第17話 子ねずみと歩む日常
魔導生物の製作は、驚くほど急ピッチで進められた。
シロウの要請を受けた学園長の呼びかけによって全校集会よろしく集められた学生達の前で、シロウは平身低頭の姿勢で協力を頼んだ。
男性に頭を下げてお願いされるという驚天動地の事態に直面した生徒達の発奮具合は天にも届かんばかりで。彼女達は猛烈な勢いですぐさま必要となる素材を集めてみせた。
「うわ、もう集まったの!? みんな、手伝ってくれてありがとう! けど大変だったんじゃない?」
「いやいやいや! シロウ君の役に立てるなら私達は本望だから! これからも困ったら何でも頼んでくれていいからね! まずは私達生徒会に! ね!?」
「そうだよ! あたし達、シロウ君のためなら何でもするから!」
「あ、えっと……。こ、困ったらまたお願いする、かも?」
学生達を代表して教室まで素材を届けに来た生徒会の少女たちにシロウは感謝の意を告げる。少女たちはキャーキャーと黄色い歓声を上げながら何度も振り返っては手を振りつつ去っていった。
後に残されたシロウは少女達の熱量に当てられて呆然と立ちすくむ。
「み、みんな凄い勢いだったな……」
「そりゃあそうだよ。私達みたいな一般人が男性に頼まれ事をされるなんて普通は有り得ない事だもの」
「ねー。そもそも本来は会話する機会がないというか、同じ空間に居るってだけでとんでもない事なんだから」
「そうそう。男性の役に立ったなんて一生の自慢になるよ」
「だよねー」
耳聡くシロウの呟きを拾って教室の中から少女たちが騒ぎ立てる。その様子は楽し気で、以前のような男性を前にした緊張感はさほど見られない。
どうやら、シロウが不在の間に彼女たちにも思うところがあったらしい。そして今回のシロウからの頼まれ事を通じて、幾分か心の距離が近づいたように感じる。
その事はシロウからしても僥倖と言えるだろう。いつまでも遠巻きに扱われるのはシロウの本意では無かったのだから。
「クサカ君、これで必要な材料は全部揃ったみたいだよ!」
「お、ありがとコペ。確認助かるよ」
「おぅおぅ、張り切ってますなあ。シロウ君が帰ってきてくれたからってコペは現金だね、ぷふー」
「も、もう! ナツキちゃんだってそうでしょ!」
「アタシはいつも通りだし~」
魔導生物学の教本に描かれた図解と集まった素材を見比べながら、太鼓判を押すコペを弄って遊ぶナツキ。相変わらずの光景を眺めながらシロウは笑った。やはり日常は良いものだ。
「よし、じゃあ早速取り掛かるとしようかな。セリナ先生、お願いします!」
「はぁい。それじゃあ行きましょうか~」
「行ってらっしゃい、クサカ君」
「コペが寂しがるから、早く帰ってきてね~」
教室の仲間たちに手を振ってから、シロウはおっとり笑顔で歩くセリナ先生の後をついていく。普段から何かとぽわぽわした先生だが、どういう訳かシロウが帰ってきてからは更に柔らかな雰囲気をまとっているように思える。シロウは元々彼女のそうした温かな空気感が好きなので、好ましい変化として内心で大変に喜んでいた。
「うふふ。先生、とっても嬉しいわ」
「え? なんですか?」
「だって、シロウ君にとって此処は大事な場所なんだって事が分かったんだもの。……わざわざ、学園のみんなにお手伝いを頼んだのは、天上の方々に少しでも良い印象を覚えてもらうため、でしょう?」
「う。……分かりますか?」
図星を突かれた気まずさに、シロウは頭を掻いて応えた。学園の皆の協力で造り上げた魔導生物が天上で役に立てば、ちょっとは地上人への印象も変わるかなと考えていた事は確かだ。
とはいえ、どちらにせよ誰かに手伝ってもらわなければシロウ一人では何も出来ないのだ。学園の皆の手伝いで助けてもらったのはシロウの方なので、良い事をしたように言われると何とも座りが悪い。
「……ふふ。とっても良い子ね。良い子、良い子」
「おわっ」
頭を撫で撫で。
ふわりとした優しい手つきに思わず全身の力が抜けそうになったが、あちこちから突き刺さる視線によって、ここが衆目に囲まれた廊下だという事をかろうじて思い出してギリギリの所でシロウは正気に戻った。
「は、恥ずかしいからその辺にしといてください」
「あらあら。ごめんなさいね、ふふ」
思わずといった具合で顔を紅潮させるシロウを眺めて満足したのか、くすくすと含み笑いをこぼしながらセリナは手を離した。シロウは気恥ずかしさを紛らわすようにそっぽを向くが、その初々しい反応がまた彼女にとっては可愛らしく見えるのだろう。微笑みが一層深くなる。
「あ! そ、そうだ。俺、スツーカ呼んできますね。セリナ先生は先に行っていてください」
「ええ、分かりました。それじゃあ先生は先に行っているわね。道は分かるかしら?」
「大丈夫っす!」
言うや否や、周囲の視線が追いすがるのも気にせずにシロウは照れ臭そうに速足でその場を離れる。
