私と契約して魔法少女に……②
「またかよ……」
私の近くにいた男性が呟く。
その人だけじゃない。
こちら側の応援席からは溜息や文句の声が聞こえてくる。
現在、試合は四回まで進んだ。
両チームの投手が奮闘して、まだ得点が入っていない。
試合展開だけ見れば、好ゲームだけど、球場が異様な雰囲気になっている理由は私にも分かる。
松谷さんは二打席連続で敬遠、まともに勝負してもらえていない。
「ねぇ、相手のチームのやっていることって反則じゃないの?」
気分が良くなかったので、河原君に質問してみる。
「文句を言いたい気持ちも分かるが、反則じゃない。松谷さんに勝てない、って判断しているなら、有効な手ではある」
河原君も不機嫌そうだった。
原因は松谷さんが敬遠されているからだけじゃない。
「それにしてもあの五番が駄目だ」
そんな声が聞こえて来た。
河原君は声のした方へ視線を向ける。
その表情は険しかった。
松谷さんの後を打つのは深田さんだ。
今日はまったく打てていない。
「有美、打ってくれ……」
河原君が真剣な声、表情でそう言う。
「そうだね」と私が返事をすると河原君は気まずそうだった。
「すまない。声に出た。…………俺はあいつほど努力するやつを知らない。だから、報われてほしい」
河原君は深田さんに熱い視線を向ける。
「うん、そうだね。松谷さんを敬遠したこと、後悔させてやらないと」
私がそう言うと河原君は「そうだな」と返す。
しかし、私たちの願いは届かず、この回も深田さんは打てなかった。
「あの五番がもう少しまともだったらなぁ」
再び、そんな声が聞こえてくる。
多分、さっきの人と同じ声だと思う。
河原君は睨むが、それ以上は何もなかった。
「私の友達のこと、これ以上、悪く言わないで。不愉快」
その声はとても冷たかった。
言ったのは私や河原君じゃない。
「岡崎さん?」
彼女は文句を言っていた男性に毅然と宣言した。
岡崎さんの冷たい言い方、周囲の視線に耐えられなくなった男性は逃げるように立ち去る。
「ありがとう」と河原君が岡崎さんにお礼を言う。
「別に。私は自分のやりたいようにしただけ」
「ねぇ、岡崎さんって深田さんと仲が良かったの?」
さっきの発言が気になって、私が確認すると、
「違う。でも、あの場はああ言うのが一番効率的だと思っただけ」
と岡崎さんは不愛想に答えた。
「そっか」
岡崎さんは感情を表に出さないけど、優しい人だということは良く分かった。
試合は両者無得点のまま最終回の七回を迎える。
「先頭打者の平内さんだ。今日の彼女は随分と調子がいい」
河原君の言う通り、平内は二本のヒットを放っている。
その内の一本はフェンスに直撃する長打だった。
「え?」
三度目の対決、強敵に対して、松谷さんはこの日、初めて笑った。
そして、大きく振り被る。
前の回よりも何と言うか、躍動感が増した気がした。
初球を投げた後、球場全体がどよめく。
多くの人がバックスクリーンの電光掲示板を指差していた。
そこには134㎞と表示されている。
「松谷さんは凄いな」と河原君が呟いた。
「ごめん、私には何が何だか……」
「プロアマ問わず、日本の女子野球界の歴史に130㎞超の球を投げる選手は一人もいなかった。さっきまでは」
河原君の言葉で松谷さんが何をしたか理解する。
「今、松谷さんが新しい歴史を作った、ってことだよね?」
私が確認するように言うと河原君は興奮気味に「ああ」と答えた。
「歴史を作る……」
それは選ばれた天才だけが許された領域。
私が諦めたもの……。
昨日まで気軽に話していた松谷さんがやっぱリ私とは違う世界の人だと認識させられた。
「でも、一球だけなら計測ミスの可能性も……」
などと言う観客の言葉を否定するように松谷さんが投げた二球目の球速は136㎞を記録する。
球場はさらにどよめいた。
「この試合、どんな結果になっても主人公は松谷さんだろう」
河原君はそう断言する。
強打者の平内さんが全く反応できていない。
「恐らく、松谷さんは三球勝負だ」
河原君の言う通り、平内さんは空振りする。
「やった!」と喜ぶ私とは裏腹に河原君は「駄目だ」と言う。
え?
だって、空振りしたじゃん。
そう思っていたら、観客が「振り逃げだ!」と叫んだ。
キャッチャーの下崎さんがボールを後ろへ逸らしてしまった。
そっか、キャッチャーが捕球できないとバッターのアウトは確定しないんだっけ。
三振だったはずなのに一塁にランナーが出てしまう。
一旦、松谷さんの周りにみんなが集まった。
気のせいかもしれないけど、松谷さんと下崎さんが言い争いをし、主将の深田さんが仲裁しているように見える。
嫌な雰囲気の作戦会議は終わって、選手たちがグラウンドへ散っていく。
その後の松谷さんは明らかにおかしかった。
球速は一気に10㎞くらい落ち、連打を浴びてしまう。
それでも深田さんのファインプレーがあり、一点だけで凌いだ。
七回裏、富田西高校の最後の攻撃。
一点を取れば延長戦、二点を取ればサヨナラ。
ランナーが一人出れば、松谷さんまで回る。
私たちの願いが届いた、と言うつもりは無いけど、ツーアウトからランナーが出たて、松谷さんに打席が回る。
ホームランなら、逆転が出来る。
「でも、ここまで三敬遠、今回も勝負してもらえないよね?」
私が意見すると河原君が、
「いや、もしかしたら、勝負するかもしれない。ランナー一塁の状況は相手も敬遠をしたくない。それに松谷さんは俊足だ。塁に出して、その後、長打を打たれたら、一塁からでもホームに戻って来れる。それは相手も避けたいはずだ」
と説明してくれた。
多摩桐青高校はタイムを取り、相手の選手たちがマウンドに集まる。
そして、ベンチから伝令が出された。
※ここから三人称視点。
「は? ここも敬遠なわけ?」
多摩桐青のエースで四番の平内はベンチからの伝令に文句を言う。
「か、監督の命令なんです」
作戦を伝えた一年生は平内は気圧された。
「亜希(平内の名前)、ここまで来たら、最後まで徹底しよう」
バッテリーを組むキャッチャーの辻田が言う。
「…………私たち明日の新聞、勝っても負けても悪者だね。投稿動画サイトには試合が晒されると思うよ」
「亜希……」と辻田は心配そうに言う。
「こんな声を出さなくても監督の命令には従う。合理的な勝利を求める監督の野球には賛成」
言いながら、平内は監督を睨みつける。
彼女は頭で分かっていても、感情を消化できなかった。
平内は全力で四球を投げた。
「フォアボール!」と審判が宣告すると球場は溜息と怒声に包まれる。
【長編】戦旗を掲げる魔法少女たち 羊光 @hituzihikari
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