第16話
珠々と手を繋ぐ少女。左手で手を繋ぎ、右手で抱えるようにクマの人形を持つ。
若干の疎外感を覚えるが……うだうだ言ったってしょうがないので心に秘めておく。めんどくせぇ奴だなぁとか思われても嫌だし。だから一歩半後ろから和やかな雰囲気を楽しむ。二人の背中を見つめる。父親のような気持ちだ。私女だけど。
家までもう少しというところで、電線からひょいっと白衣を身に纏った男二人が降りてきた。
「……終末少女じゃないですか」
男にしてはやけに高くて聞き心地の悪い声。
「標的……発見……です」
こちらはダミ声で聞き心地が悪い。
少女は「ひぃっ……」なんて悲鳴を上げて、珠々の背中に隠れる。クマの人形をぎゅっと抱えて。泣かないだけ偉い。三歳とか四歳とかそのくらいだろうに。私だったら絶対に泣いてた。
「なにかよう?」
ポケットに手を突っ込みながら珠々は男を睨む。男たちは目を合わせ、ケラケラ笑い出す。不快感満載だ。
「用事……ですか。そうですね。用事ですよ、用事。えぇ、ありますとも。用事」
と、小刻みに何度もコクコクコクコクと頷く。
「終末少女と呼ばれる艶島珠々は君ですね。良いですね。ええ、とても良いです。ぜひ、私たちに同行願いたいですね」
「大……丈夫……です。安心……してください」
「なにが安心よ。なんの事情も説明せずに同行だけ求めるなんて怪しさ満点じゃん。というか怪しいものですって自己紹介してるようなもんでしょ、それ」
珠々の主張は至極真っ当だなぁと思う。
正論をぶつけられた男二人は逆上することはなく、ただ高笑いをするだけ。今まで私たちと対峙した所謂悪者たちは皆、正論をぶつけられただけで力で解決しようとしてきた。だけど、この人たちは違う。ただそれだから信用しようともならない。むしろ違和感がありすぎて警戒してしまう。不気味だ。
「説明は……でき……ません」
「補足しましょう。説明はたしかにできません。ですが、全く言えないというわけでもないのですよ。艶島珠々。君は世界を救うことになる。そう、だから私たちの命令を素直に従い、同行願います」
説明できないわけじゃないと前提することで、後半の抽象的な説明をさも詳細に話したというように錯覚させる。深く考えていなければなんとなくそうか、と受け入れてしまいそうだ。
「良くわかんないせつめーでさ、はいそうですかーって頷くわけないでしょ!」
「そうですか。まぁ構いませんよ」
「そう……ですね」
男はまた高笑いをする。
ただでさえやけに声が高いのに、余計に高くなるから気持ち悪い。うげーって顔を顰めてしまう。
「交渉は決裂ということですね。いやはや残念です。我々としては話し合いで解決したかったのですが」
「ふーん」
珠々は興味なさそうに、ポケットをもぞごささせる。
「力を行使しても構わないと上から許可を得ていますから。交渉決裂した今、実力行使と行きましょうか」
パチンと指を鳴らす。
男は駆け出す。アスファルトを蹴り、瞬きする間もなく、珠々と距離をとる。瞬きをして、瞼を開いた瞬間、目の前に広がるのは腹部を拳で殴られ、宙に舞う珠々の姿であった。
「二華……あの子を」
地面に叩きつけられそうになりながら、珠々は少女を指差す。本来なら珠々を助けたいところだが、今瞬間移動したとしても、ギリギリ間に合わない。アスファルトに身体が叩きつけられることは確定である。最悪少女も珠々も見捨てることになる。それは珠々とて本望ではない。そもそも珠々がそう簡単に負けを受け入れるとは思えない。なにか策があるのだろう。多分。
こくりと頷き、私は瞬間移動を使って少女を助ける。
抱き抱えてもう一度瞬間移動を使った瞬間に背中が妙に熱くなる。パッと振り返ると珠々はライターの火に息を吹きかけ、威力の高い火炎放射をアスファルトに放ち、威力を最小限に抑えていた。
「あっつぅ……」
アスファルトに着地したのと同時に不貞腐れていたが、とりあえず一安心である。
「ハッハッハッハッ! 良いですね。面白いじゃないですか。やはり艶島珠々。貴方のそのスキルは素晴らしいですね」
「どうも」
「良いものを見せてもらいましたし、私のスキルもお教えしましょう。私のスキルは筋肉を数倍にするスキルでしてね、怪物なんですよ」
「怪物……」
