第7話

 授業が終わって放課後になった。霙ちゃんは何か仕掛けてくるかと思ったが、警戒する視線をギンギンに向けてくるだけだった。

 おかげで私は気が気じゃなかったんだけど、すーちゃんは何も気にしていない風だった。私も気にしなければよかったかもしれない。


「素晴らしい授業になったかな……」


 挨拶を終えて先生が自信無げに呟いて教室を出ていくなり、ガタンと大きな音を立てて立ち上がる生徒の気配。

 霙ちゃんがついに動き出したんだ! 振り返るだけでため込んでいた気迫に飛ばされそうになる。


「霙ちゃんは……この時の為に力を蓄えていたのか……!」


 私は彼女のどんな動きにも対応しようと机の横に立てかけておいた剣を手に取ろうとするが……


「星河さん、部活は何入るか決めた?」

「その髪はどうしたの?」

「ツインテは生意気だって分からせられた?」

「え、え、あ、今はごめんなさい。ちょっと道を開けて!」


 事情を知らないクラスメイトのみんなに囲まれて身動きが取れなくなっていた。さすがは転校生で冒険者。凄い人気だ。

 何か言っているようだが騒がしくなって聞き取れなくなっていった。彼女は一般人には手が出せないらしく気迫を霧散させて戸惑っていた。

 私だって勇者なんだから転校すれば人気者になれるのだろうか。何て考えているとすーちゃんが静かに歩み寄って声を掛けてきた。


「てるみん、今のうちに行こう」

「ああ、うん、そうだね」


 私はもしかしたら冒険者とともに魔王と戦うべきなのだろうか。どう行動すれば正解なのかよく分からなかったが、誘われたのだし考える余裕はあまりなかった。

 確かに今のうちだよねと私はすーちゃんと一緒にクラスの喧騒をよそに受け流しながらさっさと教室を後にする事にした。




 学校から下校する帰り道は静かだ。教室がいつもより賑やかで慌ただしかったから余計にそう感じるのかもしれない。

 すーちゃんと一緒に並んで歩く通学路。

 いつも通りの景色に安心感を覚えながら歩いているとすーちゃんが肩を寄せて囁くように話掛けてきた。


「あいつ、もうついてきてるよ」

「え?」


 後ろを振り返るが誰もいない。


「そこの電柱の陰」

「何かいるの……?」


 お化けだろうか。傾きかけた太陽の光と影に思わず身震いしてしまう。すーちゃんは息を吐くと掌を掲げ、


「あの目立つ奴を戻しておくか」


 闇の煌めきを飛ばした。それはキラキラと光りながら電柱の陰に入るとそこからポヨンと一つの髪の束が伸びた。


「あれっ? 急に頭のバランスが……」

「あの特徴的なツインテと声は……!」


 もう私にも見えていた。気まずそうな顔をしてよたよたと電柱の陰から現れたのは私たちのよく知っている星河霙ちゃんだ。なぜかシングルになっていた髪がツインテに戻っていた。


「よく気づいたわね、あなた達。いったい何をやったの?」

「お前の尾行なんてバレバレ。でも、てるみんが気づいていないようだったからその目立つ髪は闇の秘術で戻しておいた」

「それはどうもありがとうと言っておいた方がいいのかしら」


 霙ちゃんは大事そうに復活した髪を撫でてから私の方に視線を移してきた。


「あなたよく魔王と一緒に帰れるわね。そいつが恐くないの?」

「それはほら、私は勇者だから」

「ふーん……」


 霙ちゃんは図るように私を見てくる。私としてはなぜ魔王だからとすーちゃんを恐れないといけないのかが分からないが。あるいは聖剣が勇気を与えてくれているのだろうか。

 私が戸惑っているとすーちゃんが前に出て言い放った。


「それで何の用? もうお前の力では私達には敵わないと分かっているはず」


 すーちゃんの手の上で闇が渦を巻く。霙ちゃんが警戒を強め、私も彼女の闇を扱う力が上手くなっているのを感じた。私はこのまま聖剣を使えないでいていいのだろうか。聖剣は何も答えない。

 霙ちゃんはしばらく考えた後、黙って手を引いた。


「ここは勇者に任せておくしかなさそうね。でも、覚えておいて。この町に来る冒険者はきっとあたしだけじゃない」

「誰が来ても返り討ちにするよ」

「あんたなら本当にそうしそうで怖いわ。あたし達は魔王を知らな過ぎたのかもしれないわね」


 それだけ言うと彼女は背を向けて去っていった。何だか思ったよりあっさり引いたけど私にはこれで終わる予感はしなかった。


「大丈夫かな……今のすーちゃんに対する宣戦布告じゃない?」

「大丈夫だよ。魔王に敵うのは聖剣を携えた勇者だけ」

「でも、他の冒険者も霙ちゃんと同じぐらい強かったら……」

「てるみんも聖剣が使えればあんな奴は何も怖くないって分かるよ。私だってまだ本気を出していない。冒険者が束になってかかってきても私達の敵じゃないよ」

「そうなんだ……」


 すーちゃんの本気とはどれほどの物なのだろうか。また勇者の力とは。私達の決戦の日はまだ来ることはせず、


「それじゃあ、てるみん。また明日」

「うん、また明日」


 その日はそれぞれの家にいつものように帰宅するのだった。

 だが、私はまだ甘く見ていたのかもしれない。冒険者のスキルというものを。

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魔王が蘇って世界は終わりだ 勇者の私がさせません けろよん @keroyon

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