第7話 森川六花はやり直したい!

「ハッ! ここはどこ……?」


 私の意識が覚醒した。朝に弱すぎて、完全に目を覚ますのに時間がいる。

 どうやら教室にいるらしい。

 ほとんど無意識に支度して、登校しているのが私――森川六花だ。


「なんだ……。教室だった」


 なんか、すごいイケメンを口説いて断られる悪夢を見ていた気がする。

 現実にイケメンなんているわけないのに……。もちろん例外もある。アイドルとか、超高級ホストクラブとか行けばいる。

 私は15歳で未成年だから、ホストは行けない……。けど――


「今週もコンカフェに、執事コスの男の子とイチャイチャ……ぐふふ。でもそろそろおこずかいがピンチかも」


 私の家庭は恵まれている。

 上流階級というやつなのだろう。小さい頃から苦労をしたことがない。欲しい物は何でもすぐに手に入る。

 けれど、彼氏だけは、イケメンだけは、男子だけが手に入らない!

 この世界には男子が少なすぎる。そんな中でイケメンともなれば、一生のうちに出合うことすら不可能に近い。

 私は親からおこずかいをたくさん貰って、一週間に一回だけ、秘密の遊びをしている。それがコンセプトカフェ――通称コンカフェである。


「でもなぁ、執事服の男の子は最高だけど……イケメンではないんだよね」


 そう――コンカフェに行けば、執事コスをした男の子とイチャイチャできる。でもフツメン男子が基本で、イケメンは滅多にいない。

 イケメンなら、アイドルかホストになる方が儲かるから。そもそも数が少ないし。


「ふぇ……?」


 何気なく教室を見渡すと、クラスの女子がなにやら色めき立っている。

 その中心に、男子生徒がいた。


「い、いいい、イケメンすぎるぅうううううううう!」


 テレビでも見たことがない。

 どんな有名アイドルでも、売れっ子ホストでも、

 嫌味を感じない表情としぐさ、整った顔で綺麗な肌。艶やかな黒髪で、ウルフよりのヘアー、金メッシュが少し入っていて色気がヤバイ。

 制服にもシワとかが一切ない。着こなしまで完璧なスーパーイケメンだった。


「え、待って。私、やらかしてないよね?」


 さっきまで私は、だらしない姿だったはず。それを見られたりしてないよね?

 多分、あのスーパーイケメン君は、今年入学した唯一の男子生徒だろう。同じクラスなのはすごく幸運だと思う。

 問題なのは――


「なぁ、良かったら連絡先だけ交換しないか? 隣の席だしさ」

「え」


 私が苦悩していると、スーパーイケメン君がこっちに歩いて来る。

 唐突に連絡先を聞かれた。

 こ、これはナンパ!? 男子から女子に!? そんなことある!?


「と……な……り……?」


 冷静に彼の言葉を拾うと、せっかくだし隣の席だから交換しよう。つまり、私はこのスーパーイケメン君とお隣さんなのだ。

 もう、手遅れだった。


「うわああああああああああああああ! 見ないで、私のことを忘れてえええ!」


 もう一生出会えないようなイケメンに、知られた。

 あのだらしない姿を!

 もうヤダ。お家帰るぅ……。


「えーと……。一応、自己紹介すると、俺は百里蓮太郎だ。よろしく」

「わ、私は森川六花でしゅ」

「……でしゅ?」

「カハッ」


 噛んだ。緊張しすぎて噛んだ。もう死にたい。

 絶対気持ち悪いとか思われてるだろうなぁ……。泣きそう。

 もう一度、今日を最初からやり直したい!


「ハハ、悪い。馬鹿にする気はないんだ。俺も昔はそんな感じだったからさ、なんか親近感みたいなのあってな」

「え、蓮太郎君が……? まったく想像できない」

「女子に耐性ないんだよ実は……。けど、森川さんは話やすい気がする。それでどう? 連絡先、交換する?」

「するっ!」

「お、おう……」


 ぐわぁああああああ! 私、食いつきすぎぃいい!

 冷静になって森川六花!

 状況を考えるに、クラスの女子は全員交換してるっぽい。私は最後だ。


「クラスの子全員と交換したの?」

「あぁ、森川さんが最後だな」

「そっか……。そうだよね、私だらしないもんね、最後にするよね」

「いや、森川さんは一番美人だと思うぞ? それに俺は楽しみは最後まで

とっておくタイプだから、気にしないでくれ」

「え……」


 まって、イケメンなのに優しいんだけど。

 なんか心地いい下心をぶつけてくるんですけど……?

 励ますの上手い。なのにあざとくないし、様になってるし、チャラくもない。


「内面までつよつよ……?」


 コンカフェのキャストですら、ここまで自然に返答してこない。

 やっぱりどこか作り物っぽい違和感を覚える。でも、蓮太郎君は違う。本心から言っている気がするし、サラッと口説いてくる。


「いくら貢げば電話してくれますか?」

「ん?」

「ご、五万とかでどう? 毎日電話の相手してくれるだけでもいいから!」

「えぇ……。いや、クラスメイトにお金で買われるのは流石にちょっと……」

「だ、だ、だよねぇえええ!」


 もうダメだ。

 欲望まる出しで、ドン引きされている。金輪際、私に話しかけてくれないかも。

 でもでもだってぇ! こんなイケメンを前にして理性とか残るわけない!


「俺でよければ、無料で電話の相手くらいはするぞ」

「…………ほんとに?」

「え、あ、うん」


 本当に優しすぎる……。こんなイケメンで、どうやったらこう育つのか。

 家に帰ったらお母さんに、携帯会社から蓮太郎君の個人情報ゲットできないか聞いてみようそうしよう。

 この番号があれば可能なはず。最悪逆探知とかでいける。


「ゲットゲットゲット♪」


 私はガッツポーズをしながら、思わずそう唱えた。

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