でも気付く」「うるせぇ、起きたら面倒だ」

 意味不明な現象を目の前にして戦々恐々とする。

 外傷がバレてやりにくくなったなぁとか思ったけど、良い方向に転がってくれた。

 次は手当をしようとしている男を標的にしてしまおう。さっきと同じように瞬間移動をして、腕だけを身体強化させ、さっさと無力化して、さっきの場所へと戻ってくる。

 これであと二人。順調。まぁ作業ゲーだ。一人一人殺せば終わり。無力化だったてしても、キッチンの包丁で突き刺せば息の根は止められるからね。

 気楽だった。

 さっきと同じような流れで、もう一人も処理し、残りは一人となった。

 仲間三人が見えぬ襲撃者に倒されていく。どんな気持ちだろうか。次は自分の番だと怯えるのだろう。恐怖に苛まれるのだろう。自業自得だ。

 「そっちか」

 リビングにあったマグネットと、男が持っていた磁石を弾丸のように飛ばす。一直線にこちらへ飛んできたと思えば、カーブして私の方へと向かってくる。これじゃあまるで追尾弾……というかそれと似たようなものなのだろう。

 足で逃げても追跡されそうだし、なによりもそもそも逃げ道がほとんどない。瞬間移動でリビングに顔を出す。

 「お前にゃ用がねぇーんだ」

 「では帰ってもらえますかね」

 「そうはいかないな。上からの指示でな、艶島珠々という女を連れて来いって言われてるんだよ」

 また、だ。この前も居たよな。珠々を狙ってる輩。

 珠々は可愛い。だからまぁ誘拐したくなる気持ちはわかるけど。こうも執拗いと違う理由があるのではと考えてしまう。

 「なんで珠々を?」

 「なもん知ったこっちゃねぇーよ。上から連れて来いって言われてるだけだからな。知りてぇーなら上に聞いておけ」

 ケラケラ笑う。前の男たちは事情を知ってそうだったので、コイツらも知っているのではと思ったが、どうやらそういうわけじゃないらしい。

 なら生かす理由はない。生かしたところでまともな情報は得られなさそうだし。

 「こっちはお前らの情報は知ってんだよ。お前はたしか瞬間移動のスキル所持者だったか」

 半分は当っているが、もう半分は間違っている。

 わざわざ指摘するほどお人好しではないので黙っておくが。

 「目眩しにゃ十分だ。この暗さも相俟って姿を捉える前に相手を無力化できんだろーな。だが、殺しはできない。所詮は移動能力でしかねぇーからな!」

 「それはたしかにそうかもですねー」

 「だろー。俺は優しいからな、本来ならさっさとお前を殺してしまうところなんだが、艶島珠々をこっちに渡してくれりゃ見逃してやんよ」

 ほらほらー、と人差し指を動かしながら煽ってくる。腹立つなぁ。

 「私、人を殺せないとは一言も言ってないんですよ」

 近くに転がっていた無力化した男の顔面を踏みつける。身体強化で私の重さは数倍にも膨れ上がっていた。そんな重さが顔にのしかかる。風船の上に圧がかかったら割れるのと同じで、顔というか頭はぐしゃっと潰れる。血液と肉塊が飛散する。まるで押し潰されたトマトだ。

 「殴っても良し、蹴っても良し、踏みつけても良し、な優れものです」

 「な、んなもんマヤカシだ」

 「なら次はこの人を処理しますね」

 頭を掴み持ち上げる。ぶらんぶらんと揺らして、一通り楽しんでからぐしゃっと頭を潰す。

 「するんじゃないですか? 血の臭いが。血の味が」

 血液で真っ赤になった男を見ながら質問を投げる。

 「それでもマヤカシと言うならもうそれで良いですけどね」

 「チッ……」

 男はマグネットを私に向かって飛ばしてくる。厄介だなぁと思いつつ、さっき無力化した男の首根っこを掴んで盾がわりにした。男の顔面と腹部にグサグサとマグネットが突き刺さる。ポタポタと血液が垂れて、マグネットの威力を思い知らされた。邪魔になった男を床に捨てると、目の前にはマグネット男が居なくなっていた。

 「逃げられたか」

 と、呟きながら玄関に瞬間移動。逃げた男とまた対面。

 「ふふふ、逃げられると思いましたか」

 この短時間で私から逃れられるわけがない。舐められたものである。

 少しだけ身体強化を使い、首根っこを掴む。首を絞めるように、でも殺さぬように。

 「上って言っていましたね。どなたのことですか。誰からの指示なのでしょう」

 「俺は知らねぇーよ」

 「矛盾していますね」

 「上から指示されたのも、知らないのも本当だ」

 「はぁ、そうですか」

 力をさらに強める。グハッと汚い声と唾液を漏らし、顔がみるみるうちに赤くなる。恥ずかしさで赤らめているのではなく、酸素が足りなくてとか血液が止まっててとかそういう感じだろう。

