第四話 私と契約して魔法少女に……①
「先生、ありがとうございます。車を出して頂いて…………」
「生徒会顧問として当然のことをしているだけですよ」
森山先生はそう言って、笑った。
現在、私たちは先生の車で野球部の試合が行われる県外の球場へ向かっている。
同乗者は生徒会メンバーの河原君、岡崎さん、高橋さん。
「ちょっと驚いたかも」
私は河原君へ話しかける。
「何が?」と河原君は返した。
「河原君が女子野球部の観戦に行っていたことがだよ」
「それはまぁ、有美の試合は全部見たいから…………」
河原君は少し恥ずかしそうに言う。
「有美、さん?」
「キャプテンの深田有美だよ」
「ああ……」
私は別クラスであまり接点の無かった深田さんの下の名前までは知らなかった。
「仲が良いの?」
「幼馴染で、小学校の頃は一緒に野球をしていた。俺は肩を壊して野球を辞めたけどな」
「そうだったんだ」
河原君が暗い表情になったので、それ以上は聞けない雰囲気になり、会話は終わってしまう。
岡崎さんは、我関せず、と言った様子でスマホを弄っているし、高橋さんは寝てしまった。
少しの間、車内は無言の空間になる。
すると森山先生が「そういえばですね……」と切り出し、流行りのドラマの話を始めた。
そのドラマを私と岡崎さんが見ていたので、会話が広がる。
森山先生のおかげで車内の雰囲気が良くなった。
「もうすぐで球場ですね」
しばらく、車を走らせた後、森山先生が言う。
その言葉通り、目的地の球場が見えてきた。
「車を止めてきますね。先に入っていてください」と森山先生は言い、私たちを球場の前で降ろしてくれた。
「じゃあ、行こうか」
森山先生に言われた通り、球場の中へ入る。
「人が結構いるね」と周りを見渡しながら、私は呟く。
両校の関係者だけじゃなくて、記者っぽい人たちもいる。
「決勝戦だし、注目選手二人の対決を見たいんだな」
野球の話になると再び河原君が話に加わった。
私は安心する。
河原君との会話が気まずい所で終わっちゃったけど、機嫌が悪くなったわけじゃないみたい。
「二人? 一人は松谷さんだよね? もう一人って誰なの?」
野球の最低限のルールくらいは知っているつもりだけど、注目選手まではチェックしていなかった。
「相手の多摩桐青高校の平内選手だよ。彼女は今年の夏の大会で松谷さんから決勝点を挙げている。それに松谷さんと同じエースで四番。松谷さんがいなかったら、平内世代と言われていたかもしれない」
そんな凄い人がいたんだ。
「でも、夏の大会では松谷さんが負けたのに、何で松谷さんの方が評価されているの?」
河原君に質問を続ける。
「チーム力の差が一番だと思う。多摩桐青は元々、全国制覇を何度もしている超強豪だ。対して、うちの高校は松谷さんが入って来るまでは一回戦敗退が当たり前の弱小校だった。だから、松谷さんの存在が目立った、ってわけだ」
なるほどね。
弱小校を全国クラスにした天才っていうのは話題にはしやすい。
「じゃあ、松谷さんと平内さんの実力はどっちが上だと思う?」
私の言葉に対し、河原君は黙り込む。
そして、十分に考えた上で、
「これはあくまで俺の個人的な意見として聞いて欲しいが……」
と河原君は念を押してから話し始める。
「投手としては松谷さんが上。打者としては平内さんが上だと思っている」
「そんなんだ」
「でも、野球はチーム戦、二人の能力だけじゃ決まらない」
私に集団競技の経験は無いけど、それくらいは分かる。
「そうだよね。あっ、ここから外に出れるみたい」
階段を上り、球場の内側へ出た。
グラウンドでは私たちの富田西高校が守備の練習をしているところだった。
「松谷さんはどこかな?」
姿を探すけど見当たらない。
「松谷さんなら、あそこ。ブルペン、っていう投球練習をするところ」
と河原君は指差した。
言われた方向を見ると松谷さんがいた。
「激励の言葉を掛けに行くか?」と河原君に提案されたが、「ううん、やめとく」と私は即答した。
遠目から見ても分かる。
松谷さんの雰囲気がいつもと違った。
試合前のピリピリした時間に水を差したくない。
「あれ? そういえば、岡崎さんと高橋さんがいなくなってる」
球場の内側へ着いたのは私と河原君だけだった。
「どこに行ったんだ? とりあえず、生徒会のグループチャットに俺たちの場所は送っておいた」
河原君がそう言ったので、私たちは席に着いて、みんなを待つことにした。
最初に合流したのは森山先生。
その後に岡崎さんが「飲み物を買っていた」と言い、戻ってきた。
「いつの間に居なくなっていたから、心配したよ。高橋さんは一緒じゃなかったの?」
岡崎さんに聞いてみるが、「一緒じゃない」と言われてしまった。
でも、試合開始前には高橋さんも戻って来る。
「遠すぎですぅ」という高橋さんはお菓子を買ってきた。
どうやらコンビニに行っていたようだ。
「なんだか、今年の生徒会は自由だな」
一年生の時から、一緒に生徒会に関わってきた河原君が苦笑しながら言う。
それはもしかして、
などと自虐的なことを思っていたら、サイレンが鳴った。
そして、試合が始まる。
先攻は多摩桐青。
松谷さんがマウンドに上がった。
「すご……」と私は思わず呟く。
素人の私でも松谷さんが異次元の選手だとすぐに理解する。
初回、松谷さんが投げたのは九球。
その九球で相手の打者を三者連続三振にしてしまった。
それなのに松谷さんはニコリともしない。
普段は隙だらけで、決める時は決める。
そのギャップがあるから男女から人気があるのかな、など思った。
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