第12話

 翌日。早速だが、困った人を助けるためにパトロールへとでかける。頭がアンパンなヒーローか、大きなお友達から支持が絶大な魔法少女くらいしかしないようなお人好しさだなぁと思ったりするが、決して嫌ではない。一ヶ月後に死ぬという余命宣告を喰らってここから生きる意味ってあるのかなと考えそうなところに、人助けという生きる意味が舞い降りてきたから多分嫌な気持ちを抱かないのだろう。まぁ自己満足だ。

 「あら」

 しばらく歩くと、一人の少女を見つけて、入間は声を漏らす。少女は道端で蹲って泣いており、訳ありであることは見るだけで察せた。入間はつかつかと彼女元へと近寄り、しゃがんで目線の高さを合わせる。その姿だけを見ると姉と妹みたいだ。

 「どうしたのかしら」

 ぐすんと鼻を鳴らす少女は怯え震えながら顔を上げ、入間を見つめる。凝視されている入間は優しく微笑む。怖がらせないようにしようという意図がこれでもかってくらいひしひしと伝わる。

 だから私と珠々は少し距離をとる。大人……じゃないけど、少女から見れば大きい私たちが彼女に近寄れば圧迫感やら威圧感やらを与えてしまうことになる。怖くないという雰囲気を出しても、本能的な怖さは払拭できないだろうから。

 「お姉さん、だれ」

 「そうね……うーん、お姉さんたちはヒーローかしら」

 「お姉えさんなのに?」

 「そうよ。男の人だけがヒーローってわけじゃないわ」

 「カッコイイ……」

 少女は瞳を煌々とさせる。懐柔成功。

 「そんなお姉さんたちにお話聞かせてくれないかしら」

 「うん!」

 と頷く。それから要領を若干掴まない感じではあるがしっかりとなにがあったかを話してくれた。まぁ、珠々よりはしっかりと話せていたけどね、と心の中でフォローしておく。

 少女の説明を簡単にまとめてみるとこんな感じ。食料を探しに父親と出かけていたら、悪い人に襲われて、隙を作って少女だけを逃がし、父親は捕まったのだそう。

 「そう……」

 入間は複雑な表情を浮べる。声のトーンも高くはない。なにか思い悩んでいるような雰囲気があった。違和感。

 「父親のことは好きかしら?」

 「パパのこと?」

 少女は唇に指をつんっと当ててから首を傾げた。それ見て入間は首を縦に振る。

 「そう、好きなのね。それは良いことだわ。愛すべき父親がいるのならば愛しなさい。感謝もしなさい。愛され、愛すことができるのはとても恵まれていることだもの」

 「……?」

 「ごめんなさいね。難しい言い回しをしてしまいましたわ。その気持ち伝えてあげなさいな、ってことが言いたいのよ」

 「でも、パパいないし」

 「そうね、だから私たちに任せなさいな」

 ポンっと大きな胸を叩き、オーッホッホッホと令嬢みたいな高笑いを響かせたのだった。頼りがいがある背中だなぁと感心しつつそれだけでぽわんぽわんって揺れるのだけは解せない。


 状況の整理と推測を同時に行う。あれこれ考えると一つの結論に辿り着き、顔を顰めてしまう。

 「殺されてるんじゃないですか?」

 珠々はストレートに物を言う。私の思っていたことを包み隠さず口にするその姿勢は流石だなぁと感心してしまうほど。少女を慮ってか、偶然か、どちらかは本人しか知らないがとにかく声量はかなり小さめ。前者であって欲しいと願うけど、珠々だしなぁ。

 「思っていても口にすることじゃありませんわ」

 しっかりと咎めてくれる。頼りがいがある。

 「話を聞いた限りですと、捕まったのはついさっきのようですし、今からなら間に合う範囲ではなくて?」

 「えーっと、はい、私もそう思います」

 機械的な返事。実際どう思っているかは聞かないで欲しい。

 少女の父親が連れ去られた方面へと歩く。手がかりはこれしかないので少女の話を鵜呑みにするしかない。本来であれば宛が外れた時のケアなどをするべきなのだろうが、ケアのしようがない。人員が限られている以上、詮無きことであると妥協せざるを得ないのが現実。

 私は基本的には役たたず。まともなスキルを所持していないので、役に立てるとも思っていないが。というわけで、少女のお世話係を率先して名乗り出て、手を繋ぎながら歩く。

 「……っ。止まってくださいな」

 ピシッと入間は手を出した。制止を促すポーズ。私たちはピタッと足を止める。

 「視線を感じますわね」

 「え、感じますか?」

 「えぇ、見られているというよりも睨まれているという感じですわ」

 自意識過剰なだけなのでは? 私にはわからないし。と、口にしようとした瞬間にスっと金髪の男二人組が現れる。見るからにチンピラ。できれば関わりたくないような人物だ。

 「お姉ちゃん、あの人がパパを連れてったの」

 「だそうです、入間さん」

 「聞こえてますわ。好都合ですわね」

 「ぁんだ? うだうだうるせぇーな」

 「この子の父親の所在を教えて貰えるかしら。手荒な真似はしたくなくてよ」

 周囲を警戒するように、チラチラ周囲を確認しながら威嚇する。

 男二人は顔を見合せ、ガハハハハと笑う。

 「金持ってそうな風貌しておいて、全く金持ってなかったアイツのこと、か」

 「オレたちゃもうアイツによーはねぇーからな。おしえてやったってかまわねぇーんだが、タダでおしえるほどお人好しじゃーねぇーんだわ」

 「だなー、金だな金。お前ら金持ってそうだし、金おいてくんなら教えてやらんこともねぇーな」

 お金を要求するって……この人たち馬鹿なのかな。まぁ馬鹿だからこんなことしてるのか。今更金を要求したって使い道はないだろうに。というか、日本人ってここまで困窮しているのか。複雑だ。