「そうですとも。逃げられる、避けられる、追いつける。戦闘における三拍子が揃っている優れものでしてね。そのせいでこのように表に立たされるわけなのです――」
「邪魔……者の排除は……おまかせください」
珠々と男の闘いに見入っていると、もう一人の男が刃物を取り出し、どわーっとこちらに向かって走ってくる。
それくらいなら瞬間移動で避けられる。さほど脅威ではない。
少女を抱えて、瞬間移動をしようとするが、ぐいっと袖口を引っ張られた。
「だめ」
と言われ、すんのところで踏み止まる。
男は私に切りかかるのではなく、瞬間移動しようとした先に向かって刃物を振りかざした。
「なっ……スキルが外れますか」
「なんだそれ……」
「私はあの……人とは違い……ますよ。ペラペラ……手の内は明かしません」
私の吃驚した反応に満足したのか、饒舌になる。しかし男の表情は一変する。なにかと思ったのと同時に少女の声が響き渡る。
「ほいっ!」
少女は突然クマの人形を男に向かって投げた。か弱い少女が投げたというのもあって勢い良く飛んでいくことはなく、着陸時のヘリコプターみたいに不安定に飛んでいく。なにしてるんだろうか、と訝しむと突然クマの人形は軌道を安定させた。まるで誰かに操られているかのように。手足を自由自在に動かしながら、ひょいっと着地する。パッとクマの人形は挙手をした。
「なにを……」
私が声を上げる前に困惑気味な表情を浮かべる男は怯えるように後退りをする。
「あれすしるなの」
「スキル?」
「そう、それ」
少女はクマの人形を指差すのと同時に自由自在に動き回る。まるで男の攻撃や動きを完全に読み切っているかのように、するするとかわす。
「ぱーんち!」
私の隣で彼女は思いっきり叫ぶ。可愛らしい声で。だが人形が出した威力は全くもって可愛くない。男は簡単に吹き飛ぶ。五メートルほどまで浮かび上がり、そこから重力に逆らうことができず落下する。どかんという音。気絶か死んだか。動かなくなる。
「ふふふ、三対一だね」
珠々は男に向かってニヤニヤしながら輩みたいなセリフを吐き捨てた。
「流石だ。君の力があれば実験は成功間違いなしですね。ですが、これ以上は少々……いいや、かなり分が悪いようです。ずらかりましょうか」
「はいはいそうですかってさ、出てきた敵を簡単に逃がすと思う?」
「これでも逃げ足には自信がありましてね」
むふんと男はドヤ顔を見せる。なんだか腹立つ。
「いけー!」
拳をおーっと上げる少女。それと同時にクマの人形はだーっと飛行して、男に突進した。想定外だったのか、グハッと衝撃をくらい地面を転がる。さっきまで一匹だったのにどこからかに新たに二匹が加わっていた。君たち誰。
「良いね。強いじゃん、それ」
珠々はピースしながら、ニッと白い歯を見せて笑う。それからライターの火をまた点けて、ふぅっと男に向かって息を吹きかける。よろめきながらも立ち上がろうとしていた男に火は直撃して、炎が全身を包み込む。
「グワァァァァァァァァァァァァ」
という悲惨な声が響く。
それでも珠々は攻撃を緩めない。
二十秒ほどが経過し、やっとライターから火を消して、ポケットにしまう。男は完全に黒焦げ。髪の毛はチリチリになって灰となり、風に乗って飛んでいく。衣類もだ。
珠々は焦がした男の元へととことこと歩き、腹部に手を突き刺す。ぐりぐり手首を捻じ曲げて肉をほじくった。しばらくしてから肉塊を掴み取り出し、こんがりと焼けた肉塊をこちらに持ってくる。
「な、なにを……」
「いやー、やっぱりさこういう時にね、うん」
珠々は不安定な言葉を並べて、私は訝しむ。なにしてんだコイツって。そんな心のうちを見透かしたのか、持っている肉塊をぐぼつと私の口の中に突っ込んだ。
「ぐバッ……な、なんてことを……」
口の中に手を突っ込んで、飲み込んでしまったものを吐き出そうとするが、そう都合良くでてきてはくれない。嘔気だけ。
「強くなるに越したことはないでしょ」
「だからって食べたくないんだけど」
「でも強くならないと守りたいものも守れなくなるよ」
とはいえ、じゃあ知らない人の肉を食すかと言われると頷くことはできない。
例え一度経験したとはいえ、やはりそう簡単に踏み越えてはいけない一歩を踏み越えることはできないのだ。
こればかりはどうしようもない。
