第11話
というわけで入間を家へと招くことになった。なんでかって? だって帰るところがないって言い出すんだもん。そのまま放っておくわけにはいかないし。放置して野垂れ死にでもしたらそれこそ後味悪い。本人に言ったら文句言われそうなので黙っているが、実質保護である。
「暑すぎませんこと? この部屋」
白い肌を煌めく雫。通称汗。
「文句言うなら出ていってください」
「あら素直な気持ちを吐露しただけに過ぎませんわよ。文句だなんて人聞きの悪い……」
暑い中、熱い視線を送り合う二人。良くそんな元気があるなぁ。私なんてもう死にそうなのに。というか、珠々の家みたいに言ってるけど、ここ私の家だから。私名義だよ。
気を紛らわすためにテレビをつける。その間に珠々は窓という窓を開けてくれた。それでも外自体が暑いので、冷たい風が部屋に吹き込んでくる、みたいなことはない。
公共放送はまともにニュースを放送している。民法は他国のライブ映像だったり、ドラマやアニメの再放送。情報を仕入れるのなら公共放送を見る他ないのだ。
『――の発表によりますと国内各地で殺人事件が発生しているということです。スキルによる事件が多発しているのではないかと言われています。そこで本日は元自衛隊員の……』
「私の推測が正しければどんどんと範囲は広がり、被害者も多くなっていくわよ」
女王様みたいに足を組みながら座る入間。スカートならパンツ丸見えなのだが、ジーンズなのでそんなことはない。まぁそもそもスカートならそんなはしたないことしないか。
「そのうち警察だって機能しなくなるんじゃないかしら」
「そんなに酷いことになるんですか」
「考えてみなさい。世の中で働いている人にだって家族は居るのよ。家族を養うため、生きるためにお金が必要で、そのお金を稼ぐために仕事をしているの。ということは、お金を稼ぐ必要がなくなった今、家族との時間、自分の時間を削って働く必要性ってなにかしら?」
「……ない、ですかね」
口元に手を当て、眉を顰めながらも珠々は答える。
「そうね。その通りよ。ですから、早かれ遅かれ破綻するわ」
だから頑張んなきゃいけない、と背負うような重い言葉を口にした。
「それよりも」
パンっと手を叩く。私と珠々は同時に彼女を見つめる。
「二人のスキルについて聞かせてもらえるかしら」
説明した気になっていたが、互いに説明していなかった。どう説明したもんかと迷っていると、珠々が先に説明し出す。簡潔に説明するのは難しいようで、また冗長でわかりにくい感じになっているのだが、そんな説明であっても入間は理解できたようで「なるほど。四大元素の強化というところでしょう」と何回か頷く。
そうなれば次は私の番。
「……食べた相手のスキルを獲得できるスキルです」
結局柔らかく表現できる術は私にはなくて、ストレートな物言いになってしまった。
引かれるかなとか、気持ち悪がられるかなとか、犯罪者扱いされるかもしれないなんてことも想定しながら怯えるようにちらりと彼女を見る。入間は怯えるどころか瞳をキラキラに輝かせていた。想定していない反応で、拍子抜けしてしまう。
「お強いじゃない」
「強い……ですかね?」
「さきほど使えないスキル的なニュアンスのことをおっしゃっていましたし、てっきり専門スキルかと思っていましたけれど、むしろ自由度の高いものですわね」
「専門スキル?」
「ええ、例えば暗算が瞬時にできるようになったり、プログラミング言語を創造できたり、という感じですわね」
この数時間の間にそんな用語まで誕生しているのか。ふーむ、知らなかった。
「専門スキルは良く言えば特化、悪く言えば使い勝手の悪いスキルですわ。一方で貴方のスキルは使い勝手の良いスキルと言えましてよ」
使い勝手が良いか悪いか……って言われると良いとは言えないけど、自由度は高い。相手のスキルを欲しいと思ったら獲得することは可能なわけだし。もっともその過程があまりにも畜生仕様だが。