 「もう一回だけチャンスを与えますね。上って誰ですか」

 「だから……知らねぇーんだよ。俺たちは雇われただけだ。スーツ着た姉さんにコイツを探して来いって資料を貰って。周囲に居る注意人物の情報も貰って……雇われてただけだ」

 「雇われですか」

 今までならなるほどと納得できるが、この世界であるとどうも納得しがたい。

 この世界のお金なんてただの紙切れでしかない。雇われて、お金を貰って……ってあまりにも無意味な行為ではないだろうか。ただ労働に勤しむだけならまだしも命をかけるのは明らかにおかしい。違和感だらけ。まぁこの前の馬鹿みたいなパターンもあるので一概におかしいとは言えないのだが。

 「お金なんて貰っても意味ないですよね」

 「金だぁ? 金じゃねぇーよ。んなもんいらねぇーからな。目的は身体だよ、身体。『艶島珠々を回収できたら私の身体好きにすれば良い』って言われてな」

 そういうことだったか。最低だがそれなら納得だ。

 雇われという言葉に偽りはなさそうだし、知らないってのも本当なんだろうな。ならまぁ生かしておく価値もない。

 「……さようなら」

 グッと力を込める。首はぐちゃりと潰れ、ぽとんと頭が床に落ちる。

 人を殺した。まぁそれに関してはあまり罪悪感を抱かない。慣れてしまったのだろう。

 ただ家が血の海になり、生臭ささが残る……というのはあまり気持ちの良いものではない。なによりもこんな深夜に掃除しなきゃいけないのかぁ、という面倒くささ。もう少し後先考えて行動すれば良かったという後悔が私を襲う。

 それと同時に階段から足音が聞こえた。

 もしかして……まだ敵が居たのか。残っていたのか。なんて不安が過ぎった。階段からひょこっと顔を出したのは珠々だった。私の中に生まれた不安は砂の城のようにさらさらと消えてなくなる。

 「うげー、くっさい」

 鼻を摘んで目を細めながら真っ赤な床を眺める。心底嫌そうな表情だ。

 「なにこれ。二華なにしたの。一般人を殺すのは良くないよ」

 私を見つけるなり、困惑をぶつけてくる。

 「人殺しみたいに言わないでよ」

 「でも殺してるじゃん」

 「まぁ……殺した、けど」

 「うん、それは見ればわかるよ。なにがどうなってこうなったのかが気になるんだよ

 「勝手に家上がってきたから殺しただけだよ」

 「んー、強盗ってこと?」

 「ううん、違う。珠々を誘拐しに来たんだって言ってたよ」

 「また私?」

 「みたいだね」

 珠々は口元に手を当てて、むむむと唸った。

 「なにしたの? 変に目付けられるようなことしたわけ?」

 「記憶ない。思い当たる節もないんだよね。強いて言うなら終末少女くらいだけど。それなら私だけ誘拐ってわけわからないし」

 本当に思い当たる節はないようで、自分自身で整理するように淡々と物事を言葉にして並べていく。並べた上でまだわからないようで、首を傾げる。

 だが明確に珠々を狙っていた。勘違いとかではない。

 「あの様子だと他にも居ると思うよ珠々を狙ってるの」

 今の私が言えるのはそのくらいである。

 「だから原因くらいは突き止めておいた方が良い」

 世界滅亡直前に、幼馴染であり親友とも言える存在が正体不明の人間にさらわれて殺されるだなんて後味が悪過ぎるからね。

 「原因って言われてもねー」

 「ほんとにわからないの?」

 「えー、うーん。あ、もしかして私が可愛すぎるから、とか?」

 「んなわけないでしょ」

 冗談を言う余裕あるのか。私が珠々の立場であるのなら、そこまでの余裕はない。

 「だよねー」

 わかんないもんはわかんないよと言いたげな様子。わからないからしょうがないよね、だからそのままで、っていうわけにもいかない。なにかしら対策は講じるべきだろう。

 もっとも得策となりうるものはあまり思い浮かばないが。

 浮かんでくるのは珠々を家の外に出さないという古典的な方法しかない。

 でも珠々を守るという一点においては確実性のある方法だなぁと思いました。ええ、そう思っていました。

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