身体が、脳みそが拒むのだから。
脳内に膨大な情報が流れ込んでくる。何度やっても慣れない。脳みそが悲鳴をあげ、オーバーヒートしそうだ。苦しみを耐えようと唇を噛む。
「んー、だいじょぶ?」
少女はこてんと首を傾げて私たちの方に目線を向けると、クマの人形が彼女の肩によじ登る。まるで某電気ネズミみたいだ。肩に乗っかった人形を回収して、抱き抱える。さっきまで生きているようだった人形は力を失いだらーんとする。人形本来の形に戻った、という感じだ。それを見た少女はお疲れ様と言いたげな様子で頭を撫でている。
可愛らしい姿を見て、少しだけ落ち着く。
「大丈夫だよ」
と、心配かけないよう息を切らしながらではあるものの声をかけた。それで安心したのかにまーと明るい表情を浮かべる。勘繰ったり、人を疑わないあたりまだ幼子なんだなぁと痛感させられる。落ち着きがすごいから時折忘れてしまうけど。
「てか、それよりもアイツはどーしよっか。そもそも生きてんの?」
それよりもって。スルースキルが凄すぎる。感覚が麻痺してしまっているのだろうか。他人事だからって呑気なものだ。全く。
「ころした!」
今日一元気な声を少女は出した。満面の笑みだし、可愛いし。なんだこれ。
「んー、じゃあ放置で良いか。とはいえ、んー。なんか訳ありっぽかったし殺さずに話だけでも聞いとけば良かったかなぁ」
「油断したら殺されるし」
「それもそっか」
手を緩めれば殺されてしまう。ここは作品の世界ではなく、現実の世界。一瞬でも隙を見せれば、相手はこれみよがしに突っ込んでくる。死ぬか生きるかの狭間にいるのだから、当然だ。だから敵はしっかりと殺す。
「てかー、君すごく強かったね」
珠々はしゃがんで少女の頭を撫でる。
「えへへ」
満更でもなさそうに頬をぐへーっと緩ませた。
「そのぬいぐるみさんを動かすっていうスキルかな」
「んん」
彼女は珠々の問いにぶんぶんと首を横に振る。どうやら違うらしい。私もそうかなーと考えていたので驚きだ。
「え、違うの!?」
珠々は仰々しい反応を見せる。大袈裟だけど、でもまぁそこまでの反応をしてしまうのもなんとなくわかる。だってどう見ても人形を動かすスキルにしか見えなかったし。勝手に人形が動いた……みたいな超常現象というわけでもないでしょ、多分。仮にそうならあまりにも冷静な少女がおかしい。
「くまもちはね、あのねー、わーってね、やるとね、くまもちがねそうやってねー、じぶんでわーってなるの。でねー、それからーくまもちはねー、ずぎゅーんってなってね、あのねー、おーってなるんだよ」
うむ、なるほど。全然わからん。
「それでねー、くまきちとくまさぶろうもね、わーって、やって、がおーってねしれくれるの」
「おー、なるほどー」
私の隣で珠々はうんうんと大きく頷いている。え、わかったの? あぁ……子供相手にわかんないって嘆いたって困らせるだけだ。ゆっくり優しく靴紐でも解くかのように接する。その一歩ということか。つまるところ、わかってないけどわかった風を装っているのだろう。珠々ったら子供の扱いわかってるね。
「そのくまさんに自我を与えてるってことかー」
「んー、そー!」
二人が共鳴した。
どうやら珠々は普通に理解していたらしい。マジかよ。理解力はんぱねぇ。
「どんな仕組みなんだろうね。うーん、特別なぬいぐるみさんなのかな」
「ううん。ちがーよ。これはねー、むかしもらったやつー」
「そっかー。お気に入りなんだね」
「うん!」
ワイワイキャハハ。おねロリである。うら……じゃなくてけしからん。
「そういえば君の名前聞いてなかったよね。私は二華だよ」
「にっか!」
「二華だけど……まぁ良いや」
一々訂正する程でもないしね。私は心優しいのでスルーする。
「お、次は私の番かな。艶島珠々だよ。珠々って呼んでくれても良いけど、お姉ちゃんって呼んで欲しいな」
「おねーちゃん」
「はーい。お姉ちゃんですよー。んー、良い子だねぇ」
「えへへ」
「君の名前は?」
「みく!」
「みくちゃんかー。良い名前だね」
「うん」
やけに珠々に懐いていて、なんか取られたような気分になる。いかんいかん。幼女に嫉妬っておかしいよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます