メリーさんの電話ごっこ

青色

第1話

 メリーさん。都市伝説の一種である。概要としてはある女の子が古い人形『メリー』を捨てた日の夜、電話がかかってくるというものだった。


「あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」


 その台詞の後、しばらく電話がかかってくる。どんどんそれは女の子の居場所に近付いていき最後に。


「あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


 その言葉でこの話は締められる。

 この話、一見怖い話のように思えるけれど、幽霊と会話できるという部分がどうにも面白く感じてしまう。他の都市伝説、怖い話、というのは大抵会話ができないものなのだ。

 白い服を着た女が無言でこちらを見つめている。

 無言で追いかけてくる。

 同じような言葉を繰り返し呟く。

 このように、会話が出来てしまう幽霊というのは、創作上かなり珍しい。

 会話ができる。話が通じてしまうというのは、怖さを半減させてしまう要因となりえるのだ。

 だってそうだろう?

 人間だって、会話が通じない相手の方がよっぽど怖く感じるじゃないか。

 ちなみに、この話はその女の子の後ろにメリーさんが現れたところで話が終わってしまう。

 その先は様々な説があり、振り向いたら殺されるというのがもっともメジャーなものだろうか。

 でも、思うのだ。会話が通じるということは、意外と、謝れば許してもらえるんじゃないのかって。

 捨てたのは間違いだった。本当は、置いていく気なんてなかった、ごめんなさい。そう言えたなら、悲劇は起きないんじゃないか。

 そう思ってしまうのは、僕の頭がお花畑だからなのだろうか。

 それはどちらでもいいか。

 何故急に、僕が『メリーさん』について語り出したのかと言えば、まあ、その電話が来たのだ。

 

「私メリーさん。今〇〇駅にいるの」


 その創作のような電話が今まさに、僕に届いたのだ。


 大学生となって、慣れない環境に身を投じてしばらくが経った。ようやく、夏休みだ。始めは苦労したものだけれどなんだかんだ自由に講義を受けられるというのは慣れれば楽だった。

 始めは物凄く嫌だったなあ。

 そもそも、履修登録がよくわからなかった。

 大学一年生の履修登録はもっと長くしてくれてもいいんじゃないだろうか。変なトラブルで留年するとか嫌だし。

 それと、大学生になって初めて一人暮らしをしたのだが、それがまた大変だった。

 ご飯も始めは気合を入れて自炊していたのだが、今じゃもうコンビニ飯しか食べていない。

 作るのは楽しいのだが、皿洗いが面倒だった。

 掃除は苦手。

 でも、汚いのもそれはそれで嫌だ。

 ルンバが百台欲しい。家事手伝いをしてくれるロボットが欲しい。

 それにもう一つ、これが一番不安なことなのだが、彼女と離れ離れになってしまったのが、不安。

 彼女は僕とは別の大学に行ってしまった。というか、頭が良すぎて僕じゃ同じ学校に行けなかったというのが正しい。

 一応頑張ったんだけれど、それでも足りなかった。

 もっと、中学、高校と勉強しておけばよかったとそのとき初めて後悔した。

 一応、たまに連絡はしている。忘れられていないか不安だ。

 案外あっさり、他に好きな人ができたからと離れていくんじゃないかとさえ思う。

 ……こんなこと考えるのはよそうか。

 なんで夏休み初日の早朝にこんなこと考えているんだろう。もっと、明るいことを考えようじゃないか。


「……いや、こんな状況で明るいことなんて考えてられないか」


 部屋を見渡す。それなりにゴミがあった。

 コンビニ弁当の残骸。空のペットボトル。

 

「よしっ掃除するか!」


 僕は、立ち上がり、自分の頬を叩いて気合を入れる。

 立ち上がったときに、ペットボトルがカランと転がる音がした。


「夏休みの間、理芽を呼ぶのにこんなんじゃあ愛想をつかされまう」

 

 まあ、まだ連絡すら入れていないのだけれど。

 理芽というのは僕の彼女の名前だ。

 高校二年のとき、僕から告白した。

 理芽は頭が良くて、見た目も良かったから、告白されることはよくあったみたいだった。しかし理芽はその告白の返事を、大体『無理』の一言で終わらせるという噂があるようで……、高嶺すぎる花だった。

