第8話 めんくいメイドは負けない!
幼い頃から、男性アイドルに憧れた。
私はめんくいだった。
今も収入の大半を推し活に費やすドルオタだったりする。
イケメンの男性が大好きで、正直顔と身長が全てだと思ってる。清潔感とか大事だけど、それは人として必要最低限の問題だし……。
ただでさえ男性が少ないこの世界で、そんな考え方では独り身コースだ。だけど、妥協してまで男なんていらない、というのが私の人生だと割り切っている。
「お嬢様、隣のクラスにいるそうですよ? 唯一の男子生徒が」
「ふん、知ってますわ。口説いてらっしゃい」
「えー」
「貴方のお仕事でしょう? 給料分の仕事はこなしなさい」
「割に合わねー」
私は今、使用人の仕事をしている。このクソ高飛車お嬢様のお世話とか、ワガママを叶えるのが務めだ。
かなりの給料と、学費の免除など、色々とメリットもあるので続けている。
私の家系は代々この仕事をしているが、あくまで私の意志でやっていることだ。
「私は訓練も受けているので、誘惑は簡単です」
「言うじゃない! やってみせなさい!」
「ただ、興味のないフツメン男子に言い寄るのは、正直気持ち悪いので嫌ですね」
「あ、貴方……わたくしにはフツメン男子で我慢しろとか言うくせにぃ!」
「私は独り身でも平気なので」
このクソお嬢様は、家柄だけは立派なのだ。子孫を残す使命がある。
「もう普通に、お嬢様の前に連れて来るというのは?」
「ダメに決まってるでしょう!」
「ダメなのはお嬢様の頭――ゴホンゴホン。では、下調べだけしてきます」
「今、何か言わなかった? わたくしのこと、罵らなかった?」
「行ってまいります」
唯一の男子生徒とやらを見たい気持ちはある。
純粋な好奇心として。
お嬢様が嫌悪感を持たないレベルならそれで良いのだ。ルックスも性格も。
「ガチ恋されてもだるいし、程々で」
私は方針を決める。
唯一の男子生徒を、どのレベルで自分に惚れさせるか。好かれ過ぎては困る。
最終目標はあくまでもクソお嬢様の伴侶にすること。
「まだいるかな……」
廊下に出て隣の教室へ向かう。既に放課後になっており、本来なら特定の人物が帰っていても不思議じゃない。ただし、男子生徒なら話は変わる。他の女子が簡単には帰してくれないだろう。
連絡先を手に入れるために、争いに発展してもおかしくないのだから。
「失礼、このクラスの男子生徒はどちらに?」
「蓮太郎君なら、二年の教室に行くって言ってた」
「おや、森川さんですか。久しいですね」
私が隣の教室に着くと、見知った女子生徒がいたので質問する。
クソお嬢様と、幼い頃からの付き合いがある家柄の森川六花さん。ルックスも能力もうちのクソお嬢様とは比較にならない人だ。
私はお付きの人として、何度もパーティなどでお話したことがある。
「うん、おひさ。メイドちゃんも蓮太郎君に会いに来たの?」
「……私のことは、メイドちゃんではなく、
「あー、学校だからね。
「……」
下の名前は一度しか名乗ってないし、かなり昔のはずなのに。
「やはり、既に森川さんの彼氏になってましたか」
「――っ!? ち、ち、違うよ!? 蓮太郎君とはまだお友達だよ?」
「意外ですね」
探りをいれてくるから、既にお手つきになったかと焦ったが杞憂らしい。
一夫多妻の社会とはいえ、大きい家の女を二人も妻にすれば、問題も多い。
森川さんが既に堕とした後なら、かなり苦戦を強いられただろう。
「意識のある森川さんが、慌てる姿は新鮮ですね」
「だって、恥ずかしいし……」
「少し残念でもあります。私はドルオタ、貴方はコンカフェ狂いで、仲間だと思っていたのですが……。その男子生徒に夢中のようで」
「コンカフェ狂い!? 恋珠ちゃん、私のことそんな風に思ってたんだ。私はお金持ちなだけで普通だよ? めんくいではないし」
絶対普通ではない。
とはいえ、これ以上言うと怒らせる可能性があるので私は黙る。
「私の前で、取り繕う必要はありませんよ?」
「……本当はイケメン大好き」
「はい、よくできました。そんな貴方が恥ずかしがるくらい夢中になるとは。ルックスも性格も及第点ということですか」
そもそも、同年代の男子というだけで貴重な存在だ。
しかもルックスが及第点で、性格も良ければ、いかにコンカフェ狂いの森川さんでも夢中になってしまうのだろう……。
でも私なら、そのくらいでは興味すら持たない。高身長イケメンしか勝たん!
