第17話 厨二病、美食に憑りつかれる。
流れる水に左腕を浸し、じゅくじゅくと痛む火傷の痕を冷やす。慢心した隙を突かれ、見事に手痛い反撃を食らってしもうたわ……如何に強くなろうと、俺はソロでしかない。今後はもっと周りに注意を払うようにしなくてはならんな。
そう左腕の痛みを味わいながら誓う大河。ダチョウ並みの脳みそでどこまでその反省が続くか、それは神すらも知らない。
威勢を砕かれ、ちょっと気分を落としつつも大河は足早に拠点へと戻る。なんだかんだ大河は勝利しているのだ。故に報酬もある。
「く、くくく。他のクラスメイトどもはカロリーファイトでも食っているであろう時間に、優雅にカルボナーラを食べるこの圧倒的優越感。素晴らしい……」
現在15:11。
《クエスト報酬:ベーコンブロック100g、カルボナーラ1人前、経験値:中、無人島ポイント を受け取りますか?》
《YES/NO》
イエスで。
《レベルが上がりました!》
《レベル:16→17》
《無人島ポイントを300獲得しました!》
《無人島ポイント:150→450》
裸で現れるベーコンブロックに、皿に乗せられたカルボナーラ。すぐさま空中でどちらもキャッチする。
ほかほかに湯気を上げており、クリーム色のソースが何とも食欲をそそる匂いを醸し出している。掴んだベーコンブロックはぴかりと日光を反射し、今すぐしゃぶりつきたい欲求に駆られる。
「うっまぁぁぁぁ!」
理性が止める隙もなく、食欲という本能は全てを超越し大河の身体を突き動かした。むしゃぶりついたベーコンの塩味が効いた味。圧倒的旨みが大河の脳内を支配する。
カルボナーラを食べる用のフォークも箸もないが、そこらの木の枝でそのまま食らい始める。一啜りするだけで顔がほころぶ。ガーリックの風味が無人島生活で疲労した大河の精神を癒していく。
僅か1分少しで完食。大河は心なしか顔が艶々になった。
「……そう何度も同じ手を食らうつもりはないが、しかし初見殺しのモンスターは危険すぎる。故に週刊クエストは自重しようと考えていたが……こんなん絶対無理ッ! 日本人舐めんなよ、美食のために命かけたるわぁ!」
美食に憑りつかれたモブ顔が口元にクリームソースを付着させたまま叫ぶ。大量に手に入った無人島ポイントには目もくれず、大河はおもむろにスマホをタップする。
《称号:必殺仕事人 によりクエスト上限回数を増やしますか?》
《YES/NO》
イエスだ。
回数を増やしたクエストは御察しの週刊クエスト。月刊は流石に死の危険性を感じ取った大河の理性がストップを掛けた。先ほどの苦痛が未だに続いているというのに、何ともハッピーな脳内をしている。
《週刊クエスト を受注しますか?》
《YES/NO》
イエスだッ! 俺は、美食の道を進むぜ。
《週刊クエスト 発生!》
《クエスト:お隣さんちの暴れん坊~好き勝手してたら親に見捨てられた件~》
《クエスト内容:???の命を刈り取る》
《討伐数:0/1》
《クエスト報酬:切り干し大根100g、たらこパスタ1人前、経験値:中、無人島ポイント》
何とも奇抜なクエスト名だ。売れないなろう小説の典型例とも言えそうなひどいタイトル。俺ならばあらすじすら見ない……いや逆に見るかもしれない。化け狐のときと違い何も情報が取れないな。暴れん坊か……イノシシの強化版と見た。
左腕は軽くじゅくじゅくと痛むが、夜ご飯は確保せねばならぬ。
全ては我が美食のために。
大河はあれだけ食べてもまだ腹4分目の胃袋に支配され、黒き剣を片手に気配の方向へ走った。
★■★■★■★■★
「ヴォォッッ!!!」
「ヴォォォォォォァァァア!!!」
「ゴァ!」
深い森の中を、野太い男のような叫び声が駆け回る。無造作に暴れるそいつにより、周辺の木に穴が開いたり、引っこ抜かれた木が飛んできたり、凄まじく危険な状況が作られていた。
それを茂みに隠れて眺めるモブ顔が一人。引き攣ったモブ顔が伺える。大河の想定しているよりも大分危なそうなモンスターが現れていた。