 『ごめん』でも、『他に好きな人がいる』でもなく、『無理』だ。

 心へし折れるだろそんなの。

 なんで、僕の告白を受け入れてくれたのかはよくわからない。

 だから、不安なのだ。

 あっさり、他の人のところへ行ってしまうんじゃないのかって。

 まあ、そうなっても、僕は文句なんか言えないんだけれど。

 ひとまず、ゴミをゴミ袋にまとめる。この前捨てるタイミングを逃してしまったから、前のゴミ袋も忘れずに持って行こう。


「やべっ時間ギリギリじゃん」


 時刻は八時。大体六時から八時の間で出せればいいから、本当にギリギリだ。

 マンションの部屋の扉を開けて、階段を降りる。

 それなりに、量があるからそれだけでも運動になりそうだった。

 ゴミ置き場にゴミを置く。置いてすぐに、ゴミ回収車がやってきた。

 ……本当にギリギリだった。

 一応、これで一安心。

 そんな風に安心している中。

 

「ん?」


 早朝から、大きな荷物を運んでいるおばあさんを発見。

 風呂敷だ。凄え、初めてみた。


「ばあちゃん。おはよう。そんな大きな荷物どうしたの?」


 僕は、近づいてそのおばあさんに話しかけてみた。

 なんか気になるし。


「ん? あら、おはよう。これかい?」


 おばあさんは立ち止まる。


「これはねえ、ご飯よご飯。孫のご飯いつも作って持って行ってあげてるのよお」

「へえ、そうなんだ。どこまで運ぶの?」

「あそこのマンションよ」

「ああ、僕もそのマンションに住んでるよ」

「そうなのかい?」

「ばあちゃんそれ大変だろうから僕持つよ」

「いいのかい? 重いよ?」

「まあ、大丈夫大丈夫。男だし」

「そうかい、じゃあ頼もうかなあ」


 僕はその荷物を受け取る。

 重っ!

 嘘だろなんだこれ。食べ物だろ? なんでこんなに重いんだよ。

 どんだけ食うんだその孫!

 

「じゃあ、行こうか」

「う、うん、そうだね」


 ばあちゃん歩くの早いな。本当に重かっただけか。元気良すぎるだろ。

 いや、歩く距離少なくて助かったなあ。

 階段はかなりきついけれど。

 

「この部屋だよ」

「ここかあ」

 

 ここは二〇三号室。

 ここにいる人って、あの暗い印象の女性がいる部屋だった気がする。最近になってようやく挨拶を返してくれるようになった。


「志乃ちゃん。おばあちゃんが来たよ」

「あの、ばあちゃん。インターホン押さないと聞こえないんじゃ」

「ああ、そうだった。そうだった」

「大丈夫なのか、ばあちゃん……」


 もう、インターホンって昭和にはあったでしょ。

 ばあちゃんはインターホンを押す。


「あ、おばあちゃんおはよう。いつもありがと……って誰!?」

「アハハ、どうも」

「え? え?」


 大困惑だった。というか、ちょっとショックだぞ。毎回挨拶してたのに……。挨拶を返してくれるようになったのは本当にただの気分だったのか……。

 

「この人はね。荷物を持ってくれた人なの。優しいわよねえ」

「あっ、そ、そうなんですか。すみません失礼なことを」

「いやいや、全然大丈夫です。えっと、これどこに置けばいいですか?」

「あっその、そこに置いて頂ければ……」


 彼女は土間を上がったすぐそこの廊下を指差す。


「え? 大丈夫ですか。結構重いですけど」

「だ、大丈夫です」

「そうですか」


 僕は指を差された場所にそれを置く。

 ドスンと音が鳴った。

 

「じゃあ、僕はこれでお邪魔します」

「あら、いいの? 上がっていかなくて」

「いや、それは流石に迷惑でしょうし」

「志乃も、そろそろお友達とか作りたいでしょ」

「おばあちゃん余計なこと言わないで!」

「アハハ、まあ遠慮しておきます。僕彼女、いますし」

「……リア充爆発しろ」

「え?」

 

 凄い、急に牙をむかれたんだけど。

 

