男爵ペンギンの言うことには。

桜雪

男爵ペンギンの言うことには。

「ゆうこ! 吾輩はそなたをそんなおなごに育てた覚えはないぞ!」

 しくしくと目の前で泣き真似を見せるペンギンのぬいぐるみをみたとき、どのような対応をすればいいのだろう? 呪われているかもしれないぬいぐるみなのだから、人形寺など供養をしている神社で焼き払ってしまえ! とあなたは言うかもしれない。

 けれど、わたしは幼いころ水族館で一目惚れをしたコウテイペンギン。水族館のお土産コーナーの山の中にいた男爵を買ってくれなければ家へは帰らないと駄々をこねて手に入れた、そんな彼のことを親友のように思っていた。 

 それに幼少期の頃から誰にも言えない相談に乗って貰っていた恩が、わたしにはあるのだ。

 頭髪検査で注意をされるような親譲りの薄い茶色の髪と彫りが深くキツイ顔立ちもあって、実際は小心者にも関わらず、男好きだとクラスの女子たちから陰口を叩かれていたこと。男女三人組で仲良くしていたと思ったのに、親友だと思っていた彼に告白されたことで本当は恋愛の意味で好きだったあの子に、一度も友達だと思ったことはないと裏切られたこと。  

 男爵はペンギンのぬいぐるみなのだから、もちろん嘴を開くことはない。けれど、わたしの相談には表情で応えているとわたしは思っていたし、不思議と男爵に話すと物事がいい方向へと進む気がしてきた。

「あのね、男爵。わたし、また好きなひとができたの。相手には旦那さんがいるけど、その内、離婚してくれるって。わたし、今度こそ彼女を信じていいよね?」

 わたしは彼女を信じたい。

 わたしの言葉に男爵は『いいよ』と言ってくれていると判断をした。『ありがとう』の気持ちを込めて彼を抱きしめようとすると、男爵はわたしから逃れるよう、手足をペシペシと叩く。

 わたしは彼のことをペンギンのぬいぐるみだと思っていた。いや、一応、彼はペンギンなのだけど、ペンギンじゃないというのか。いや、まって! わたし、混乱してる。

「ゆうこ! 吾輩はそなたをそんなおなごに育てた覚えはないぞ!」

「えっ。男爵はぬいぐるみ……」

「いかにも、吾輩はペンギン男爵だ‼︎」

 混乱しているわたしに気を遣うわけでもなく、自らを『ペンギン男爵』だと告げたペンギン。種類としては、コウテイペンギンの彼はわたしに改めて、嘴を開いた。

「吾輩は」

「猫である?」

 学生時代に習った、国語の授業で習った夏目漱石先生の『吾輩は猫である』の返答をしたわたしに不正解だと言うようにペンギンはわたしの頭に活を入れた。ペンギンかっこ仮に頭を突かれたところで痛くはないが、精神的には来るものがある。

「そこは『ペンギン』だろう?」

「偉大なる夏目漱石先生のお言葉を変えるわけにはいかないし」

 大学で文学科かつ、夏目漱石先生のゼミを専攻していたわたし(おまけに専攻内容は『吾輩は猫である』である)がペンギンに突っこみをいれると、男爵は怒ったのか、手足の動きが激しくなった。コウテイペンギンは怒ると、このような動きを見せるのか。

 家にペンギンの図鑑がないわたしには分からない。

「ちがう! 情けない、情けないぞ‼︎ ゆうこ。それでもお前は偉大なる吾輩の相棒か‼︎」

 男爵を買ってくれるまではお土産コーナーから離れないぞ! と床に背をつけながら怪獣のように幼い日のわたしは暴れた。疲れ果てた両親に買わせた彼は戦利品であり、確かにわたしの相棒だ。嫌なことがあるたび、彼を抱きしめて、自分の憂いを取り払っていたものだけど、誰がペンギン(しかも、ぬいぐるみ)が喋るなんて思うだろう!