人間が戦っていい相手なのかあれは。赤き屈強な鋼鉄の如き肉体。強そうな頑健で怖い顔。丸太のような太い足。おまけに生える一対の角。
これはオーガと形容するにふさわしい威容を誇っている。実に帰りたい。
大河は早くも自分の選択を後悔していた。凄まじき暴力の気配に及び腰になっている大河だったが、実際はやろうと思えば近しいことは大河にも条件次第でできる。
そのことを大河は知らない。
「ヴォォォ!!!!」
脈動する筋肉。太く固くたくましい両腕で、樹木を殴り続けているオーガ。破裂音にも似た殴打の音が響き、動物がここから遠ざかっていくのを感じる。
勝てるか……? いやでも一撃食らえば一発アウトな気がするんだが……実際どうなんだ、? 俺の予想ではあの二尾の狐と同格ではあるはず。俺の《風声》や《瓢風》が効いてくれるといいが……。
とりあえず大河は真正面からは絶対に戦ってやらないことを決意する。幸いあのオーガの察知能力は低いのか、俺の存在に勘づく気配はない。
鳴かぬなら、鳴くまで待とう、ほととぎす。
魑魅魍魎が跳梁跋扈する古代日本にて頂点に君臨した徳川家康の金言だ。大河はオーガが疲れ果て、生理的欲求を露わにするその瞬間を待ち続けることにした。
★■★■★■★■★
そうして尾行し、待ち続けること2時間と少しが経過したころ。
大河は暴れ回っているオーガがいつまでもこちらに気付かない様子を見て、なんだか心に余裕を取り戻していた。くく、俺の尾行にこうも気付かぬとは……潜伏は専門外なのだがな? ふはははは!
心の中で高笑いする大河。
そしてついにそのときはやってきた。
オーガは纏った腰みのを外し、破壊した木の根元に今まさに尿を放とうとしている。暴力的な気配が薄まったことを如実に感じ取りつつ、大河は急いで体術[+1]と
「《闘式:
気付かれないよう小声で
「__秘剣、重ね《瓢風》ッ!」
「ぐぉ__ァ」
空中より降りかかる蒼白い二重の斬撃。黒き刀身に纏われた輝きに僅かに重なるように《瓢風》が突き進む。《スラッシュ》と《フライスラッシュ》を急所にほぼ同時に叩き込む二連斬撃だ。
二重の斬撃はするりとオーガのうなじを通り過ぎ、その首を叩き落した。あわれなオーガはその優れた白兵戦能力を生かすことなく即座に死亡する。
膨大な筋力に、敵にスタンを誘発する叫び。高い自己再生能力に死に迫れば迫るほど強くなり、強い個体は闘気すら扱ってみせる生まれながらの戦闘モンスター。種族単位で戦闘センスに優れているオーガは初心者殺しというに相応しい。
それが放尿中に首を狩られ死亡とは何とも哀れな最期だ。この卑劣なモブ顔は人の心がないらしい。
「__戦場に華を求めるやつから死んでいく。ふ、ふはははははは!!! 赤き戦鬼、打ち取ったり。卑怯とは言うまいな。我が誉れは浜で死んだのよ」
きっとこのモブしたり顔が言っている浜とは初日の半泣きで無様な肥満体を揺らしていた砂浜のことだろう。確かに誉れも誇りも、初日の醜態で死に絶えているといえる。
首を失った肉体がどさりと倒れ込み、黒い霧へと姿を変える。
シュワッ。
ちなみに速度重視の《風声》では殺しきれないが、威力重視の《瓢風》ならその屈強な肉体を切断できていた。《闘式:
《レベルが上がりました!》
《レベル:17→18》
《クエスト達成!》
《クエスト報酬:切り干し大根100g、たらこパスタ1人前、経験値:中、無人島ポイント を受け取りますか?》
《YES/NO》
とりあえず拠点へ帰ろう。日も暮れてきたことだし。大河は悲惨に荒らされた森林を歩き、拠点へと帰還することに決めた。
《無人島ポイント:450》
歩きながら、大河はこのポイントの使い道を妄想していた。とりあえず野菜ジュースは買うことに決めたが、どれくらい買い物をすればコンビニに新たな商品が並ぶのか。今から楽しみだ。
俺だけ無人島生活イージーモードな件〜厨二病ぼっち、自分勝手に無人島攻略を無双する〜 歩くよもぎ @bancho0000
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