第9話

 「は、はい。大丈夫……です。ありがとうございました。助かりました」


 とりあえず怒らせたくはない。

 こくこくと頷くと、珠々も真似するように頷く。


 「というか、さっきの人死んでますよね」

 「そうでしょうね。あの高さから抵抗できずに落ちて生き延びるだなんて相当な豪運の持ち主でしょうから」

 「殺さなくても良かったんじゃないですか。あ、いや、助けて貰ったのはとてもありがたいことなんですけど……」


 敵に回してはならないと思う反面、殺すのはどうなんだろうかとも思ってしまう。その気持ちの攻防が心の中で行われた結果、ふらふらした言葉として現れてしまった。


 「世界が滅亡するという話はご存知で?」

 「あ、はい」

 「なら話は早いわね。早かれ遅かれ死ぬことになる、と自暴自棄になる人が徐々に増えてきたのよ。さっきの人もきっとその一部なのでしょうね」


 所謂無敵の人ってやつか。失うものはもう何もない。

 命だって一ヶ月の短いものだから。それはそれとして、さっきの人は違うんじゃないかなーとかなんてね。

 あはは。


 「殺す。それはたしかに非人道的な行為かもしれないわ。それはお認めしましょう。ですけれど、そう理想論を語って居られるのも平穏であった一日前までのこと。今となってはその平穏さはどこかへ消えていますのよ」

 「今は平穏じゃない……と?」


 珠々はぽかーんと口を開けながら、こてんと首を傾げる。それに対して入間と名乗る女性はこくりと頷く。


 「平穏とは程遠いですわね。弱肉強食とでも言えば良いでしょうか」

 「弱肉強食……ですか」

 「強き者が生きる糧を得て、弱き者は虐げられやがて死にゆく。それか弱き者は強き者に戦々恐々しながら様子を伺い、手網を握られるのですわよ」

 「そんなサバンナみたいな……」

 「少なくともこの世界はそうなる運命にあると私は思っていますわ。現に片足突っ込んでいるわけですし。知っていますか。今日だけで弱者が強者に虐げられ殺された数を。私が見てきただけでも両手で数えられないほどでしてよ」


 え、嘘。だってコンビニに来るまでそんなことはなかったような。


 「相手だって生きてるんだから殺しちゃダメ。そんな理想論はもう通用しない世の中になっているということですわ。自分の身は自分で守る。どんな手段であっても、構わない。生きるか死ぬかのシーソーゲームですもの」

 「でも一ヶ月後には死んじゃうんじゃ?」


 珠々は不思議そうに尋ねる。


 「その通りですわね。ただ一ヶ月後に死ぬか突然殺されるか。似ているようで大きく違うと私は思うわけですけれど、どうやら貴方は違う考えを持っているようですね。一ヶ月後に絶対死ぬから、無実な人間が殺されても良い。とはならないと私は思っていますわ」


 これに関しては完全に入間が正解だ。一ヶ月後に皆死ぬからって弱者が今、殺されて良い理由にはならない。強者から弱者を守るためには強者を殺す気概が必要。でなきゃ、返り討ちにあうだけ。わかりたくはないけど、必要なことだって理解する。やっぱり人殺しを肯定するっていうのは抵抗あるけどね。


 「ですから私は弱者の味方であり続けますわ。その為に得たスキルでしょうし」


 それは違うんじゃないかなぁ。


 「で、なにが言いたいんです? そのー、えーっと……」

 「入間朱那ですわ。入間でも朱那でもお好きに呼んで頂いて構わなくてよ」

 「入間さん」

 「なんだか余所余所しいですわね」


 少しだけ残念そうな表情を浮かべる。名前を呼んだ珠々は全く気付いていないが。


 「なにが言いたいでしたわね。良ければ一緒に弱者を守って欲しくてよ」

 「私たちがですか」


 突拍子のない提案に思わず声を漏らした。なにそれ。

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