第9話 メンズ向けの美容院が少なさすぎる!
日常生活の中で、男が絶対に通うべき場所が三つある。
皮膚科、歯医者、そして――美容院だ。
肌トラブルは早い対処が必要だし、口内の検診やクリーニングは子供大人を問わず誰でもやっていることなので、この二つは問題じゃない。
「メンズ向けの美容院がない……」
美容院と言っても、その種類や内容は多岐にわたる。
女性向けもあれば、男性向けだってある。
俺が前の世界で通っていたところは、メンズ向けで全てが揃っている便利な場所だった。カットはもちろん、眉も本格的にオーダーした形に揃えてもらえるし、全身脱毛も可能だった。
高校生から二十代前半くらいの男がメインの客層だったのが印象深い。
「この世界の男はどこに行ってるんだ……」
スマホで調べても、出てこない。
全てが女性向けなのだ。
まさか、この世界はメンズ向けの美容院が存在しないのか?
「嘘だろ……」
オシャレとかじゃなくて、最低限の身だしなみとして必要な場所。
陰キャ時代の俺は、美容院は陽キャだけが行く場所とか思ってたけど、それは間違った認識である。
人間として行かないといけない場所だと知って、俺は人間じゃなかったのかと悲しんだのも懐かしい思い出だ。
千円カットで済ませばいいとか、一度でも美容院に行けばそんな認識は吹き飛ぶ。料金が高いのには、それなりの理由があるのだから。
「マリナ先輩……」
「んだぁれんたろー」
「良い美容院知りませんか? 一ヶ月に一回は行かないと流石にヤバイので」
「んぉ? アタシの家に来る?」
「今の文脈でなぜそうなる……。まぁ良いですけど」
「ウチは美容院だぞー。家族でやってんだ」
「なるほど!」
俺は今、マリナ先輩と下校している。
ダメもとで相談してみたのだが、どうやらマリナ先輩の家は美容院らしい。
メンズ向けが無いのなら、もう女性向けの場所で探すしかないし、お試しとしてお願いするのはアリだな……。
「アタシの家は、男相手も得意なんだぞー!」
「ほう……」
「兄ちゃんいたの話したよな? それでよく練習でカットとか、色々してたからメンズ向けも対応してんのな?」
「おぉ! マジですか!」
朗報すぎる……! マジでマリナ先輩に会えて良かった。
正直、美容院がこの世界での一番の問題点だったので、ありがたい。
「れんたろー、カットモデルする? それなら料金無料だぞー」
「します!」
「おうよ!」
お金の問題まで解決してしまった。
俺はバイトもしてないので、とても助かるのが本音だ。
年齢的に、アルバイトは可能だし、結構真面目に探すべきかもしれない。
*
「ただいまー」
「お邪魔します」
しばらく歩くと、オシャレな美容院があった。
男でも入りやすい感じで、絶妙な雰囲気だ。
裏からとかではなく、普通に入口から中へ行くらしい。
「いらっしゃい。あら?」
「どうも、マリナ先輩の友人で、百里蓮太郎です」
「マリナのお友達なら、カットモデルとして無料よ。眉や、脱毛もやってるから、遠慮せずに言ってね?」
マリナ先輩の母親っぽい人が、笑顔で優しく対応してくれた。
凄い美人で緊張する。
どうやら、今の時間はお客が他には一人だけのようだ。顔は見えないが、俺と同じで男の客みたいだ。この世界で初めて同性に会ったかもしれない。
マリナ先輩の母親は、忙しそうだ。
「んー、客いるし、れんたろーはアタシがやっても良い?」
「え、マリナ先輩もできるんですか?」
「プロじゃねぇから、資格ないし、仕事としてはやっちゃダメ。けど、友達として無料でやるならセーフだからなー」
「なるほど……」
あくまで場所だけ借りて、マリナ先輩が個人として練習する。
そんな建前らしい。
腕前のほどはどうだろうか? まぁ、失敗しても許せるので問題ない。無料だし。
「マリナ先輩は慣れてるんですか?」
「おうよ! 兄ちゃん相手によくやってたんだぞー」
「なら安心ですね……。髪の長さはあんまり変える気ないので、量の調整とか、そういうイメージでお願いします」
「れんたろーはウルフ系の髪型好きなんか? ホストっぽいよな?」
「勘弁してくださいよ……」
前の世界でも、ウルフ系は女性ウケがそこまでよろしくないと聞いた。
やはり高校生だと、マッシュや、短髪よりのパーマとかが人気だった。色も茶髪や金髪が多いらしい。
もちろん学校によっては黒髪でないとダメなこともあるが。
陰キャの俺には難易度が高いというか、似合う気がしなかったから、当時はウルフ系の髪型で、黒髪に少しの金メッシュみたいな、そんな感じだった。
『ホストっぽくなっちゃいましたねー(笑)』
とか、前の世界の美容師さんにも言われた。ピアスとかは付けてないから、セーフだと思いたい。
逆に女性に警戒されそうで少し悲しいが、陰キャが選ぶ髪型はウルフになりがちなので、みんなも気を付けような!