「あら、そうだったの? それじゃあよくないねえ」

「はい、じゃあまた、もし見かけたら頼って下さいね」

「ありがとうねえ」

「あ、ありがとうございました」


 二人は手を振って、僕を見送った。なんか、個性的な人達だったなあ。

 僕は自分の部屋に帰った。部屋番号は三〇三号室。

 そして、靴を脱ぎ、廊下に足を踏み入れる。

 その瞬間。

 電話が鳴った。非通知だった。僕は何故か、いつもはそんな電話でないのにそのときに限って、出てしまった。


「はい、もしもし……」

「私メリーさん。今○○駅にいるの」

「はい?」

「私メリーさん。今駅をでたわ」

「いや、あの、どなたですか」

「私メリーさん」


 メリーさんらしい。メリーさんってあのメリーさんか。

 僕は、黙って電話を切った。

 こんな明るい時間になんでそんな電話がくるんだよ。

 いたずらだとしても、もっとこう、時間帯を気にすべきじゃないのか。


「……掃除するか」


 僕はそれを放っておいて、掃除を始めた。ひとまず、大学の書類でいらないものからまとめてしまおう。

 また、電話が鳴った。


「私メリーさん。今コンビニにいるの」

「あ、そうですか……」


 なんで、僕は出てしまったんだ。


「いや、あのいたずらですか?」

「私メリーさん、何か欲しい飲みものとか、ある?」

「えっと、コーヒーのブラック。じゃなくて、え? なんなのこれ」

「私メリーさん、わかったわ」


 電話が切れた。そっちから切るのかよ。


「なんなんだ……」


 その後も、しばらく電話が続いた。というか、どんどん近づいているように思う。

 

「私メリーさん。今あなたのマンションの一階にいるの」

「なんで僕のマンション知ってるんだよ!」

「私メリーさん。今一〇一号室前にいるの」

「え? 話聞いてくれない?」

「私メリーさん。今一〇二号室前にいるの」

「一々伝えてくるのはやめろ! というか、来るなら直接こいよ。なんで遠回りしてくるんだ」

「私メリーさん。メリーさんは遠回りするものよ」

「そう言う話だっけ?」

「私メリーさん。そんなもの知らないわ」

 

 電話が切れた。

 適当なメリーさんだった。でも、近づいてきているのは確か。

 僕は、背中を壁につけた。

 また、携帯が鳴った。


「私メリーさん。今階段を上がっているわ」

「あの、電話を切るのやめない?」

「私メリーさん。メリーさんは電話を切るのよ」

「電話を切るのはどちらかというと僕の役目だ」

「私メリーさん。今二○一号室前にいるの」

「また、始まった! やめてくれよそれ、頭おかしくなる」

「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」

「え!?」


 僕は後ろを振り替える。壁だった。


「私メリーさん。それは嘘よ」

「なんのための嘘だよ」

「私メリーさん。だってあなたの後ろは壁だもの」


 ばれていた。普通に怖い。

 電話が切れた。

 次は出ないようにしよう。電話が鳴った。着信拒否ボタンを押す。電話が鳴った。着信拒否ボタンを押す。電話が鳴った……。

 ああ、もううるさい!

 

「もしもし? しつこいんだけど!」

「あの、あなたの部屋番号いくつだったかしら」

「あれ? すみませんどなたです?」

「私メリーさん」

「お前かよ!」

「私メリーさん。部屋番号何番だったかしら」

「なんで教えないといけないんだよ」

「私メリーさん。じゃあ片っ端からインターホンを鳴らしていくわ。二○一号室から」

「迷惑になるからやめろ! 三〇三号室だよ」


 つい、教えてしまった。


「私メリーさん。二〇二号室前にいるの」

「もう、面倒くさいからさっさとくるならこいよ」

「私メリーさん。二○三号室から出てきたおばあさんに変な目で見られたわ」

「そりゃそうだろうが」


 というかもうお化けじゃないじゃんそれ。人だったら余計怖いわ。一体誰なんだよこの人。

 

「ハアハア……私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの」

「急に近づいてきたな。というか絶対走ってきただろ」

「私メリーさん。鍵を開けてちょうだい」

「なんでよ」

「私メリーさん。入れないからよ」

「入るなよ」

「いいから、開けなさい」

「はい」

 

