第17話

 家に到着した。みくはわーっと家に上がる。だがすぐにヘロヘロになってソファに倒れ込む。バタンキュー。他人の家でも一切怖気つかないのは良いところであるのと同時に悪いところでもあるのだろう。まぁ子供らしいっちゃ子供らしい。

 「あっつーい」

 と文句を垂れる。

 気持ちは痛いほどわかる。うん、私もすんごく暑い。

 「んにゃー、私も暑い」

 珠々はみくにくっついて、心底嫌そうに頬をむにーっと押される。嫌がられているのになんだか嬉しそう。

 ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、リビングでくつろぐ時も。ずーっと二人は一緒に行動している。顔は全然違うけど、まるで親子だ。

 午後九時。

 みくは眠そうに「ふわぁぁぁぁ」と大きな欠伸をする。可愛い顔なのに、大きな欠伸を堂々とするなんて……と思ったが、子供だもんね。これが普通。

 「眠い?」

 珠々は確認して、みくは頷く。

 「じゃあ寝よっか」

 と言って、珠々は寝室へと連れていく。私はぽつんとリビングに取り残された。夜に部屋に一人っていうのは久しぶりだ。ずっと珠々が居たからね。部屋の中に流れる静寂が寂しい。

 三十分ほどが経過しただろうか。珠々はリビングへと戻ってきた。眠そうに欠伸をしながら。

 「みくは寝たよ」

 「うん」

 どんな反応が正解なのかわからなくて、適当な反応になってしまう。彼女は私の反応をしっかりと確認してから、隣に座る。

 「あの子はどこから来たんだろうね」

 ソファに背中を預けて、ぐーっと背を伸ばす。ふぅと息を吐くと手を離して、こつんと私の肩に彼女の手がぶつかった。その手を動かすことはなく、ずっと私の肩に置かれている。ひょいひょいと肩を動かしても退かすつもりは毛頭ないらしい。わざわざ手で払うのも馬鹿らしいのでそのままにしておく。

 珠々のいうあの子。みくのことだろう。

 「うーん」

 良くも悪くも謎が多い。

 なぜあそこに一人で居たのか、三歳や四歳という見かけに反してやけに冷静沈着である部分、なによりも殺しという行為を認識しつつ悪い事だとは思っていなさそうなところ。子供っぽさと、その子供っぽさを忘れさせるほどの大人顔負けな冷酷さが混ざってて、彼女に対しての謎は深まるばかり。

 「そもそも子供なのかな、本当に」

 「ほう、と言いますと?」

 「実は大人だけど身体がちっちゃくなる薬を使って子供になっちゃいましたとか、そもそも人間じゃなくてロボットですとか」

 「どれも朧気に元ネタ浮かんでくるけど、ここ現実世界だしなぁ。そんな非現実的なことありえないんじゃない?」

 「でもスキルだって非現実的な要素なわけじゃん。非現実的だからって一蹴はできないよなーって」

 巨大隕石にしろ、スキルという異能力にしろ、非現実的と呼ばれるものが実現してしまっているという現実がある以上、ありえないよと一蹴できる要素にはなり得ない。

 「前者はともかく後者はないと思うよ。しっかり裸見たし、身体洗ってる時も違和感はなかったから」

 でもクローンとかかも……とか思ったけど、ここまでくると際限なくなる。変に勘繰るのはやめておいた方が良いかもしれない。あれこれ勘繰ったところでなにか解決するわけでもないし。

 精神をすり減らすだけ。

 「ほんとどうしたもんかなー。ずっとウチで保護するってわけにもいかないだろうしさー」

 珠々はそう私に問いかけているのか、独り言か絶妙にわかりにくい口調で呟く。

 世界が滅亡するまで面倒を見る。可能が不可能かの二択であれば可能だ。だがそれは明らかに不健全な形だろう。

 できることならば両親を探し出し、お返しするべきだ。

 もっとも虐待されていて、逃げてきた……とかなら話は百八十度変わるんだけど。少なくとも、虐待と疑われるような傷や痣は見当たらない。一緒に風呂に入り全裸を確認した珠々だってなにも言わないし。多分なかったのだろう。珠々が隠す理由もないしね。