のちに生徒達の間で『少年の好みは年上で包容力のあるタイプ』というまことしやかな噂が流れる数日前の出来事であった。
「あの、スツーカ居るかな?」
「あ、はい! すぐ呼んできますね!」
そうしてスツーカの教室にやってきたシロウは目に付いた生徒に声をかける。少女は唐突に現れたシロウに驚きながらも、何やら訳知り顔で対応した。
見回してみると、この教室の生徒達は何処か他の学生とはシロウを見る眼差しの種類が異なるような気がする。何処となく生暖かいというか、何かを期待するような。
そうなった理由に、少年は心当たりがあった。
考えている内に、ぱたぱたと少女の足音が近づいてくる。
「あ、あの…お待たせしました」
「やあ、スツーカ。これから例の物を作る予定なんだけど、良ければ付き合ってくれないかな」
「あ、う、うん!」
誘われて嬉しいのか、心なし明るい声でスツーカが隣に並ぶ。その様子を固唾を飲んで眺めていた教室の生徒達が手を取り合ってきゃあきゃあと沸く。
そう。どうやら、少女達はシロウとスツーカの関係性に何やら憧れているらしいのだ。
発端は先日の学園前での出来事。あの時、少女が意を決して天上人に切った啖呵。それは、教室の中で声を潜めてじっと成り行きを窺っていた生徒達の耳にも届いた。
その後の少年の台詞までは流石に聞こえなかったはずだが、何故かシロウが「スツーカが居るこの学園に居たい」という旨の発言をした事実は、知らぬ間に背びれ尾びれをつけて生徒達の間で広まっていた。
結果として。少女たちの間でスツーカは、シロウを学園に引き留めた少女として一目置かれる事となったのだ。加えて、少女に対してことさら親し気に接するシロウの距離感の近さが少女たちの興奮の度合いを上げる。
今や、スツーカとシロウの取り合わせは、その一挙一動が注目の的となっているのだ。
そうしてセリナ先生の指導の下、シロウは初めての魔導生物の創造を無事に成功させ。その後すぐに現れた天上人達に彼を引き渡すと、一仕事終えた心地好い疲労感と共に帰宅の途についた。
「あ、あの。無事に完成して、良かった、ですね」
「ん? ああ、シロウMarkⅡのことか。魔術を扱う感覚はあっちの人達に教えてもらったからね。思ったより簡単に出来たよ」
あっち、と言いながらシロウは夕焼けに染まる空を見上げて。釣られたようにスツーカも顔を上に向けると、少しだけ時間を置いてから言葉を発した。
「わ、私は。……寂しかったです。シロウさんが、居ない間」
「ごめんね。思ったより時間がかかってさ。本当は、その日の内に帰るつもりだったんだけど」
「い、いいんです。こうして、帰ってきてくれました、から」
言い終わると、シロウの横顔を控え目に見つめてスツーカは静かに微笑んだ。
透き通るような表情。何となく言葉に詰まって少年は空に視線を戻した。
空の向こうには、目には見えない天上の世界が広がっている。
其処には防人たる天上の民が住まい、人知れず世界の敵から世界を護っている。
その一欠けらである二人組と、先ほど少年は別れの挨拶を済ませた。
もう、少年に空を飛ぶ魔力は無い。
少年に宿る力の大半は与えられし使命と共に少年から分かたれて、今はもう遠く雲の上だ。
それでいい。少年の願いは、英雄になる事ではないのだから。
これからも楽しく日々を過ごせる事を祈りつつ、少年は歩いて行くのだった。
それはそれとして。
実は、少年の脳裏には一つのちょっとした謎が残されていた。
この世界に来て、世界の形を知り、そうしてふと気になった、ささいな疑問。
男性は天上に住まい女性は大地に繁栄しているこの世界において、異世界人のシロウとしてはある意味で当然の疑問だが。しかし、何となく下世話な気がして異性相手には聞き辛く、かといって同性には聞きそびれてしまった。
隣を歩くスツーカの横顔をちらりと覗き見て、少年は不思議そうに首を傾げる。
(この子たち、一体どうやって産まれてくるんだろ?)
そんなふとした疑問が大きな騒動を引き起こす事になるのは、もう少し先の話である。
☆☆☆☆
「子ねずみ達に捧ぐ~ふと迷い込んだ異世界では俺の価値は天井知らずらしい~」
第一章はこれにて完結です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
拙作を楽しんでいただけましたら光栄の至りです!
いったん登場人物紹介を挟んでから第二章を開始したいと思いますので、引き続きお付き合いいただけると幸いです。
フォロー、♡応援、★レビューを頂けると作者のモチベも爆上がりなので、そちらもよろしければお願いいたします。泣いて喜びます。
他の作品も、是非よろしくお願いします。
「悪役転生に憧れて!~最強無双のぽんこつ奴隷、悪役街道いざ往かん~」
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