「む、蓮太郎君を見てないからそんなこと言えるんだよ!」
「ほう……」
負け犬の遠吠えというやつだ。
私なら、フツメン男子なんかに負けない。堕ちない。
森川さんも所詮はちょろい子だったのだ。別に悪いことではない。ただ、仲間意識があったから少しだけ残念だった。
「ところで、二年の教室に向かったとのことですが、理由は聞いてますか?」
「なんか先輩に会いたいとか、言ってた」
その男子生徒は、年上好きなのだろうか?
もしも年上好きなら厄介だ。包容力をアピールする方針にするべきか……。
「情報提供感謝します。では、私はこれで」
「うん、バイバイ」
私は攻略プランを頭で巡らせてながら、二年の教室へ向かうために、階段を上がっていく。
考えごとをしていたからだろう。前の人影に気が付かなかった。
「ひゃん!?」
「うぉ!」
階段の途中で誰かとぶつかった。
私の方が吹っ飛んだので、相手は身長や力が私よりもあるらしい。
「悪い……大丈夫か?」
「いえ、お気になさらず。貴方が手を握ってくれたおかげで無事で――」
私はお礼を言いながら、言葉を途中で止めた。
「え……?」
私の目の前には、イケメンがいた。
それはもう大層どストライクな、推しのアイドルよりも愛せちゃうイケメンが。
*
「怪我がないなら良かった。先輩との話に夢中で……」
「んぉ? んだぁ? アタシがちっこいから視線が下でしたってかぁ!」
「ちょ、マリナ先輩。違いますって」
俺は放課後に、二年の教室に行き、マリナ先輩と再び会っていた。
話に夢中で、階段で女子生徒と衝突してしまったらしい。
相手に謝ったら、なぜかマリナ先輩がブチギレた。
「え、ヤバイ。え、え……?」
衝突した女子生徒は、なにやら困惑している様子だ。
俺を見ては目がキョロキョロしている。
やはり怪我でもしたんだろうか? ちょっと心配だな……。
「あの、本当に大丈夫か?」
「ひゃ、ひゃい!」
「あ、手を握りっぱなしだった。ごめん」
いくら助けるためとはいえ、女子の手をずっと握ってるのはマナー違反だった。
動揺していたのは、それが原因だろう。
俺は手を放して、しっかり相手の目を見て謝罪した。
「あ……」
あれ? 心なしか、俺が手を放すと残念そうな顔をされた。
「れんたろー」
「なんですかマリナ先輩」
「この女はヤベェ感じする。オススメしねぇぞー」
マリナ先輩が小声で俺に言ってくる。
なんて失礼な人なのか……。
俺が見境ないような男だと思ってるのか? 相手に言ってるのだとしても、初対面でいきなり酷い気がする。
「あ、あの……」
「ん?」
「一年で唯一の男子生徒とは、貴方でお間違いないでしょうか?」
「あぁ、俺が百里蓮太郎だ。よろしくな」
俺はできるだけ優しい雰囲気を出して、笑顔で挨拶をする。
毎日鏡の前で練習したので、平気なはずだ。
キモくないはず。はずだ。
「初めまして、私は一恋珠と申します。百里様とお話があって……」
「様って、普通に蓮太郎でいいよ。それで話って?」
「……っ!? いきなり名前で呼んで良いんですか?」
「お、おう。良いよそれくらい」
「で、では……私のことも、恋珠と、呼んでいただいても?」
「分かった。よろしくな恋珠」
「俺の、恋珠と呼んでいただいても?」
「え……?」
「ゴホン、失礼しました。取り乱しました」
恋珠さんの顔は真っ赤だ。
マリナ先輩が冷めた目で彼女を見ている。確かに乱れてる奴だなーとか小声で言ってる。やめて、なんで喧嘩腰なんだよ……。
「お話についてですが、その……」
恋珠さんは、マリナ先輩をチラチラと見る。二人きりで話したいのか。
