第16話 天上人と追加戦士

 それから一週間の後。

 天上の園を歩くオニキスとトパーズの後ろにひたと付き従う人影があった。

 前を歩くトパーズが後頭部に手を当てて愚痴を垂れる。


「あーあ。結局、シロウは地上の生活に戻っちゃったね。せっかく楽しくなると思ったんだけどなあ」

「仕方あるまい。彼には彼の優先すべきものがあったというだけの事だ。我々が主から与えられし使命を優先するようにな。第一、新たな防人は増えたのだ。変化はあったろう」

「そうだけどさあ……。増えたって言っても……」


 トパーズがちらりと後方を振り向く。そこに居たのは。


「ドウモ。シロウMarkⅡデス。ヨロシクオネガイシマス」

「……これだよ?」

「…………」


 そこに立っているのは、どことなくシロウを模したような人間体の魔導生物だった。

 彼――シロウMarkⅡは視線に反応したのか妙な片言で元気良く挨拶しながら、二人の後をついて歩いている。



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「え、シロウの代わりに魔導生物を?」


 唐突なシロウの提案に、思わずトパーズが聞き返す。


「うん。俺は地上で過ごす予定だから防人にはなれないけどさ。そうは言っても悪い存在から世界を護る仕事も大事だし、せめて少しでも力になれないかなって考えたんだ。それで、俺の代わりに戦ってくれる魔導生物を作ればどうかなって」


「なるほど。それで、シロウの力を込めた魔導生物を天上の園に置いて防人にしようって事か」

「そうそう。どうかな、このアイデア!これなら俺は今まで通り暮らせるし、天上の人達も助かるよね?」


 少年はさも名案を閃いたとばかりに顔をキラキラと輝かせる。確かに、戦場に出るのは必ずしもシロウ本人で無くてもいいのかもしれない。しかし。


「そうは言うけどさ。シロウ、君魔導生物の作り方なんて知ってるの?」

「あ、いや。一応何かの授業で習った覚えはあるんだけど、詳しくはその……あはは」

「はあ。それでよくそんな提案なんて出来たね」


 笑って誤魔化すシロウに白い目を向けて、トパーズはため息をこぼした。思いつきだけで計画性が無い。これでは見切り発車も良い所だ。


「い、いや。授業で教えるくらいだから、皆に手伝ってもらえば案外さくっと出来るんじゃないかなーって」

「君って結構適当というか、能天気だよね」

「うっ」


 図星を突かれてシロウが呻く。どうやら本人にも考え無しの自覚はあるらしい。

 呆れたような視線を浮かべながらも、仕方なしといった様子でトパーズは助け船を出した。


「……まあ、実を言うと魔導生物の創造自体はそう難しい事じゃないんだ。作るのに特別な素材も要らないし、大事なのは作り手の強い意思と何よりも込める魔力量だからね」


 魔導生物の性能は制作者の魔力量に大きく左右される。才能の無い魔導師から優秀な魔導生物は決して生まれないし、逆に言えば仮に幼子からであっても膨大な魔力さえ秘めていれば強力な魔導生物が生まれ得る。


 そういう意味では、シロウが作る魔導生物の性能は推して知るべしである。


「だから、作るだけなら地上でもすぐに完成するだろうけどさ」

「何か問題があるかな?」

「んー、問題と言えるかは分からないけど。シロウは、その魔導生物に魔力をどの程度分け与えるつもりなの?」

「え?」


 首を捻るシロウ。


「いくら君の魔力が膨大だと言っても、汲めども尽きぬ泉って訳じゃないからね。シロウの代わりになるような魔導生物を作ろうと思ったら、相当な魔力を分け与えなければならない。きっと君自身が扱える力の桁は大きく制限される事になるだろう。それこそ、地上人の水準にまで落ち込むはずだよ」


