悪役転生に憧れて!~最強無双のぽんこつ奴隷、悪役街道いざ往かん~

もち沢

第1話 悪役転生に憧れて

 悪役ってかっこいい。

 僕がそう思ったのは、たまたま見つけた一冊の本を読んでからだ。


 炭坑にこもり、日がな一日ツルハシを振るって質素なご飯を食べて寝るだけのつまらない生活。

 街に降りて本屋さんに行く自由もお金も無い僕だけど、そんな暮らしの中でただ一度だけ、本を読む機会に恵まれた事があったんだ。



 それは仕事中、炭坑を掘り進んでいる時に見つけたもの。

 振り下ろしたツルハシにがきりとおかしな感触が伝わってきて、慎重に壁を掘ってみると、中から謎の扉が出てきて。その先に広がる立派な部屋の机の上に置いてあった。


 炭坑の壁の中に部屋なんて、意味が分からないよね。僕も分からない。

 でも、それは確かにあったんだ。夢じゃない。

 何故なら、僕はその本の内容を今でも鮮明に覚えているのだから。



 その本は、とある勇者様の英雄譚を綴った伝記だった。

 彼は背負った聖剣の一振りで大いなる魔を討ち滅ぼし、お姫様を救い出した。

 強大な悪魔による邪悪な儀式によって苦しめられる人々を救済し、民に喝采された。

 邪悪な大貴族の悪政によって傾きかけた国を救い、国王様から名誉と称号を授かった。



 勇者様の大活躍によって、世界中の色んな人達が救われていった。

 すごいよね。勇者様がとってもすごいのは僕でも知ってる。なんたって、今よりうんと小さな頃からたくさん聞かされてきたんだから。


 でも、あいにく僕が魅了されたのはそっちじゃなかった。

 だって、その本に出てくる勇者様って全然楽しそうじゃないんだもの。なんか、それが使命だからって感じでさ。他にやる人が居ないから仕方なくやってたんじゃないかなって、僕はひそかにそう思ってる。


 そうじゃなくて、僕が本当に憧れたのは、こっち。

 人間をたくさん虐げた魔王に、世界中を大混乱に陥らせた大悪魔。金銀財宝を手中に収める為に散々民衆を苦しめた極悪貴族。

 そんな彼らの方だった。

 本当ならこんな酷い連中、こっぴどく嫌う方が普通だと思う。なんせ、すごく悪い事したんだし。


 でも、僕は違った。

 だって、彼らはすごく楽しそうだったから。

 彼らは自分の心の赴くまま、自分のために悪い事をしてる。

 やりたいからやってる。そんなシンプルな事実に、僕は物凄く心惹かれたんだ。



「――だからさ! 僕は悪役になりたいんだよ!」

「はあ……?」


 かっちこちの黒ずんだパンで空腹を誤魔化しながら、僕は同部屋の相方に熱弁を振るう。

 お相手は僕と同じく、この炭坑に囚われているお仲間さんだ。彼とはもうかれこれ数週間の仲になる。

 え、短い? だってこの場所で長く働いてると、大抵の人は身体のどこかがやられて、いなくなっちゃうからね。

 その点、僕は元から身体が頑丈なのか、何年経とうと平気のへの字だ。だからって、ずっと此処に居たい訳じゃないけれど。


「悪役って……意味わかんねぇよ。バカじゃねえの?」

「あ、酷いなあ。こないだ読んだ本で知ったんだ。悪い人って、かっこいいんだよ」

「こないだって、お前何年も炭坑から出てねえんだろ。どこで読んだって?」

「うーん、説明が難しいんだけど……」


 僕は彼に、あの本を見つけた時の事を話して聞かせた。残念ながら、あの不思議な扉は僕が出ると同時に消えちゃったから。実物を見せられないのがもどかしい。


「お前、ついにイカれたのかよ」


 案の定、彼は僕の頭を疑ってるようだった。

 無理もない。僕だって、彼が仕事中に不思議な部屋を見つけたと言ってきたら頭をやられたのかと思うだろうし。


「うーん。まあ、とにかく本で読んだんだ」

「そもそも、俺らみてーな奴隷に文字なんて読めねえだろ。何が本だよ」

「む。それは失礼な言いぐさだね」


 目の前の彼がどういう人生を送ってきたのかは知らないけど、少なくとも僕は本くらい読める。僕にも以前は両親がいて、色々と教えてもらったから。

 とっても自慢の両親なんだ。ある日、僕を置いて何処かに消えちゃったけどね。


「あーあ。悪役、いいなあ。僕もなりたいなあ。」

「こんな場所に居て悪役も何もねえだろ。……ま、とはいえ俺も此処に来る前はちょっとしただったぜ? 結構でけぇ街で悪党どもを束ねてよぉ。スリやら叩き、脅しに殺しまで好き放題やってたもんよ。おかげで兵隊どもに捕まって、今じゃこの様だがな」