しかし、俺はマリナ先輩と帰りたいのだ。他の女子を相手するのは陰キャの俺には正直キツイ。もう限界が近い。
「あー。その……すまん。マリナ先輩が先約だから、今度でも良いか?」
「え、あ、はい」
陽キャを前にした時の俺みたいな返事をしてくる恋珠さん。俺も昔はこんな挙動不審だったのだろうか。めっちゃ目が泳いでる。
ポケットからメモを出して、俺は書きこむ。
「一応、コレ俺の連絡先。急ぐ内容なら夜とかに電話して」
「で、で、電話番号!? 私、夜のベッドに呼び出してもらえるんですか!?」
「何言ってんだ……」
「失礼、セフレの誘いかとぬか喜びしました。ではなく、取り乱しました」
……この子、確かにヤベェ。
ルックスは正直タイプだ。めっちゃ可愛い。
スレンダーな体型で、艶やかな黒髪をボブカットにしており、目も大きくて清楚な雰囲気もある。
「では、私は失礼しますね。今夜、電話させていただこうと思います」
「おう……」
めっちゃ綺麗なお辞儀をして、恋珠さんは嵐のように去って行った。
なんというか、只者ではない感じだ。
「れんたろー」
「マリナ先輩の言う通りでしたね……。あの子ヤベェ」
「ばっきゃろー!」
「痛い」
マリナ先輩が唐突に、俺をビンタしてきた。
そのまま胸ぐらを掴んでくる。
「なんで簡単に連絡先を教える! れんたろーはアホか? アホなんかぁ!」
「えぇ……」
「アイツが金持ちと繋がってたら、ヤベェのな? れんたろーの個人情報とか、あっさり特定されんぞ! 危ねぇのな?」
マリナ先輩は、本気で心配してくれてるようだ。
前の世界では連絡先の交換くらい普通のことだった。ただ、この世界での男子の振る舞いとしては危険なのか。
あれ、クラスの全員と連絡先を交換してしまったような……?
「他には教えてねぇよな?」
「いや、その……。クラスの全員と」
「ほーん? んぉ……? クラスの子、じゃなくて全員かよ!?」
マリナ先輩が、少し遅れて驚く。
「れんたろー、見境ないのなー。女なら誰でもいけんのな?」
「いやいや」
「……アタシは教えてもらってねぇーのにな?」
「マジですみません」
俺は急いでマリナ先輩と連絡先を交換した――
*
「無理! アレは反則ですよ!」
私は叫ぶ。
口説く対象があんなイケメンなんて聞いてない。
ちゃんと目も合わせられなかった。終始オドオドした対応をしてしまった。
「私って、男性にあんな弱かったんだ……」
理想の、アイドルみたいな存在を前に、私は陰キャまる出しのオタクだった。
一般的な男性相手ならいつも通り対応可能だったはず。けど、あまりにも好みどストライク過ぎて、嫌われないことしか頭になかった。
「尊い……!」
思い出すだけで踊り出したくなるくらいのイケメンだった。
身長もそれなりで、ルックスは完璧。性格も王子様みたいで最高だった。結婚したい。抱かれたい。むしろ抱きたい!
「あれ……? 私が
至極当然の疑問に気がつく。
「イケメンには勝てなかった……。お嬢様ごめんなさい。色んな意味で」
私は、お嬢様と彼を引き合わせるつもりだった。
けどそれは、過去の話。
自分のために、自分が結ばれるために、アピールするに決まっている。わざわざ、あのお嬢様に紹介なんてしてたまるか! と思う。
「今日はもうこの手を洗いません」
メイドとして失格な自覚はある。しかし、誰が責めることができようか?
だってイケメンと繋いだ手だもん。
洗わないに決まってる。
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