 であるなら、やっぱり彼女は親元に帰るべきだ。例え本人が嫌がるのだとしても。

 最期を一緒に過ごせないというのはあまりにも寂し過ぎる。やっぱり一緒に居れば良かったって死ぬ間際に後悔しても遅い。

 私のエゴかもしれないけど。

 「親を見つけるべきだよねぇ」

 「だよね。うん、二華ならそう言うと思った」

 白い歯を見せて笑う珠々はだーっと私のことを抱きしめる。それからスリスリと頬擦り。

 最近スキンシップが増えてきた? でも、まぁ、今日だけは許してやろう。

 私は反抗することなく、身を委ねることにした。


 みくと一緒に暮らすようになってから早三日。珠々と協力しながらみくの両親について色々と探るが中々上手くいかない。私の実の父親に協力をお願いしようかと思ったが、あの人はどうせかなり忙しいだろうし、私の話なんか耳を傾けてくれない。だから頼るのはやめておく。

 今のところ手がかりはない。ゼロだ。

 でもわかったこともある。この子は確実に幼女であると。中身は大人とか、ロボットだとか、クローンだとか、なんなら転生者だとか。今なら全部否定できる。もっとも確信たる証拠はどこにもない。裁判であれば嘲笑されておしまいだけどね。これは裁判じゃないから。私の中にある勘。それだけで十分。

 正直薄々勘づいている。この子の親は死んでしまったのではないか、と。あそこに居たのは両親が殺され、途方に暮れていた。帰らないのではなく、帰るところがない。あの子は変なところで聡い。両親が死んだという境遇を話せば私たちを困らせると理解し、黙っている。それならば筋は通っているし。何よりもここまで情報が出てこないことに対して納得することができる。

 幼女に気遣われてしまった以上、こちらも触れない気遣いは必要だ。触れたところでなにか解決できるというわけではないし。それ以上に私たちがすべきことなのは、みくの親代わりになって、世界が滅亡するまで精一杯愛情を注いであげることなのではないだろうか。

 両親を失う気持ち。寂しいとか、辛いとか、そういうシンプルな言葉では表すことのできないようなものだと思う。

 だから最期くらいその憂い気持ちを掻き消してあげられたら……良いなぁ。


 寝室。ベッドは二つしかない。入間が居た時は敷布団で対応していたが今回は敷布団を出していない。みくが珠々のベッドで眠っているからだ。

 暗い部屋で天井を見つめる。月明かりが部屋に差し込んで、微かに天井が見える。

 眠りたいけど、眠れない。不眠症かな。違うか。

 欠伸をしたら眠れるかなーとか、羊を数えてたら眠れるかなーとか、とりあえず目を瞑っておこうかなーとか色々試して見たけれど、どれもあまり効果はない。眠くはなるんだけど、そこからストンと眠りにつけない。

 なんというか、変な胸騒ぎがして落ち着かないのだ。多分なにかに興奮気味なんだと思う。あ、もちろん卑猥な意味じゃなくてね。

 とにかくしっかり眠るには謎に活性化してしまった脳みそを落ち着かせるしかない。こういう時にはココアに限るね。本当はホットココアが良いんだろうけど、暑いからアイスで。

 上半身を起こすと同時にガチャっと扉が開くような音が聞こえた。最初は近所の人がこんな遅くに帰ってきたのかなぁなんて思ったけど、どうもウチの玄関の方から音が聞こえる。

 気のせいだろうとか、鍵閉めたからありえないとか、あれこれ考える。けどその思考を打ち消すように音はどんどんと大きくなっていき、誰かが侵入したんだと理解できた。

 強盗だろうか。にしては大胆過ぎる。もっと物音静かに動くだろう。

 じゃあなんなのかと問われればわからないのだが。うーむ。

 とりあえず確実なのは一つだけ。

 誰かが我が家に侵入した。以上。

 私の家族が帰ってきたとは考えにくい。というかありえない。もしそうなら珠々とみくを起こして目の前で切腹したって良い。

 侵入者。すなわち敵対者である。

 「たまにゃ珠々の力を借りずに対応しなきゃな」

 ここ最近珠々に頼りっぱなしだったかも、という自覚はあった。汚名返上じゃないけど、やってやろうじゃないか。

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