第15話

 日本から、いいや世界から殺人という罪状が消失した。というか、法律そのものが形骸化してしまった。

 今まではまだ辛うじて警察という治安維持組織が仕事していたが、今日完全に破滅したのだ。公安職としての仕事をしている人数に対して、殺人や詐欺、強盗などといった秩序を乱す行為をする輩が勝ってしまった。自分の身は自分で守る。これが本格的になったということだ。政府は「外出自粛」を呼びかけるだけ。今になってもそれ以上の手立てはなにもない。外に出る。それ相応のスキルを保有していなければ死を意味するわけであって、政府から呼びかけがなくとも賢明な人間は外に出ない。まぁこんな状況なわけだから、外出するなという政府の方針はその通りであると思う。

 しかし、だ。そうもいかない事情もあるわけで。人間には三大欲求というものが存在する。性欲、睡眠欲、そして食欲。前者二つは自宅内で首尾一貫できるが、後者に関してはいずれ限界が訪れる。食料が消失してしまえば探しに出向かなければならない。外に出ざるを得ない。

 なにが言いたいか。単純明快である。

 だから私たちは入間を喪った今であっても「終末少女」を名乗り、治安維持活動をしているのだ。終末少女は珠々にとって入間が残してくれた大切なものだし、引き継ぎますって格好付けて誓っちゃったから。やらないと後ろめたくなるってのもある。

 というわけで今日もパトロール。

 まぁそうは言っても、入間が生きてた時のようにあちこち現場を探すほど懸命にはしていないけどね。コンビニやらスーパーやらに出向いて、食料を探す。見つけたら盗んで帰ってくる。その間になにかあったら手を貸す。

 「……」

 クマの人形をギュッと抱え、しゃがみカスタードクリームのような色の髪の毛をだらーんと垂らしながら俯く少女が目の前に居た。私と珠々は一度見つめ合ってから、再度彼女へと視線を戻す。幻覚でも見えているのかなぁなんて思ったけど、どうやらそういうわけではなさそう。

 色々思うところはあるけど、声をかけない……という選択肢は流石にない。犯罪者に絡まれているわけじゃないから見捨てる、というほどマニュアル人間でもなければ薄情でもない。だから少女の目線の高さに合わせるような形でしゃがんで「どうしたの?」と声をかけてみる。入間の真似である。さらに頭を撫でてあげれば話しやすいかもと考えたが、恐怖で口を閉ざされる可能性もありそうなのでやめておいた。

 「ひとり」

 長―い髪の毛をゆらゆらと揺らしながら答える。顔が見えないのと口調が端的なのが相俟って怖い。

 「んー、迷子ってことかな?」

 私の真似をするようにしゃがんだ珠々は少し顔を少女に近付けて、問いを投げる。

 珠々の問いにううんと首を横に振った。

 はてさてどういうことだろうか。

 現状わかるのは迷子っぽいけど……。でも珠々の問いには首を横に振っているし。わけわからんね。

 「迷子じゃないの……」

 困惑気味に助けを乞うような目線をこちらに向ける。そんな目線を向けられたって、私にはどうしようもない。一緒に頭抱えてる私がどうにかできるわけじゃないし。

 こうなってしまった以上、交番に連れて行って警察官に一任する。それが一番手っ取り早い上に正しい選択であると思うのだが、世間がそれを許してはくれない。公安系は既に破綻しているので頼れない。

 となれば私たちで動かなきゃならない。うーん、大丈夫かな。という不安が付き纏う。

 不安だし、責任持てないからやっぱり放置します……とも言えない。

 放置してしまえば、この子に訪れるであろう未来は八割方死。残りの二割は他の人に拾われるか、両親が迎えに来るか、である。ただ迷子ではないと少女が言っている以上、両親が迎えに来る可能性は限りなく低いだろう。

 「とりあえず保護しておこっか」

 「誘拐犯扱いされないかな」

 「人殺しが容認されてる世界で誘拐くらいなんてことないでしょ」

 自分でとんでもないことを言っているなと思いつつ、でも事実だから訂正はしない。私たちを取っ捕まえる元気があるならもっと捕まえなきゃいけない人物がいる。山のようにね。

 「お姉さんたちのおうちくる?」

 珠々は少女の頭に手を置いたまま問いかける。こうやってみるとやっぱり誘拐犯だね。今の時代じゃなきゃ一発アウトだ。あー、でもどうだろ。今までも触らぬ神に祟りなし的な考えの人が多かったし、案外スルーされてたのかも。

 「ん! いく」

 こくこくと激しく頷く。

 前髪が揺れて、顔がちらりと見える。

 端的に言ってしまえば、そうめちゃくちゃ美少女。容姿端麗とかそういう次元ではない。もはや二次元の存在である。この子は将来有望だ。顔の良さだけで億万長者を目指せるレベルだ。

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