「人を食べなきゃいけないって厳しいですよ。食べたくないですもん」
「そういうものかしら? 食べるだけで強くなれるだなんてチートじゃないの?」
「おかしいですよね。私のこと食べて良いよって言ってるのに、二華ったら食べてくれないんですよ」
ここぞとばかりに珠々はでしゃばる。
「いや、その、抵抗っていうもんがありますし。目の前でさっきまで生きてた人を食べるというのは……ちょっと、倫理的にどうなのって感じもありますし」
「でも鶏肉、牛肉、豚肉は食べているじゃない。それとも肉という食べ物そのものが苦手なのかしら。あ、最近流行りのヴィーガンというやつかしら」
「焼肉大好きですよ」
「じゃあなにも問題ないじゃない」
「問題大ありですよ。だから肉が嫌なんじゃなくて、人の肉を食べる……という部分が嫌なんです」
そもそも人肉ってそんなに美味しくないって聞くし。
「でもそれじゃあ強くなれないのではなくて?」
「人肉を食べなきゃいけないくらいなら弱いままで良いですよ」
強くなれるならなりたいけど。人肉を食べるという行為をしてまで強くなりたいとは願わない。もしも何年、何十年という付き合いになるスキルであるのならば話は変わってくるのかもしれないけど。どうせ一ヶ月という短い付き合いでしかない。その一ヶ月のために人肉を食すなど言語道断。地獄行き確定だし。
「もったいないわね」
「やっぱ入間さんもそう思いますよね」
「ええ、でも欲のない人にこのスキルが渡って良かったのかもしれないですわね」
「なるほどなるほど……? どういうことですか」
珠々は数度頷いてから、ゆっくりと首を傾げる。そんな様子を見て、入間は少しだけ微笑んだ。
「力を持とうと思えば際限なく力を蓄えることができますものね。人を殺め、己の力に還元していく。強くなりたい、と願う人が得たのならば、傍若無人になり、私たちの手には負えなくなる……というのは容易に想像できますわ」
「だから二華みたいな人なんか食べたくないわい! って人に渡って良かったって言ったんですね。たしかに、それはそうかも」
表面上は褒められているような。そんな雰囲気があるが実際は馬鹿にされている。ぐぬぬ、と思うだけ思うが、スキルを持て余している事実は間違いないので反論できない。うう悔しいよぉ。
『臨時ニュースです。臨時ニュースです』
アナウンサーは声を張り上げる。明らかな異常な声に私たち三人は一斉にテレビへと視線を向けた。そして次の言葉をじっと待つ。
『総理官邸にて、柏倉総理の会見が始まりました。ここからは内容を変更し、そちらの会見を放送いたします。繰り返します――』
「今更なにを会見すると言うのかしらね」
「指針やらなんやらを決めたんじゃないですか? とりあえず聞いておきましょう」
「必要あるのかしらね。どうせ死ぬ運命にしかないわけじゃない。それともここから回避出来る手段があるというのかしら。それならとっくに講じているはずだけれど」
文句を宥めるように、珠々は入間を抑え込む。
話の内容としては『世界は滅亡する。それしか道はない』ということを冗長に言っていただけだった。まぁ、要するに自分の身は自分で守れということだ。外出自粛を要請するだとか、なんとか言っていたが、まぁそれはね。自分の身を守るためには有効な手段と言える。某ウイルスの時とは状況も大きく違うし。国民の反発もさほど大きくなかった。もっともどういう状況であれ、政治家を叩きたいという層は一定数いる。その人たちからは批判されていたけど、SNSでは冷たい目で見られているだけだ。
「日本らしいわね。もっと強制的にしたって良いと思うのだけれど」
「まぁあれですよ。国のトップってのも大変なんじゃないですか」
「それもそうね」
と、入間は優しく笑った。
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