 それでもいいのかい、とトパーズは告げてくる。シロウを案じての言葉は有難くあったが、返事は既に決まっていた。


「いいんだ。そもそも俺みたいなのに大それた力があるのが間違いだと思う。だから、防人の役に立つようにしたいんだ」

「シロウ……」

「と、いう訳で。スツーカ、良かったらなんだけど手伝ってくれないかな?」

「ひゃ、ひゃいっ」


 急に話を振られて、黙り込んでいた少女は慌てて返事をする。その意識は先ほどから少年に握られたままの自分の手に向けられており、正直なところ二人の話は耳に入っていなかった。あわあわと挙動不審に周囲を見回すスツーカの手を引いて、シロウは校舎に入っていく。


「はあ。一体どんなのが出来る事やら」

「ふ」

「……何だか珍しくご機嫌だね?」

「……我々も戻るぞ」

「りょうかーい」


 オニキスとトパーズは学園へと帰っていく二人の背を見送ると、自分達も空を駆けて天上に戻っていった。



 -------------


「それで、まさか出来上がったのがこれとはねえ」

「シロウMarkⅡノ スペックニ ナニカ モンダイ デモ?」


 怪訝な物を見るような目線に反応してシロウMarkⅡが疑問を返す。元来、魔導生物には魂や自我が存在しない。にも関わらずこの魔導生物の反応は心なしか不服そうに見える。


「ないない、問題はないよ。なんたって君の実力は折り紙付きだし。……それにしても、この子なんで喋るんだろう」

「クサカ殿がそのように創造したからだ。彼にとっては己の分身のような存在だ。会話が出来た方が自然と考えたのだろう」

「ふーん。でもその割には何ていうか、言葉がぎこちなくない? もっとスムーズに話せるようにしたら良かったのに」


 魔導生物の姿形は、製作者の空想がそのまま原型となる。トパーズ達は知らない事だが、当初シロウは学園の生徒達に協力を仰ぎ一丸となって集めてもらった素材を元に、有り余る魔力を行使して流暢に話す自分そっくりの人形を作った。


 しかし、実際に目の前で自分と瓜二つの存在がぺらぺらと喋り倒す姿を目の当たりにしたシロウは「なんかキモい」と言って微妙に作り変えてしまったのだ。その一部始終を隣で見ていたスツーカは、変えてしまうくらいなら欲しいと喉元まで出かかった言葉をぐっと抑えたとか。


「シロウMarkⅡハ パーフェクト デス。 ワルモノ ゼンブ タオシマス。トパーズサン。バトルハ マダデスカ」

「何故か妙に好戦的だし」

「それは都合が良いだろう。何しろ、シロウマークツウ殿はその為に造られたのだから」

「……その呼び方止めない? なんか面白いから」

「……?」


怪訝そうな表情を浮かべたオニキスにトパーズは肩を竦める。そんな事よりもトパーズは彼に聞いてみたい事があった。


「ま、いいけどね。それより、ちょっと聞いてもいい?」

「なんだ」

「地上での事。オニキスがあんなに物分かりがいいなんて正直意外だったからさ。まさか、あの地上人に絆されたなんて言わないよね」


トパーズの探るような視線がオニキスへと向けられる。たかが地上人ひとりに圧し負けたのではあるまいか。返答次第では納得しないであろう強硬な雰囲気を感じ取り、オニキスはどう伝えるべきか少しだけ思案してから口を開いた。


「それこそまさかだ。私はただ――」

「ただ?」

「――ただ、私たち男は主によって世界の防人として生み出された存在。故に、その役目を果たす事に疑問など持つ事は無い。……しかし、一人くらい、使命のくびきから解き放たれて自由に生きる者が居てもいいのでは、と思ったまでだ」

「ふーん。よく分かんないや」


それきりトパーズの興味は失われたようで、シロウMarkⅡの頬をぶにぶにと突いて戯れている。確認のために訊ねはしたが、本来彼にとってはあまり関心の無い事柄なのだろう。

彼らを放っておいて、オニキスは地上が見える崖端へと歩を進める。


「――君がこの先どう生きるか。楽しみにさせてもらおう」


オニキスはいつの日かのように下界を見下ろすと、期待を込めて呟いた。


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