「男爵は喋ることが出来たのね」

 どうして今までは話してくれなかったのだと、男爵を抱きかかえ、わたしは睨めつつも尋ねる。

「本当はずっと喋らないつもりだった。……不甲斐ないお前をみていると、当時の吾輩を思い出してな」

「当時の男爵?」

「吾輩は今でこそ、量産をされたぬいぐるみのひとつであるが、当時は水族館で一番人気がある男前だと言われたペンギンだった。そなたがよく読んでいる少女漫画のヒロインというやつじゃ」

 男爵は威張るように、えっへんとわたしに胸を張る。

 そこはヒーローなんじゃないかと思ったけど、男爵の可愛さにわたしは口にチャックをする。

 わたしはネットにも流れてくるペンギンの恋愛事情を思い出した。昨今、流行っているハーレム小説よりも生々しいペンギンたちの恋愛事情だ。お分かり頂けるだろうか、一羽のペンギンからいくつもの矢印が放たれている姿を。

「吾輩は多くの雌ペンギンならびに雄ペンギン。あとは吾輩の華麗なる魅力に取り憑かれた飼育員もだな。そなたらが好むような愛憎塗れたハーレム生活を送っておった」

 ペンギンは人間と同じく、一夫一婦制だ。お嫁さんが来るまでは男爵も自由恋愛を気ままに楽しんでいたのだろう。

「ある日、飼育員から他の水族館から吾輩の嫁が来ると言われたのだ」

「お嫁さん! せっかく、他の場所から来たんだからって男爵ならいい関係を築けそうだけど」

「当時の吾輩はそうは思わなかった。水族館の気づかいを迷惑とまで思っていたのじゃ。気楽な恋愛を邪魔されて、余所者と言われた彼女に冷たく当たってしもうた。吾輩は水族館という狭い箱庭の中での王者であった。吾輩に冷たくされた彼女は、期待していたヒナさえ産めず弱り果て……」

 その後は言わなくても分かる。わたしは、男爵をギュッと抱きしめた。男爵の名前を決めるとき、安直に皇帝と名付けようとしたのだけど、彼の顔をみて、わたしはコウテイペンギンの彼のことを男爵と呼ぶことにしたことを思い出す。

「男爵はコウテイって呼ばれたくはなかったの?」

「彼女のことで王者だった吾輩は、信じていた者たちにあっけなく見捨てられたからな。吾輩の最期は惨めなものじゃった。吾輩の魂は何故か、ぬいぐるみに乗り移り、お前から誰かを想う大切さを学んだのじゃ。だから、ゆうこにも同じ想いはして欲しくはない。お前が吾輩に相談していた彼女は、本当にお前のことを愛しているのか?」

 ゆうこが愛されているのなら、吾輩は気に食わないがそいつとの関係を認めてやると男爵は言う。

 彼女から連絡があるときは、大抵、彼女の欲望へと直結だ。彼女から『好き』だとか『愛している』と言われるたびに、わたしは彼女に自分が大切にされていると自分を誤魔化し続けてきた。

 自分の寂しさを埋めため、彼女に恋をしているのだと思えば、わたしな幸せだったから。

 わたしは幼いころのように男爵に抱きついている両腕に力をこめた。

「わたし、男爵みたいなペンギンと恋が出来るかな?」

「難しいんじゃないか? 吾輩みたいな素敵なペンギンはなかなか、見つけられないからな」

 そうだね、とわたしは笑い片手で携帯電話を操作すると電話帳から彼女の連絡先をブロックする。男爵はわたしの行動に満足そうに頷くと自分の役目を終えたよう、元のぬいぐるみへと戻ってしまった。

 わたしがお礼を込めて男爵に口付けをしても、彼の表情は変わりはしない。少しだけ、憎らしくなって、彼の額にデコピンをすると、痛そうな顔をしたことにわたしは久々に声を出して笑う。

 今度、水族館に行ったとき、わたしはもう一匹、男爵にお似合いのペンギンのぬいぐるみを買おうと思う。

 男爵も二度と寂しい思いをしないように。

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