第一回さいかわ水無月賞 大賞について

第一回さいかわ水無月賞にご参加いただき、誠にありがとうございました。

主題、開催時の宣言通り、「犀川の独断と偏見と気まぐれ」の結果、下記を大賞とさせていただきます。



雨の日の僕らは/@zawa-ryu

https://kakuyomu.jp/works/16818093079054666515

雨、ソラシド/未来屋 環

https://kakuyomu.jp/works/16818093079565625699

(更新順(古い方から)・敬称略)



総評


 水無月賞のテーマ「雨」について、テーマの使い方に苦戦している作品が多い中、@zawa-ryuさんはテーマに真摯に向き合い、絶妙かつ的確なバランス感覚で「簡明で素直な読者が心温まる作品」を、未来屋 環さんはその素人離れした腕前で、主人公露木とソラシドとの「奇妙で美しいソラシドとの愛と自身の成長の作品」を、わたしに見せてくれました。

 どちらともテーマに寄り添いながらも、ずば抜けて卓越した才能と努力を感じさせる作品だと思いました。ですので、そんなお二人の作品にこれ以上優劣をつけることは、もはや無意味であるとの考えに至りました。

 以上の理由により、今回は同時受賞とさせていただきました。お二人にはその栄誉を称え、ここに水無月賞者の称号を贈りたいと思います。

 おめでとうごさいます。(犀川 よう)



個別評


「雨の日の僕らは」 @zawa-ryu水無月賞者


 本作を読み終わった時点で、「これは一作だな」と思いました。つまり、今後、@zawa-ryu水無月賞者の作品よりも上手で面白いものがたくさん出てくるだろうと予測ができるなか、本作をどう表彰できるかなと考えてしまったのです。

 おそらく、最終選考対象作品に漏れた作品の中ですら、本作よりもそちら推す人が多いのではないかと予想されました。しかしながら、わたしはそれらの意見に対し、「そうではない!」ということを説得させなけばならないと思いました。非常にタフな状況に追い込まれたと感じた次第です。

 当然ながら、「犀川がゴリ押しで大賞にした」みたいな話をしたいわけでも、したわけでもありませんので、そこのところは誤解しないでくださいね。


 さて、前置きが長くなりましたが、本作が絶対的に大賞に相応しい理由が三つありまして、「テーマ雨をごく自然に最後まで使いこなしていた」「ストーリーの流れが極めて自然でキャラクタも等身大だった」「何よりもバランス感覚が絶妙かつ的確であった」ことにあります。

 一つ目の「テーマ雨をごく自然に使いこなしていた」は、「雨の日のこの教室が大っ嫌い」「雨は嫌なことを書き消してくれる」「雨は、嫌な音を消してくれるだけじゃなくって寄り添ってもくれる」「雨よ、もう少しだけ降っていてくれないか」など、「雨」を通してきちんと心情と状況を表現しております。今回、雨を演出材料のみで使ったり、オチで付け足すように使ったり、あるいは裏テーマのようにして難解な作品が多い中、本作は徹底して雨を基調に堂々と話を進めております。テーマに対しての@zawa-ryu水無月賞者の姿勢に、選者として非常に誠意を感じました。

 二つ目の「ストーリーの流れや極めて自然でキャラクタも等身大だった」ですが、ストーリーが本当にスムーズに運ばれていくのが素晴らしいと思いました。しかもきちんと「(ややニヒルながらも)小学六年生らしい」振る舞いや情景を最初から最後まで描いているのです。何か自分の小学生時代を見ている気がしました。これは驚嘆を超えて尊敬の念すら生まれました。大人になると、どこか賢しげな小学生を書いてしまうものですが、@zawa-ryu水無月賞者は「真正面からみた思春期の入り口」の像を描いておりました。物語全体が簡明な分、文学的な作品に気押されそうな気もいたしますが、本作は非常に高い完成度を有していると思います。後述する未来屋 環水無月賞者がどちらかというと感性的に優れた作品であるのに対し、@zawa-ryu水無月賞者は感性も内容も適正なバランスを保った作品でした。でありながら、心を籠めて書いている感じが底辺に滲み出ていて、好感度が非常に高いです。さらに、驚くくらい全体を見渡す冷静さも見えるのです。

 そして、わたしが推した最大の理由が三つ目の「何よりもバランス感覚が絶妙かつ的確であった」ことです。序盤のいじめっ子たちのシーンも、図書室の先生の口調も、大人しいヒロインの瀬川有希の感情のふり幅も絶妙に「大きくも小さくもない」のです。こういういじめっぽいのを書くと筆がのったりして過大なネガティブさを書いてしまったり、主人公がとても嫌な奴になってしまったり、あるいは図書の先生も説教くさくなったりするものなのですが、@zawa-ryu水無月賞者はそれらの感情を、本作の世界を壊さないに保つことで、あくまでもストーリーに淀みを作らないという奇跡的なバランス感覚を保っておりました。ですので本作は「本道」のストーリだけを読むことができるのです。

 このようなノイズを一切発生させずに好悪の表現を描くという、とんでもなくハイレベルなことを終始やってのけたのは、@zawa-ryu水無月賞者の技量である以上にその人柄なのではないかと推測いたします。これは技量だけでなんとかなる世界ではないからです。わたしは本作に「大事にスケッチをした心のこもった絵」を見せてもらったような気持ちになり、温かさを感じました。同時にわたしごときが小賢しい解説をするのも嫌になったのですが、何故素晴らしいかを説明しないときちんと伝わらないと思い、こうして書いている次第です。


