嘘吐きだるまはなにを見る

奈良ひさぎ

噓吐きだるまはなにを見る

 最近すごく、視線を感じる。斜め後ろの席に座っている菜乃なのからだ。


「……」


 ちょっかいをかけてくるわけでも、何なら話しかけてくるわけでもない。ただ、授業が始まるとちらちらとこちらに視線を寄越してくる。菜乃は顔が可愛いし、愛想もいいので、気にされていること自体は全く気にならないし、むしろ気にしてくれて嬉しいのだけれど。私について何か言いたいのならさっさと言えばいいのに、本当に何も言ってこない。教室移動のタイミングを狙って、私が菜乃の隣に並ぶと、「あっえっと……ごめん」とか言って、菜乃はそそくさと逃げてしまう。


「ふうん……」


 あぁ、この子私のこと好きなんだ、というのはすぐに分かった。そういう意味で私に気がないと、そんな態度はとらない。共学の学校でも、女の子どうしで恋愛することなんてありふれている。高校生といっても男子なんて結局いつまで経っても小学生みたいだし、と思っていたり、ちょっとオトナな恋愛がしてみたいと思っている子ほど、女の子どうしのアレコレにハマってしまう。


「でも、どうしよっかなぁ」


 カラダの悩みとか、普段考えていることが似ているから、男の子と恋愛するよりも最初のハードルは高い。二度と仲直りできそうもないケンカが簡単に起こってしまう。でもそれを乗り越えれば、男の子と付き合うよりずっと楽になる。私もそれは分かっていたから、卒業する前に一回くらい女の子どうしで付き合ってみようかな、と考えたりしていた。ただ、私からアタックするならまだしも、熱い視線を送られる側になるとは思わなかった。いざとなったら恥ずかしがる菜乃のことをどこまで焦らすか、私は考える。


「……そうだ」


 恋愛とは、いかに相手に「もっと知りたい」と思わせるか。そしていかに隙を見せるか。この子にはこういう一面があるんだ、と教えるのではなく気づかせることが重要。きっと菜乃から見た私は、完璧で隙のない、気さくで人気のある子なのだろう。実際そうであるかは別として、実は意外と押せばいけるんだということを、それとなく菜乃に気づかせる。菜乃の態度がちょっとでも積極的になったら、もう私の勝ちだ。そこまで来たら、もう私の方から押してしまってもいい。菜乃とそういう仲になるなんて、本望なのだから。


「実は……ってことがあって。協力、してくれるよね?」

「……見返りは? それ次第で、協力しましょう」

「明日のお昼、おごるって感じで。どう?」

「なるほど……それで手を打ちましょう」


 早速次の日に控えていた、二か月に一度の席替えに向けてクラスの委員長を買収する。物騒な言い方だけど、大したことはしていない。席替えの時は委員長が仕切ってくじ引きをするのがルールなのだが、私と菜乃が隣の席になるように、仕込みをしてもらうのだ。取り引きは成立し、予定通り菜乃が私にすぐ手の届く距離に来た。私は涼しい顔ができたが、菜乃は気が気でなさそうだった。


「それにしても……ずいぶん大胆なことをしましたね。わたしを買収だなんて」

先達・・の委員長には言われたくないかな」

「それを言われると……」


 女の子どうしで付き合った経験のある委員長だからこそ、話がすんなり通ったと言っていい。お昼ご飯一回で菜乃をよりその気にさせられたのだから、安い方だ。操り人形にしていることがバレないように、いかにして菜乃のことを動かすか。たとえ思い通りに動かされているのが私の方だとしても、菜乃の視線をより私に集中させている時点で、私の勝ちなのだ。


「菜乃、ちょっといい?」

「えっ……う、うん……」


 私も時々、菜乃の視線に気づくふりをする。こちらが目配せすると慌ててそっぽを向く菜乃だが、私が向き直ると熱い視線をまた向けてくる。さすがにもうごまかせない、私にバレても仕方ない、と菜乃が思ってしまうくらいになった段階で、私は休み時間に体育館裏に呼び出した。


「な、なに……」

「最近、私のこと見てる?」

「えっ……み、見てない……」

「うそ。すっごい視線感じるから、もし何か気になることがあったら、言ってほしくて」

「そ、そういうの、じゃ……なくて」


 追い詰めていると思われたらダメだ。これは菜乃に「好きです、付き合ってください」と言わせるゲーム。よっぽどのことがない限り私の勝ちだけれど、一つだけ、菜乃に嫌われ避けられるようになってしまった時だけ、負けになってしまう。少しでも可能性のある負け筋は、確実に潰しておかなければならない。


「じゃあ、私も菜乃のこと見てもいい?」

「えっ……」

「菜乃、かわいいリップしてるでしょ。実は菜乃のかわいいとこ他にももっと見たいんだけど、ほら、じっと見つめるのは恥ずかしいじゃん? だからなるべく見ないようにしてたんだけど」

「そ、そうなんだ」

「菜乃、おしゃれさんだし目の保養にもなるから、気にしておきたいなぁ、なんて。男子なんて見ててもあんまり何も感じないし……」


 さりげなく「同じ女の子に気がある」ことを匂わせて、ちゃんと菜乃のことを悶々とさせる。ちょっとアクセルを踏みすぎたかもしれない。これくらいにしておいて、また菜乃の様子を見るのにとどめないと。


「そ、そうかな……?」

「ごめん、話っていうのはそれだけ。じゃ、戻ろっか」

「う、うん……」

「ちなみに」


 つるんとした、たまご肌な菜乃のおでこを人差し指でつん、とつつく。戸惑った菜乃がびくん、と肩を震わせた。


「菜乃、最近肌のお手入れしっかりしてるなぁ……って思うんだけど、もしかして誰か好きな人がいるとか?」

「え、えっ? いや、そういうのは……別に」

「ふぅん……」


 私からの反応はそれで終わり。でも、最後に菜乃に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、そっとつぶやく。



「……うそつき♪」


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嘘吐きだるまはなにを見る 奈良ひさぎ @RyotoNara

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