 ヒヒヒと意地汚く笑うそんな彼の自慢話に、僕は聞き入った。

 なるほど。どうやら彼も、僕にとっては憧れるべき悪党だったようだ。失礼ながら、僕はこれまで彼の事を浅学非才なあんぽんたんとしか思っていなかった。しかし、彼の正体が極悪人となれば話は別だ。これまでの印象は投げ捨てて、もっと話を聞き出さなくては。


「ほうほう、それでそれで? 一体どんなお馬鹿なヘマをして捕まったの?」

「……テメェ、怖いもん知らずかよ。ま、いいか。兵隊の中に、やたら腕の立つ男でいてよ。うちの荒くれもの共が、そいつ一人に叩き潰された。お前も悪党になるってんなら、せいぜい強い奴には逆らわないこったな」


 ほうほうと僕は学習意欲を見せて何度も頷いた。確かに彼の言葉には含蓄がある。

 どれだけ人数を集めても、強い奴に睨まれたら終わり。

 なるほど、その通りかもしれない。


 考えてみると、たくさんの魔物を統べた魔王も、兵隊をいっぱい引き連れた悪い貴族も最終的には正義の前に倒れていた。

 数で安心していちゃ駄目だ。力が無いと、悪党は駄目なんだ。

 誰も及ばない、止められない力。真の悪党を目指すなら、きっとそれこそが必要不可欠に違いない。


 心のノートにメモを取りながら、僕はごろりと背を地に付けた。


 はあ、虚しい。

 こんなに願っても、結局僕が悪党になる機会なんてないんだ。

 まず、この炭坑から自由に出る機会すら得られないような、単なる奴隷の僕には。


「あーあ! 僕も悪役になりたーい!」


 ばたばたと両手を暴れさせる。ちょっと子供っぽいけど、まあいいよね。

 どうせ僕の他には彼しかいないんだ。その彼は、先ほどから僕の奇行に顔をしかめているけど。

 真の悪党には、他の人の迷惑なんて関係ないもんね。



 そんな風に、暴れていたから。

 僕は、視界の端で僕の事をじっと覗き込んでいる女の子の存在に気付くのが随分と遅れた。


 こんな牢獄同然の場所には不釣り合いな、さらさらの銀髪にフリルのたくさん付いたドレス。燃えるような真っ赤な瞳が、宝石みたいで美しい。

 まるで、物語に出てくるお姫様みたいだ。


「なってみる?」

「へ?」


 女の子は僕が気付いた事に気付くと、にっこりと微笑んで愉快そうに呟いた。


「なってみる? 悪役」

「——なる! なりたい!」


 即答だった。一体この子は誰だろうとか、どうやってここにとか、どう見ても怪しいとか。余計な一切合切を投げ捨てて、僕は脊髄反射で答えた。

 女の子は我が意を得たりというように、笑みを深くして近寄って来た。


「ふふ、いいよ。望み通り、君を立派な悪役にしてあげる」

「本当に!? 嘘じゃないよね!? 嘘だったら恨むよ! 針一千万本飲ませるよ!?」


 必死な僕は、慌てて起き上がると少女の肩をがっしりと掴んでまくし立てた。

 きっと顔面にバシバシ唾が飛んでた。後から考えるとなんだか申し訳ないんだけど、この時の僕はそれほど興奮していたんだ。


「お、おい。そのガキ、一体誰だよ。 どこから連れてきやがった」


 話に付いていけなかった同部屋のお仲間さんが、震える指先で少女を指差すと身近な武器であるツルハシを手に取った。

 ひょっとしたら、幽霊とでも思ったのかな。いや、流石にそれだと発想が可愛すぎるから、多分少女型の魔物だと思ったんだろう。うん、その方が彼には似合ってる。


 ともかく、彼は少女に敵対的な態度を取った。

 少女にとっては、それだけで十分だったんだろう。


「んー。あなたは、要らないかな」


 少女がぼそりと呟いた瞬間。ぱちんと風船が割れるような音がして、お仲間さんの身体が破裂した。

 ばしゃりと水が落ちるような音がして。気付いたら、彼が立っていたはずの場所に赤い水たまりが出来ている。


 突然の出来事に驚く僕の目の前で、少女は平然としていた。


 きっと、彼を消したのは彼女なのに。

 別に、まだ彼が彼女に何をしたって訳でもないのに。


