狙った獲物は逃さないと噂の処刑人はどうやら僕を取り逃したようです。
むらいと
第1話
1話
この世界には、古来から《処刑人》という存在がいるらしい。
黒いローブに身を包み、巨大な鎌を携えている。
彼に狙われたら最後、どんなに強力な戦士だろうと生き残ることが出来たものはいない。
彼の通り過ぎたところには死体しか残らないといわれている。
処刑人に関して冒険者ギルドを初めとする数多の機関が調査して来たが、これまでその正体はおろか手がかりさえ掴めていないという。
____
男は夜の暗闇の中必死に逃げていた。
追ってきている者が確実に自分の命を狩るということを理解しているからだ。
彼の命を奪わんとする災いは黒いローブに巨大な鎌を携えて高速で追ってきている。
彼は上位スキルの〝超加速〟を使っているが一向に巻ける様子はなく、逆に少しずつ差は縮まっていた。
「”ウインドスマッシュ・マスタリー”!」
街の中でも有数の冒険者である彼は相手と少しでも差を広げるために強力な風の刃を発射した。
狙い通り相手は彼の刃に吹き飛ばされて見えなくなった。
しかし彼は相手がこれくらいで逃げ切れる相手ではないと分かっていた。
「今のうちだ…たしかこの先に開いた空間がある…そこまでいけば風に乗って逃げられる…!」
ふと後ろを向けば、再び黒いローブの相手が追いかけてきているのが見えた。
「ここだ!《風神の加護》!"アクセラレータ・グレイト"!」
彼は力強く踏み込んで地面を蹴って風に乗り、高速移動をはじめた。
「もっと早く加速するんだ…絶対に逃げき…」
次の瞬間、彼の体は地面に叩きつけられていた。
「くっ…足が…」
彼の右足の太ももあたりから下は無くなっており、その代わりに激痛が走っていた。
少し離れたところから血のついた大鎌を持った黒いローブの人物がゆっくり歩いてくる。
「一体お前は何者なんだ…何故こんなことをするんだ…」
そう彼が震えた声で言ったが、彼が生きているうちにその問いに対して答えが返ってくることはなかった。
次の日、その街ではある話題で持ちきりになった。
その街の有力な冒険者が殺された。
そして死体の傷の特徴などからその犯人は《処刑人》と推定されると。
____
「おはようございますロイさん!」
軽装に小さなダガーを装備した青年、キリム・クレストがドアを開けて入ってきた。
ここはいろいろな種類のポーションや魔法石などが売られている魔道具店だ。
「おはようキリムくん。今日も元気そうだね…ふわぁ…。」
そう欠伸しながら出迎えたのはこの店の店主、クレイだ。
眠たそうな目にぼっさぼさの長い髪の女性である。
「クレイさんまた徹夜したんですか?今日はまた一段と眠たそうですけど。」
とキリムが言うと
「ちょっと思いついたことがあってね…」
と言って黄色の液体が入ったポーション瓶を取り出した。
「これ、なにか新しいポーションですか?」
キリムが少し興味を持って聞くと
「加護のグレードを一時的にあげるポーション…のはず。」
とクレイは微妙そうな顔で言った。
「グレードを上げる?すごいじゃないですか!」
キリムは興味津々で言った。
この世界には加護というものがある。
人は生まれながらに、神から授かった加護を持っている。
それにも種類があり、まず«
その次に«
その次が«
これらの加護の差は歴然としており、ポーション1つで一時的にでも上げられるとなると革命がおこるだろう。
「ただし、いつも通り成功率は低いと思ってくれていいよ。ちなみに
「もし成功したらとんでもない発明だったんですけどね…」
彼女は不定期ではあるがポーション開発に取り組む。
その試作品ができる度にキリムが実験台になっているが、今まで成功したのは1回だけである。
ちなみにその唯一の成功例はくらましのポーションで、魔物などから認識されなくなる効果がある。
