第13話
かれこれ三日が経過した。SNSなどを通じて私たちの情報は拡散されている。インターネットの恐ろしさを身に染みて体感している。いやマジで。バズりってヤバいわ。ネット上で渾名が付けられた。『終末少女』と漢字で書いて『ラストガールズ』と呼ばれている。そう名乗ったことはない。勝手に呼ばれているだけ。厨二病じゃないんだから……と思うのだが、そう言えない現状がある。
「私たちは『終末少女』ですわ! オーッホッホッホ!」
と、入間が自ら名乗り始めたからだ。かなり恥ずかしいのでやめて欲しい。高笑いする入間の後ろで珠々と私は見つめ合い、苦笑する。
その動画が拡散され、さらに知名度は上がる。一見すれば恥ずかしいということ以外良い事のように聞こえるかもしれない。しかし知名度が上がるというのはなにも良いことだけじゃない。むしろ悪いことの方が多い。街を歩けばいつ何時も見られているような気になってしまうし、変な輩に絡まれるようにもなった。
今日も帰りがけに絡まれた。
「へへへ、良くも前はやってくれたな」「頭の敵討ちだぜ」「うげー!」
と、男三人が前に立ちはだかる。面倒臭いなぁと顔を顰める。狭い視界の中で既視感を覚えて、うーん、と考える。あれ、どこかで見たことあるような。あ、そうだ。入間に助けてもらう原因となった輩……チンピラだ。
「どなたでしょうか? お会いしたことありましたか?」
うーん、と不思議そうに首を傾げる。
「ふざけんなよ! 俺達のこと忘れたなんて言わせはしねぇ!」
中央に立つ男はバサッと手を広げた。
「俺たちは『マサ軍団』」
右に立つ男は誇り高そうにそう名乗る。
「マサヨシ、ヒラマサ、マサヒロが集まったマサ軍団だ。我らが頭、マサヨシ様をぶち殺したお前を倒しに来た!」
左の男はピシッと入間を指差す。指差された入間は若干不満そうだ。
「良くわかりませんが、私がいつしか殺した方のお仲間というところでしょうか」
どうやら本気でピンときていないらしい。
「どなたかはわかりませんが、どうやら敵なようですので……覚悟してくださいな」
入間は姿を消し、次の瞬間には真ん中の男の首根っこを掴みまた消える。かと思えば十メートルほどの上空に姿を現し、手を離す。
「同じ手に引っかかると? 俺たちゃそんな馬鹿じゃねぇー!」
男は叫びながら、入間の服を思いっきり掴む。落ちる男と入間。道ずれにするつもりか。
「……甘いですわね」
動揺する私とは打って変わって入間は冷静だった。淡々とそう呟くと、サッと服を脱ぐ。そしてすぐに地上へと瞬間移動をする。勢いそのままに男は地面へ頭から落っこちる。ゴキっという悲惨な音と共に倒れ込んでしまった。これももう見慣れた光景である。またかという感じ。あんなに人を殺すということに対して抵抗感があったのに今となってはまたやってるくらいの気持ちだ。
「入間さんほとんど裸じゃないですか」
「大丈夫よ。これ下着だもの」
「いや、そういう問題では……あれ、下着ならセーフなのかな……」
「二華ー! 多分アウト!」
おーい、と珠々は迷い込んだ私を連れ戻す。
「それよりも! あとの二人は私がやっちゃ――」
「珠々さん、手出は無用でしてよ。この方たちは私に敵意を向けていますから、私一人でお片付けするべきでしょう。それが道理というものですわ」
「え、でも……」
「でももかしこもありませんわ。どうやら私が蒔いた種が原因のようですし、自分で摘み取らなければならなくてよ」
珠々の言葉を遮り、二人目をサクッと殺す。アスファルトに鮮血が流れ、鉄の嫌な香りが漂う。慣れたと思っていたが、そんなことはなかったらしい。三人目もサクッと空から落とす。しかし今回は頭から落ちるのではなく足から落っこちた。意図してなのか、たまたまなのか。頭から落ちなかったので息はまだある。もっともかなり痛かったようで絶叫している。