「……ありがとう」


 ヒロインの瀬川有希の言葉です。この勇気ある一言から「雨」が悪いものから良いものへと変わっていきます。彼女の、見かけではほんなわずかな言葉でありますが、実際にはとてつもない勇気のいる一言だったでしょう。わたしは思わず涙が出そうでした。

 ラストも素敵です。引用は避けますが、雨の日も良い気がすると前向きな表現で終わります。物語の隅から隅までテーマ「雨」を通して表現し、小学生らしい二人の成長する心を見事に描いた作品でした。全体を通して、「王道に勝る道は無し」の代表作品であることを評価させていただいた次第です。

 おめでとうございます。(犀川 よう)


「雨、ソラシド」 未来屋 環水無月賞者


 わたしが本作で一番「美しい」と感じたところは、主人公で教師の露木という四十近い女性の、その肉体年齢とは乖離した精神面の成長であります。良い子を演じてきた自分と現実へのギャップに限界を感じる中、ソラシドという雨の日にしか会えない男によって、自分が何者であるのかの決断を迫られた結果、未熟な精神面すなわち「少女性」を破らんと脱皮を試みたところに「いとおしさ」を感じたのです。

 おそらく、未来屋 環水無月賞者も多くの読者も、本作のピークを「一つだけ最後に教えてやる――きちんと自分の思いを伝えろ。それができないのであれば、おまえは死んでいるのと一緒だ」あるいは、「さぁ、言ってみろ――おまえはどうしたい?」というソラシドの台詞に置いているのではないかと推察いたしますが、わたしはそこではなく、


「あなたと話したかった、優しくキスしてほしかった、そして――雨の夜以外にもあなたに逢いたいと思っている」

 

 ではないかと思いました。おそらくいくつか前のソラシドのセリフ、「おまえはいつも何も言わない。何をしたいのか、どこに触れてほしいのか、そして――俺と過ごすこの夜のことをどう考えているのか」にたいしての返事なのだろうとは思いますが、この、「優しくキスしてほしかった」という一言に、露木の実年齢にはにつかわしくない少女性の残り香を感じ、「雨の夜以外にもあなたに逢いたいと思っている」という部分で少女性の脱皮を試み始めているように思えたのです。

 人にはその肉体年齢とは別に、その人なりの精神年齢というものがあり、露木は親からあるいは誰からも「いい子」であろうと、思い、あるいは逃避をすることによって、精神面が少女時代から成長をしていない女性です。年を重ねて「やれることが増えただけの少女」といってもいいかもしれません。

 しかしながら、雨の日に現れるソラシドによって、少しずつ変化をしていきました。当初ソラシドに出会った露木にとって「雨」というのは、柔らかく謎めいた「安楽」のひとつであったと考えられます。酒場のゆきずりという出会いではありますが、雨の日を少なからず楽しみにしる節があります。時折その生真面目な性格が「これでもいいのか」と戸惑いながらも、やはりズルズルと時を過ごしてしまいます。おそらく「自分で何も決めない」という、受動的で楽な道に浸っていたかったのでしょう。しかし現実という理不尽さで心が一杯になったとき、「ソラシド」の懐かしい曲とその問いかけに、自らが前に進まなければならないと悟ったのだと思います。

 露木にとって、雨というものは「流されてきた自分の魂」であり、雨上がりとは精神的な少女から脱皮しなければという「自立の第一歩」であるのだと思います。

 普通の物語であれば、このような露木の気持ちの変化は、単純なオンオフスイッチのような二項対立的なもので書かれると思います。しかしながら、未来屋 環水無月賞者は、そこをきっちりと区別をつけるのではなく、「優しくキスしてほしかった」という受動的な少女性を残しました。さらに、自ら前に進むと決めた一方、ソラシドには愛してほしい、逢ってほしいという「少女ではなく女としての愛」に昇格した気持ちも言葉にさせました。ソラシドという上がっていく音程を上手くたとえに使い、現実問題に対する「みんなで解決方法を探る」という大人の手段が思いつくまでに、心の五線譜に大人の女性という音符をつけて駆け上がっていきます。非常に素敵な感情の遷移ではないかと思いました。

 個人的に面白かった点は、ソラシドが(作品上で)実際に存在する人物であることです。わたしは最初のうちは「想像上あるいは象徴的な存在」として、露木の内面と対比させる役目を負っているのではないかと推論しながら読んでいたのですが、そうではなく、特に終盤からはソラシドも感情が少し見えます。これによって実在する恋愛相手なのだとわかって、少しだけ驚きました。もしわたしが書いたとしたら、ソラシドは多分、実在せずに終わると思ったからです。

 結果的にソラシド(余計なツッコミですが、こいつはこいつで現実的にはただ女の部屋に転がり込んでいるだけの男なので、どうなん? とも思います笑)が実在することで、少女性がよりはっきりとして良かったのだと思います。

 今回の水無月賞はかなりの名作、力作あるいは傑作が揃っていました。その中で「人間としての自立」という正道ストーリーに対して、「雨」を通して書いてくれたことを評価させていただきました。

 おめでとうございます。(犀川 よう)

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