今まで一般人が街を移動する時は結構な額を出して潜伏スキルを持つ冒険者を護衛として雇うしか無かったのだが、この薬は安価に大量生産されたため、一般人に愛用されるようになった。
それまでは次の日の食事さえままならなかったが、今はちゃんと朝昼晩食べられるようになったらしい。
彼女の成功例が少ない理由は自分の中に浮かんだロマンを追い求めるためだけに開発するからである。キリムもそれを察しており、それとなく言ったことがあるが
『確かにチマチマ売れるだろうけど面白くないじゃん。くらましみたいな1発ドカーンと売れるようなやつ作らないとさ。』
と一蹴された。
「今日はどこいくの?」
とクレイが言うと
「ヤンムガートで
キリムは商品棚からポーションを数個取ってレジに置きながら言った。
「3点で合計600ルカね。500にするからさっきのやつ試してくれる?」
「了解です!」
「ボクの作品に限ってもう二度とそんなことはないと思うけど変な効果ついたりしたら即引き返してきてね。一応作っといたもう1つで解毒剤つくるからね。」
ちなみに試作品を試す際、クレイがお代から少し値引くようになったのはキリムがスキルの威力向上のポーションの試作品を使った際、スキルが使えなくなってボロボロでダンジョンから帰ってきた時からだ。
「分かりました!それじゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
クレイがそう言うと
キリムは彼女に手を振りながら店から出ていった。
____
ここはダンジョン、といっても中級者向けの場所だ。
キリムはお世辞にも上級とは言える実力はないので日々中級者向けダンジョンで
キリムの場合は加護が少し特殊で相性のいいスキルがあまり存在しないので、圧倒的に強いスキルを手に入れることを目的にしている。
「"ウインドスラッシュ"!」
キリムが手から風の刃を発射するとまっすぐモンスターに命中した。
これは少し前に手に入れたレアスキルだ。風の刃を生み出すことができ、遠距離攻撃も可能だ。
キリムの攻撃で力尽きたモンスターは肉体の崩壊が始まっていた。
ダンジョンの中で
消えゆくモンスターの中で崩壊が始まっていない石のようなものが残っていた。
「
ダンジョン内の
「"スピードブースター"だ!初ゲット!」
"スピードブースター"とは瞬間的にとても早いスピードを出せるスキルだ。初速が与えられ、時間と共に減速していく。
ちなみに同じ系統でレアなスキル"アクセラレータ"があるが、こちらは初速なしに加速度に特化されたスキルだ。
「よし、新スキルも手に入ったし今日はもう少し奥に入ってみよう!」
キリムがダンジョンを進んでいくと少し開けた広場のような場所に出た。誰もいないようだった。
「そういえば、クレイさんに貰ったポーション試さないと。」
キリムがそう呟いた次の瞬間。
『よぉ』
急に聞こえてきたその声に気づいた瞬間には禍々しい気配が広場全体を包んでいた。
キリムはその声と気配を察知し、ダガーを取り出して構えながら気配がした方向を向いた次の瞬間、驚きのあまり声が出なくなった。
キリムの目の前には黒いローブに大鎌を携えた、噂に聞く《処刑人》と同じ姿をした人物がいたのだ。
「あなたは誰ですか…?」
キリムが声を何とか捻り出すと
『世間を騒がせてるらしい《処刑人》ってやつだ。以後お見知りおきを…まあ以後などないがな。』
フードに覆われたその顔は見えないが、その声色から不敵に笑っているように思えた。
「"スピードブースター"!」
キリムは勝てる相手では無いと判断して逃げることを選択した。
だが問題は相手が入口側にたっていることだ。キリムが聞いていた噂によると処刑人はとても素早く動く。ならば自分から近づくことは避けたい。
そう考えたキリムは更にダンジョンを進む方向に向かった。
『"シャドウミラー"』