入間は地上に戻ってきて、男の顔をガンっと踏みつけた。とある性癖の人にとってはご褒美かもしれないが、この周囲で息をしている四人は全員そんな性癖は持ち合わせていない。私と珠々は顔を引き攣らせ、入間は不満げに顔を踏みつけ続ける。踏まれている男は鼻から血を流し、歯は欠けて、入間の靴底が目に刺さり眼球がぶぃちゃという効果音とともに飛散する。喉すら壊れてしまうんじゃないかというくらいに叫び続け、その中に快楽は一切見えない。
「ただの敵討ちなのかしら?」
男の顔から足をどかして質問を投げる。
目線を男からずらして不規則にうろちょろ歩き出す。
「ぞべぇばぁどぉぼぉじぃだぁばぁ」
唇や舌が傷付いていて、まともに喋ることすら叶わない。生き地獄である。
「やり過ぎてしまいましたね。あまりにも計画的でしたから少しきな臭さを感じていたのですけれど、これじゃあ生かした意味がありませんわね」
眉間を指で抑え、ため息を吐く。その息は「どはぁっ!?」という激しいものに代わり、口から唾ではなく血液が飛び散った。
少しだけ目線を下げる。入間の胸元には三本の氷柱が刺さる。水色の氷柱は徐々にピンクがかった赤色に染まっていき、ぽたぽたとアスファルトに垂れていく。力を失うように膝まついた入間は「んん……」と堪えるような声を出し、必死に立ち上がろうとする。
その入間を見て男は氷柱を飛ばす。この氷柱は男から飛ばされたものらしい。氷柱は喉元に一本、太ももに二本刺さった。
え、いや……ん、え?
入間は膝を地面につき、呻く。
「……。許さない……許さない……許さない」
ぶつぶつと珠々は唱える。ポケットからミニサイズのペットボトルを取り出し、キャップを外して男に向かってぶん投げた。頭の上にペットボトルを持ってきて水を顔の前に垂らす。水流が生まれて、そこに向かって息を吹きかける。カノン砲のような威力になった水は男に命中し、虫の息だった男は息絶える。
入間も息絶え絶えだ。包丁で六箇所突き刺されているようなもの。まだ辛うじて息がある。その時点で奇跡と言えるのかもしれない。
あまりこういうことは思いたくない。でも正直もう助からないだろうなと思った。人が死んでいく様を何回も見てきたからこそ、感覚としてわかってしまう。
「二……華さん。最期に……お願いが……ありますわ」
本人ももう長くないことを悟っているのか、辛そうな声で私に声をかける。入間さんはゆっくりと手を伸ばしてきて、私はその手をとる。それからこくりと頷くと、辛そうな表情が一瞬だけ和らぐ。
「わた……くしを食べて……くださいな」
「いや、でも……」
入間の願いとはいえ、それはできない。人の肉を食べる。やっぱりこれは超えてはいけないラインだと思う。
「最期の最期まで人のために……な、れ、たら」
吐血。
氷柱も溶け始め、するっと落ちてパリンという音を立てて割れる。氷柱が傷を塞いでくれていたが、その塞いでいたものが無くなってしまったせいで出血が増える。アスファルトに流れ出る血の量は尋常じゃない。段々と入間の手も冷たくなる。
「珠々さん。今……私は体感しましたわ。闘いは……最期まで油断ならない……と」
「ですね」
「二の舞にならぬよう……気を付け――」
入間の手は私の手中からするりと抜け落ちる。そのままうつ伏せに倒れ込み、起き上がることはなかった。
これが闘うということであり、守るということ。
わかっていたつもりだったし、覚悟していたつもりでもあった。人の死というのが多少身近にもなったような気がしていた。でもそれは気がしていただけだったと思い知らされた。
とはいえ、少し前まで生きていた知り合いが目の前で殺される。その事実はあまりにもショッキングなものであり、受け入れようにも脳みそがそれを拒む。
目を擦り、頬をパチンと叩く。恐る恐る入間を見るがやはり倒れている。起き上がらない。あと高笑いも、私を小馬鹿にするようなこともない。ずっと黙っている。喋ってくれない。
もう一度手を握る。生あたたかった手も徐々に冷たさが支配していく。
心の外にくっついていた鱗がポロポロと剥がれていくような感覚が走る。
あぁ、入間朱那は死んだ……と実感した。
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