フリーの魔導書ライター、ときどき冒険者
@Legat
第1話
「
やっとの思いで書き上げた1冊の魔導書を見て、思わずため息が漏れる。
魔導学院を卒業後、すぐに念願のフリー魔導書ライターとして商売を始めたのだが、ほとんどの冒険者は無名の術者が扱う手書きの魔導書なんかに興味を示さなかった。
大量生産大量消費の昨今、長く使える丈夫な手書きの魔導書よりも、手に入りやすい簡易的な魔法しか記されていない市販の魔導書の方が需要がある。手書きの魔導書は逆風が吹きすさぶ業界なのだ。
昔は、冒険者が魔法を用いる時の触媒として杖が多く用いられていたのだが、時代も変わり今では杖と魔導書の二大巨頭になっている。触媒としてのそれらの違いは『自分が術式を理解する必要があるかどうか』にある。
杖は『自分の頭の中にある術式を杖を通じて発現させる』ための道具であり、魔術理論やスペルを理解していないと上手く魔法を扱うことが出来ない。逆に言うと、理論さえしっかりと理解出来ていれば応用も効かせやすいという事になる。
それに対して魔導書は既に術式が書き込まれているので『自分の魔力を魔導書に流し込む』ことで魔法が扱えるのだ。例えば、魔導書に『魔力を炎に変える術式』が書き込まれていたら、ただ魔導書に自分の魔力を流し込むだけで炎が撃てるという訳だ。
ただし、魔導書は術式がページ毎に固定されているため、杖ほど直感的に自分の撃ちたい魔法を出せる訳では無いので、一長一短ではあるのだが...
「はぁ〜、どうして
市販の魔導書はただ魔力を帯びたインクで書かれているのに対し、ライターが書く魔導書は術者の血を混ぜ込んだ特別なインクで書くため、使用者の魔力がより流れやすい上に、盗難の被害に遭っても他の人は使えないようになっている。今は世間の冒険者にその有用性が気づかれていないため、俺たちのようなフリーの魔導書ライターは食っていくのも厳しいくらいだ。
「こうなったら、腹を括って俺自らダンジョンを踏破するしかないな。魔導書の有用性を見せつけて、こんな極貧生活なんてすぐに脱却してやる!」
そう決意するや否や、学院を卒業する時に書き上げた魔導書を担ぎ、俺はダンジョンに赴いた。
―――――――――――――――――――――
「君、魔道士でしょ。たまに居るんだよね〜そういう輩が。ちゃちい魔導書引っさげてさぁ。いい?君なんかがこんな高位のダンジョンに入ったらイチコロよ?イチコロ笑。ろくに魔術理論も理解できないあまちゃんが補助輪バブバブで入っていい場所じゃないの。わかるかい?」
小太りで少し禿げたおじさんが、ダンジョンに入ろうとしていた俺をそう引き止める。門番はダンジョンに入る冒険者を見極めるのが仕事とはいえ、そんな言い方はないんじゃないか?とカチンと来た俺は
「私をそんじょそこらの魔道士と一緒にしないでください。あいつらのような質の悪い魔導書ではなく、これは全て私が書き上げたものです。魔術理論も修めています。なんなら中身を確認してみますか?その毛の少なくなった頭で理解できるなら、ですが。」
と言い返してやった。みるみるおじさんの顔が赤くなっていき、鼻息荒く俺の手から魔導書を奪い取った。それを読み進めていくうちに真っ赤になっていた顔はどんどん白くなり、見開かれた目にはありったけの驚きが浮かんでいた。
「......こんなに上質な魔導書、いくらで買ったんだ?金を詰んだところで君の魔力が追いついていなければこれも無用の長物にすぎん。」
「扱えるからここに来てるんですよ。それを書き上げたのも俺だって何度言ったらわかるんですか?」
禿げのおじさんから魔導書を奪い返し、思い扉を開いてダンジョンに足を踏み入れる。
「き、君!さっきの無礼は詫びよう。すまなかった。お詫びと言っては何だが、これを受け取ってくれ。」
おじさんから投げ渡されたそれは、小さなペンダントだった。
「もしダンジョンの探索が終わったら、それを役人に見せなさい!君の冒険に幸あらんことを!」
一見何の変哲もない、小さな宝石がはめ込まれたペンダントだ。疑問に思いながらも、無くさないよう首にかけておく。こんなもので機嫌が取れると思うなよ。
「とんでもない冒険者が来やがった..これは上に報告せねば....」
そんな門番のつぶやきは、思い扉の向こうに進んだニジルの耳には届かなかった。
フリーの魔導書ライター、ときどき冒険者 @Legat
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