だっていきなりバッサリ切るの怖いんだもん! 仕方ないね!
「れんたろーは、眉も染めてんのな?」
「そうですね、茶色にしてます。柔らかいイメージになるので」
「……でも、髪はウルフに金メッシュなのな?」
「やっぱり短髪パーマ系の方が女子的には良いですか?」
「んぉ? 人によんな? アタシは似合ってる髪型が一番だと思うぞー」
「俺、この髪型ダメですかね?」
「似合ってるから良いと思うけど、メンヘラ女子がよってくんぞ?」
「えぇ……」
マリナ先輩の偏見に満ちた意見は、あまり参考にしない方が良いだろう。
ホス狂いとか、ジャニオタとか、女子高生にはいないだろうし。周囲の女子にそんな感じの人は思い当たらない。
「こっち来い。髪を洗うからなー」
「はい」
「首とか、痛くねぇかー?」
「大丈夫です」
呼ばれるままについて行く。
どうやら寝台に横たわり、髪を洗うらしい。
マリナ先輩はとても洗うのが上手い。シャンプーもしてくれるようだ。
「今度はこっち来い。髪切るからなー」
「分かりました」
俺にタオルを渡して、マリナ先輩は手際よく準備を進めていく。
背が小さいから、踏み台を用意していて可愛らしい。本人には言わないけど。
座ってる俺相手ですら、若干高そうだもんな……。
「そんじゃ、カットとかしてくぞー」
「お願いします」
*
「眉とかも、こんな感じで良いんか?」
「おぉ! めっちゃ形綺麗ですね。マリナ先輩まじで実力派だ」
結論から言うと、マリナ先輩は凄腕だった。
ぶっちゃけ、前の世界の美容師より上手い気がする。まだ学生なのに。
眉も最初に形を決めて、ワックスである程度はがしてから、毛抜きで丁寧に処理してくれた。痛みもまるでなかった。プロすぎる……!
「今後もここに通います!」
「おうよ! れんたろーは毎回無料でいいぞー」
「マジで助かります……!」
「アタシを敬えよなー。すげぇんだからなー?」
ドヤ顔のマリナ先輩はとても小学生っぽいけど、可愛らしい。
正直、本気で尊敬してしまう。
マリナ先輩に出合えたのは、かなりの幸運だったのだろう。
「おや、男とは珍しい……。僕以外にも男の客が増えそうで嬉しいね」
「あ、どうも」
もう一人のお客さんが終わったのか、会計しながら俺に話しかけてきた。
すんごいイケメンだ。
前の世界でも通用する、アイドル級の爽やかイケメンって感じで凄い。
「僕は今、経営者をしていてね。良ければうちのグループでアルバイトとかしてみない? 一応、高校生くらいの年齢でも問題ない、カフェの店員なんだけど」
「はぁ……? まぁ、アルバイトは探してるので構いませんが」
このお兄さんは二十代半ばくらいの印象だ。
かなり若いのに経営者とは凄いな……。どうしていきなり話しかけてきたのかは謎だけど、悪い話ではない。
「コンセプトカフェという単語を、聞いたことは?」
「なんとなくは」
「執事服とか、コスプレをして、女の子相手に接客をするお店だよ」
「えぇ!?」
なんか、とんでもない仕事に誘われてしまった。
俺に務まるのだろうか?
でも、女性への耐性をつけたり、慣れるのにはもってこいなアルバイトかも。
「気が向いたら、ここに連絡してくれ。待ってるよ」
「あ、はい」
お兄さんは名刺を俺に手渡しすると、爽やかスマイルで美容院を出て行った。
どうしようコレ……。
「れんたろー、将来はホストかもなー」
一部始終を見ていたマリナ先輩が、呆れた顔でそう言った――
高校デビューを目指した陰キャの俺、貞操逆転世界にて無双する 森 アーティ @kqxgs3400
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。高校デビューを目指した陰キャの俺、貞操逆転世界にて無双するの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます