第5話

  ――食べた相手のスキルを自分のものにするスキル。

 というのは比喩表現でもなんでもない。

 言葉そのままの意味だ。

 相手の肉を食らって自分の糧にする。

 人食である。

 客観的に見ても頭おかしいだろ……と思うようなスキル。

 持ってるだけで忌避の対象になりかねない。

 珠々が知ったら私と距離を置くかもしれない。

 そう考えてしまうとやっぱり言いたくない。

 これだけは譲れない。

 「ダメ?」

 圧倒的上目遣い。

 顔が良いというのはそれだけで大きな武器になる。

 あれだけ譲らないって決め込んでいたのに、今となってはぐらぐらと揺れてしまっているのだから。

 「教えてくれないの?」

 押せばいけるとでも思われたのだろうか。追撃がきてしまった。

 うっ……その通りだよ、こんちくしょう。

 「気持ち悪いんだけど、それでも良い?」

 「んー? 二華だし、なんだったとしても気持ち悪くはないよ」

 絶妙になにを言っているのかわからない。

 けどまぁ大丈夫だよって言いたいのだけは伝わった。

 自分に都合良く受け取っちゃったような気もするけど良いよね。

 と、揺れる気持ちが完全に傾く。

 「私のスキルは食べた人のスキルをコピーするんたってさ」

 「食べた人……?」

 こてんと首を傾げる。

 そりゃそうよね。

 「そのままの意味だよ。例えば……例えばだからね。別にそういうことしたいって思ってるわけじゃないよ」

 一応しっかりと忠告しておく。

 珠々のこと食べようと狙っているんじゃないかとか思われた暁には距離を置かれるだろうから。

 終末とはいえ、珠々に嫌われるのは嫌だ。

 やっぱり言わない方が良いのではと今更ながら思ってしまう。

 もっとも、もうここまで進んでしまった以上引き返すことはできないんだけど。

 「あくまで例えばだけどね。珠々を食べたとするでしょ。そうしたら珠々のスキルを私が使えるようになるの」

 「私の肉を食べるとってこと?」

 「そういうことになるね」

 「ふーん」

 訝しむようにこちらを睨む。引かれているわけではなさそう。じゃあなんなのかと問われると首を傾げることしかできない。わからんもんはわからん。

 「それならさ」

 彼女は一歩、また一歩と近寄ってくる。忍足ではなく、しっかりと地面を踏みしめて。弾けるように蹴って。ふんわりと珠々の愛用するシャンプーの香りが鼻腔を擽る。若干動揺していると、それを見透かしてか、偶々か、私の胸元をギュッと掴む。胸ぐらを掴むというような野蛮さはなく、儚さが感じられる優しい掴み。もはやこれは撫でると言っても過言じゃない、いいやそれは過言か。

 「食べてよ。私のこと」

 「うんわかった……って、へ?」

 勢いに押し負けて一度頷く。頷いてから、なに言ってんだと困惑する。

 「食べるって、なにを?」

 「私を」

 「珠々を?」

 「そう。私」

 珠々は二歩下がる。少しだけ私と彼女の間に距離ができる。それからバッと大きく両手を広げた。

 「食べてよ。私のこと。私、二華に食べてもらいたい」

 えへへと笑う。最初はブラックジョークってやつだなとか思っていたんだけど、本気度がひしひしと伝わりつーっと変な汗が輪郭を伝って流れる。

 「食べたら……死んじゃうよ。珠々」

 「良いよ。どうせ一ヶ月後には死んじゃうんだしね」

 彼女は雲ひとつない水色の空を見上げる。言葉は風に流され、消えていく。

 「それにどうせ死ぬなら大切な友達の力になって死にたい。世界の滅亡と同時に死ぬってのは死に際に色々と後悔しそうだけど、今二華に食べてもらって死ぬなら後悔しないだろうから。私の自己満だよ」

 鮮やかな桃色の髪の毛を揺らめかせる。揺ら揺らーって揺れて、その髪の毛を目線で追いかけながら恍惚とした表情を浮かべてしまう。言っていることそのものはあまりにも無茶苦茶なのに、その声を打ち消すくらいに美しい顔。狡い。

 「ダメ?」

 危ない。流されてしまいそうになった。

 「ダメ。生憎私には友達を食べる、みたいな狂気じみた趣味嗜好はないからさ」

 倫理観が壊れたようなスキルだけど、どうせ一ヶ月の付き合いだ。それならまぁ良いか、こんなハズレスキルでも。効果自体は強くても、使うまでも過程が鬼畜仕様ならハズレスキルだよ。ほんと。

 「だから珠々は食べないよ。というか、誰も食べないよ。実質ノースキル所持者ってことで」

 パンっと手を叩く。きっとそれで良い。だって人の肉を食べるとか想像できないし。

 小さく心の中で誓ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る