 つい、従ってしまった。というか、この喋り方聞き覚えが……。


「私メリーさん。後ろを向きなさい」

「もう、わかったよ……」


 後ろを向くと、ガチャリと扉が開く音が聞こえる。


「私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


 僕の視界が手で塞がれる。

 ……全く連絡くらいよこしてくれよ。


「久し振りね」

「久し振り、理芽」

「サプライズよ」

「とんでもないサプライズだね。わざわざ非通知でかけてくるとか、僕が切っていたらどうするつもりだったの」

「切らないであろうタイミングでかけたのよ」

「なんだその特殊能力は!」


 メリーさんの正体は理芽だった。


「なあ、理芽。ちょっとだけ待っていてくれないか」

「嫌よ」

「嫌、あの、部屋散らかっているから」

「あなたの匂いがするからそのままでいいわ」

「なんだその変態的な言葉」


 理芽は僕の匂いを嗅ぐ。

 さっきまで掃除をしていたからいい匂いではないと思うけれど。


「……他の女の匂いがするわ」

「え?」

「あなた、私がいない間にやりやがったわね。万死に値するわ」

「痛い痛い痛い痛い!」

 

 首を思いきり噛まれた。本当に思いきり。吸血鬼かよ。


「いや、あの、人助けしてたんだよ」

「またそんなことしてるのね」

「またってそんなにしてないけど」

「人が困っているから助けるなんて今時そんな人いないのよ」

「そうかなあ」

「まあ、そういうところが好きなんだけれど」

「おおう……」


 珍しくデレたな。珍しくも無いか。割とこの子はストレート。


「僕が浮気するなんてことはないよ」

「どうだか」

「なんでそんなに疑われてるのかわからないけれど、そもそも僕モテないし」

「それはそうね」

「そうだね……」


 そこをストレートに言われるとそれはそれでなんか違うじゃん。


「私にだけモテとけばいいのよ」

「あっそう……というか、僕としてはそっちが不安だったんだけど、他の人のところに行かないか」

「そんなこと思っていたのね。万死に値するわ」

「痛いって!」


 この気に食わないことがあると噛む癖どうにかしてくれよ。

 おかげで首の痕を隠すために髪を伸ばすことになった。

 ……最近はそんなこともないから切ったんだけれど。また、伸ばさないと……。


「あの、なんで急にきたの?」

「きちゃまずいことがあるのかしら。やっぱり」

「いや、ないけど。忙しいんじゃないの」

「会いたかったから会って何が悪いのよ」


 そう言われると弱い。


「というか、私はあなたの方から連絡がくるものだと思って楽しみにしていたのに、夏休みに入ってすぐ、あなたなんの連絡も入れてこなかったじゃない」

「いや、だから忙しいと思って」

「忙しくても連絡しなさいよ」

「そうですか……すみません」


 あなたの言うことが全て正しいです。不安になっていた自分が馬鹿らしい。


「まあ、わかった。とりあえず上がってくれ」

「お邪魔するわ」

「あの、そろそろ離れてもらえると」

「匂いを上書きしているのよ」

「そんなに匂いついてないと思うけど」

「メスの匂いがついているわ」

「なんでそんな言い方するんだよ!」

「若いのと、あの老人の二つね……」


 僕の彼女は警察犬なのかもしれない。そこまで大切に思われているとはね。

 ここでふと、あることが気になった。


「あの、単純に疑問なんだけど、僕の告白を受け入れたのはなんで」

「好きだったからに決まってるじゃない」

「え?」

「何よ、その反応」

「僕を?」

「あなた以外に誰がいるのよ」

「いや、だって他の人のとき、とんでもない断り方していたじゃないか」

「あれは本音を言っただけよ」

「そうですか……」


 まあ、確かにそうなんだろう。

 僕たちはリビングまで歩く。

 

「私メリーさん。今、あなたのそばにいるの」

「まだ、続けるんだ。というか、なんでメリーさん」

「主人に捨てられた人形という点で一緒だったからよ」

「僕は別に捨ててない」

「ふーん」


 理芽は僕の背中に抱き着く。

 ようするに、理芽もまた、不安だったのだ。

 だから、こんなことをした。悪いことをしたなあ。

 今回は、理芽の方から来てくれたけれど。

 メリーさんもまた、持ち主とこうして話せたら、幸せになれたんだろうか。

 僕はきっとなれるはずだと思っている。

 あの創作の良いところはオチが決まっていないことだから。

 もし、そのときに持ち主がメリーさんに謝れたのなら、それはハッピーエンドで終わったはずだ。

 だから、僕は会いに来てくれたメリーさんに、理芽にしっかりとそれを言おうと思う。


「ごめんね。不安にさせて、変わらず理芽のこと、好きだよ」

「私も、好きよ」


 振り向いたときに見える理芽の顔は笑顔だった。

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