処刑人がそう唱えると、キリムの進行方向に処刑人が現れた。
そして大鎌を構えると刃が白く光り、突進してくるキリムを切ろうとする。
キリムは咄嗟にダガーで防ぐが次の瞬間ダガーにヒビが入り始めた。咄嗟に体の向きを変えて、ダガーが完全に砕ける瞬間に"スピードブースター"を発動した。
少し切り傷は負ったものの、なんとか処刑人から距離をとることが出来た。
「なんで処刑人が僕を狙うんですか!そんなに悪いことはしてないと思うんですけど!」
キリムが息を切らしながら言うと
『そういう運命。消えろ。』
処刑人がそう言ってもう1回大鎌を構え、大鎌が白く光る。
処刑人がキリムに向かって飛び出した瞬間
「"スピードブースター"!」
キリムは出口へ向かって一直線に向かう。
処刑人は空振り、キリムが元々いた場所に立っていた。
キリムはもうすぐ出口に到達しようとしている。
『逃げるだけ無駄だ。"追従"』
処刑人がそう呟いた次の瞬間
キリムは地面に打ち付けられていた。それと同時に、懐にしまっていたポーションの瓶が割れた音がした。
「足が…動かない…」
『これで詰みだ。』
処刑人が大鎌を振り上げる。その刃は白く光り始めていた。
「もう…これしかない…!」
キリムは持ち物の中で唯一割れずに残っていたポーション瓶を取り出し、蓋を開けて飲み干した。
キリムは今飲みほしたものがどのポーションかを確かめていない。
彼が今日ダンジョンに持ってきたポーションは、回復ポーションが3つとクレイのポーション1つの合計4つだ。
キリムの目当てはクレイのポーションである。
キリムが飲んだ瞬間、これは回復ポーションじゃないと分かった。
そしてキリムは全てを賭けて唱える。
「"活路の加護"!」
この加護は様々な危機に対して活路を示す加護だ。しかし危機に瀕していない、あるいは助かる道がなければ反応しない。
キリムは正直この状況で助かる道は無いと思っている。
しかし、この加護がグレードアップした"真・活路の加護"は活路を〈示す〉のではなく〈作り出す〉。
キリムはグレードアップした加護が助かる道を作り出すことに全てを賭けたのだ。
何も起こらない。
処刑人が笑い、大鎌を振り下ろした。
キリムは諦めて目を閉じる。
しかし、いつまで経っても切られる感触がない。恐る恐る目を開けると、
『ぐっ…何だ…?』
刃はキリムの首の近くで止まっていて、黒いモヤモヤみたいなものが処刑人の体にまとわりついて動けなくしていた。
キリムは、ゆっくりと動かない足を引きずりながら処刑人と距離を取る。その時、
コツ…コツ…
出口の方から足音が聞こえた。
「誰かー!!助けてくださーーーい!!敵は今動けない状態です!!」
キリムは無我夢中で叫んだ。
キリムの呼び声が聞こえたのか足音の間隔が早く大きくなり、誰かがこちらに近づいているのがわかる。
『チッ…"シャドウカッター"!』
処刑人は大鎌を落として天井に向かって闇の刃を数発放った。
天井が崩れ、大きな瓦礫が落ちてきて処刑人を下敷きにした。
「大丈夫か!?」
出口から入ってきたのは赤髪の男の人だった。
その人がキリムに駆け寄ると、
「酷い怪我だ。天井も崩落してきている。何があったのかは知らないがとりあえず街に戻るぞ!"テレポート"!」
眩い光に包まれたと思うと、次の瞬間見慣れた街の広場が見えた。
「ありがとう…ございま…す…」
「おい!しっかりしろ!」
キリムは見覚えのある場所に来て安心したのかそのまま気を失ってしまった。
数日後、全国レベルで囁かれる大きな話題が生まれた。
狙った獲物を逃がしたことがない《処刑人》がついに少年を取り逃した、と。
狙った獲物は逃さないと噂の処刑人はどうやら僕を取り逃したようです。 むらいと @muright
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