 「馬鹿なことおっしゃらないでもらえるかしら」

 「馬鹿はお前らだ! ノコノコと俺たちの前に現れやがって! アッハッハッハ! 俺たちのスキルは最強なんだぜ。この組み合わせで負けるわけがねぇ!」

 「そうなのですね」

 「そうだぞ!」

 勝ちを確信した男たちと、なぜか余裕ぶる入間。どちらも一切負けると思っていないのがわかる。大丈夫なのかな、と蚊帳の外になりながら不安を募らせる。ふと、隣を見ると少女は不安そうに私を見つめ、ギュッと手を握る。そうだ。この子を不安にさせてどうする。私は大丈夫だよ、って言ってあげなきゃいけない立場なのに。

 「こう見えて私、結構戦闘経験がありますの。貴方たちのような野蛮な方と幾度となく戦ってまいりました」

 「だからどうした! 時間稼ぎか?」

 男はニヤニヤしながら入間を煽る。煽られる入間は隙を見せない。余裕綽々だ。

 「貴方たちのような方は皆同じように自身が一番強いと口にしますわ。驕り高ぶるのです」

 「あん? なにいってんだ。難しい言葉つかってんじゃねぇーよ!」

 「あら失礼しました。強いという意味は――」

 「馬鹿にしてんじゃねぇー! それくらいはわかってんだよ」

 右側の男は絶叫するなり、こちらへ全力疾走。入間はニヤッと笑う。え、今笑うの、と困惑していると、走ってくる男の襟を掴み、そのまま宙へと瞬間移動。あ、これは……と悟り、手早く少女の両目を手で覆う。

 空に放り投げ出された二人はそのまま重力に従うがまま落下していく。もちろん入間は途中で離脱。残された男はそのまま地面へと落下。グギッという音と共に鉄の生臭さが周囲に漂っている。

 「私のスキルは瞬間移動と言いまして、派手さはありませんが、有用ですのよ」

 「なっ……」

 「戦えるのならばどうぞ。かかってきてくださいな。もっとも貴方はそこの屍と力を合わせる必要があるみたいですが。できるものならやってみてくださいな」

 「……」

 勝負あり。男はチッと舌打ちをして逃げようと走り出す。その行き先を塞ぐように入間は瞬間移動。

 「父親の居場所を吐いて下さりましたら見逃しますわ。黙り続けるのであれば死体がもう一つ増えることになりますが」

 「あ、あそこの路地を入ったところで放置してる。失神してるが、殺してはねぇ。お前と違ってな」

 「そうですか。珠々さん。確認してきてもらえますか」

 「はーい、いってきまーす!」

 珠々は待ってましたと言わんばかりに元気良く片手を挙げて、とてとてと走り去る。

 「嘘だった時の覚悟はしておくことですね」

 「この状況で嘘吐くほど馬鹿じゃねぇー」

 「あら、大馬鹿者だと思っていたもので。これは失礼しましたわ」

 不毛なやり取りを繰り返すこと三分。珠々はこっちへと戻ってきた。

 「いたよ!」

 「え、連れてこなかったの?」

 手ぶらで帰ってきたことに驚いてしまった。

 「いやいや無理でしょ! 大人だよ! しかも男性だし。引き摺って帰ってくるわけにもいかないじゃん」

 ごもっともな指摘に黙ってしまう。

 「珠々さんありがとう助かったわ」

 「えへへ、とんでもないですー」

 「貴方も帰って良いわよ。次同じような場面で出会ったら貴方のことを見せしめで殺すつもりよ。覚悟していなさい」

 しっかりと恐怖を植え付けるあたり、抜かりない。スキルもメンタリティも一際目立っており、やっぱり敵じゃなくて良かったなぁと安堵する。

 父親がいるらしいところへ、珠々の案内で歩く。

 「そういえばなんですけど、瞬間移動ってなんなんですか」

 「スキルよ」

 「あ、それはわかってます。そうじゃなくて名前です。私のスキルは名前ないんですけど」

 「それ私も気になってました!」

 珠々はクルッと体を反転させて、ぴしっと挙手。それからしゃがんで、少女にねぇー? と話しかける。話しかけれた少女は困惑気味に頷く。困らせんなよ。

 「スキル名はあくまで各自が決めているものよ」

 「そうなんですか」

 「えぇそうよ」

 「はえー、じゃあ私も適当に名前付けて良いんですか?」

 「そうね。その認識で問題ないわ」

 こうして、私たちの初陣は幕を閉じた。

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