 ただ、彼女にとって不要だから。

 それだけで消されてしまったんだ。


「えーっと、それでね。お話の続きなんだけど」


 僕には判った。

 きっと彼女は、悪役だ。


「ねえ、ねえ! どうしたら君みたいになれるかな!?」

「わ。ちょっと、もう。落ち着いてよ」


 気付けば僕は、少女に迫っていた。

 きっと他の人が見たら勘違いするような光景だろうけど、僕は夢の存在を目の前にしてもう夢中だったんだ。何としても、この機会を逃したくない。

 その一心で、僕は彼女に縋りついた。


 呟き一つで、人ひとりを葬り去る圧倒的な力。

 初対面の相手を、あっさりと血だまりに変えられる冷酷さ。

 そして、何を考えているのかさっぱり読み取れない奥深さ。


 何もかもが、僕の理想とする悪役にぴったりだった。

 まあ敢えて言うなら、角と身長と肩幅といかつさが足りないけど。

 やっぱり見た目は大きい方が、悪役としては映えるよね。



「……何か、失礼な事考えてないかな?」

「ううん、全然?」


 少女がにっこりと笑う。僕もにっこりと笑う。

 笑顔が二つ。幸せな空間だ。部屋の片隅にさえ目を向けなければ。


 少女はわざとらしく、エヘンと喉を鳴らして仕切り直した。


「ねえ君、悪党になりたいんだよね。あたしが、君を悪党にしてあげる」

「わーい! やったー!」


 両手を挙げて僕は大いに喜んだ。

 やったぞ。なんて親切な女の子なんだ。悪党になっても、彼女だけには優しくしてあげよう。


「……悪い人になりたいなら、まずは人の言う事を疑った方がいいよ?」

「え、嘘なの?」


 少女が呆れたように言うので、僕は勢いよく万歳した両手をよろよろと下ろした。

 まさか、冗談だったとでも言うつもりなのか。悪党らしく、意味の無い嘘をついて無垢で純粋な少年を騙して嗤っていたというのだろうか。


 だとしたら、目の前の少女はとんでもない悪党だ。カッコイイ。

 いや違う、困る。僕はどうしても悪党になりたい。


「ふふ、安心して。あたしが本当に、君を悪党にしてあげるから。その代わり、これまでの君の人生はおしまい。新しい君に生まれ変わるの。それでもいい?」

「いいよ! 全然おっけー! バッチコイ!」


 またしても即答。先ほどからこの焦らし上手な少女に翻弄されて、僕はもう限界なのだ。これ以上はわずかにも待てない。待ちたくない。我が儘は悪の必須条件だ。


 生まれ変わる? その通りだ。僕は生まれ変わって、悪党になる。

 それこそが本望、望むところだ。


 ようやく僕の熱意がばっちりと伝わったようで、女の子は何故か苦笑い気味ながらも謎の呪文を詠唱し始めた。

 凄い。先ほど呟き一つで人をとしたほどの少女が、そんなに長々と詠唱するような大魔法なんて。詠唱が終わった時、僕は一体どうなってしまうんだ。

 もしかして、そこいらの悪役を通り越して、世界中に名が轟くような大悪党になってしまうのかもしれない。


 わくわくと瞳を輝かせて待つ僕の前で、やがて女の子は詠唱を終えた。


「はい、これで準備完了。じゃあ、さっそく済ませましょうか」

「へ?」


 そして、一体いつ何処から取り出したのか。

 少女は身の丈を大きく越えるほどの巨大な槌を構えると、狭い室内で器用に振りかぶり、そして僕の頭上に勢いよく振り下ろした。


「それじゃ、行って——らっしゃい!」


 天地を揺るがす一瞬の衝撃。

 ぷっつりと僕の意識は途絶えて、そして――。




「おんぎゃー!!」

「旦那様! 無事、御生まれになりました! 男児でございます!」

「おお、おお! 愛しい我が息子よ!」


 ――気が付けば、僕は知らないおじさんに抱き抱えられていた。


 こうして、僕は夢の悪役への第一歩を踏み出したのだ。

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