第16話 厨二病、化け狐に化かされる。



 この拠点から……多分1kmちょっと? の位置にゴブリンウォリアーたちは居るらしい。掌の万象の感知範囲内に突然反応が現れた。


 2km以内の敵は大体殺しきったはずなんだが……突然現れた反応から推察するに、奴らはクエストに応じてスポーンするようだな。実に都合が良い。くくく。


 大河はモブ顔を歪めながら、鬱蒼とした森の中を飛び跳ね駆け抜けていた。数分もしない内に目的地へと辿り着く。


 微かに暖かい黒き剣を帯剣し、茂みの中で無敵インビジブルを発動させる。大気と地面に溶け込み、大河の気配は自然に紛れた。


 大我の視線の先に存在するのは小さな髑髏を掲げ、何やら呪文を唱えているゴブリンにそれを囲むゴブリンウォリアー3体。


 マジックゴブリン、ゴブリンシャーマン、ゴブリンメイガス、ゴブリンウィザード。呼び方は後で考えるとしよう。


 あれが今回の標的ターゲットというわけだ。ゴブリンウォリアーの屈強な肉体も、あのボスゴブリンほどの威圧感はない。持っている錆剣は同じもののようだが、今の俺は初日の俺とは別人レベルで強くなっている。


 陰からひっそりとその命を刈り取ってやってもよいが……くく、我が愛剣の性能を確かめるには真正面からが丁度よかろうて!


「__愚鈍な僭主に何を願おうと、返るのは空虚だけだぞ? 蒙昧なゴブリンよ」


 自信満々な様子で茂みからゆっくりと歩みを進める大河。モブ顔のくせに声だけは良くなってきているので違和感だ。麻の服装というのも妙にミスマッチ感が香る。


「ギャギャっ! ギャーギャ!」

「ギャ」

「ギャン」


 騒ぎ立てるゴブリンメイジは控える2体のゴブリンウォリアーに命令し、崇高な祈りを邪魔する禿げ猿を殺害せんとする。


「……まぁ、その空気よりも軽い脳みそでは理解できぬのも詮無きことか。よいよい。今楽にしてやろう、ゴブリン共」

「ギャギャァ!」


 屈強な肉体をこれでもかと活かし、筋肉を隆起させ錆剣を振りかぶるゴブリンウォリアー。その背後にはもう1体のゴブリンウォリアーが控えており、万が一攻撃を外してもカバーが取れるように位置取っている。


「《闘式:グラディウス》」

「ギャ__ァ」


 呟かれた言葉と共に振られたのは蒼の燐光。蒼白い光を纏って振るわれた無貌の旋律プロテウスは錆剣ごとゴブリンウォリアーを横に叩き切った。


 そのままの勢いで大河は回転し、体術[+1]の効果により深く踏み込んで次の一撃を放つ。


「ギャッ!?」


 円を描く蒼白い光が続くゴブリンウォリアーを両断する。


 シュワッ。


 戦闘開始数秒で2体の戦士が殺された。ゴブリンメイジはその様子を見るや否やすぐさま詠唱を開始する。残るゴブリンウォリアーはどっしりとメイジの前に構え、魔法が放たれる瞬間を守り通すつもりだ。


 蒼白い燐光はそのまま輝き続け、黒き剣を染め上げている。大河は己の愛剣を常時《スラッシュ》状態にすることに既に成功していた。闘気を纏った刀身は艶やかに敵を切断する。


 大河はゴブリンウォリアーに近付き、称号と補正の力に身を任せ、防御の上から殺してやろうと横薙ぎする。


「ぎ、ギャァッ!」


 大河の目論見通り、ゴブリンウォリアーは錆剣で防ごうとしたが能力値の違いからそのまま叩き切られてしまった。


「ぎゃぎゃぎゃぎゃーぎゃ!」


 すぐさま放たれた火の球。バスケットボール程の大きさの火の球が大河に襲い掛かる。


「__っふ、幼子の火遊びよな。《風声》ッ!」


 宙から飛来するそれを蒼白い斬撃にて断ち切り、そのまま突き進んだ斬撃にゴブリンメイジは致命傷を喰らった。崩れ落ちるゴブリンメイジは黒い霧へと姿を変えた。


 半分に割られた火球が解けるように霧散する。


「《闘式終了》」


 剣に宿った蒼白い輝きがふっと消える。


 シュワッ。


《クエスト達成!》

《クエスト報酬:カロリーファイト4本、経験値:小 無人島ポイント を受け取りますか?》

《YES/NO》


「YESだ」


《レベルが上がりました!》

《レベル:15→16》

《無人島ポイントを100獲得しました!》

《無人島ポイント:50→150》


 レベルアップにより身体に湧き上がる力の奔流。1レベルアップ毎に身体能力が向上していることを如実に感じる。


 蒼白い光の輪郭が現れ、カロリーファイトが4本現出される。大河は流れるように掴み、そのまま開封し実食。


 僅か数秒にも満たない時間に4本全てを食い切ってしまった。


 とんでもなく口の中がパサパサする。でも美味いな。チョコ味が俺は一番好きなんだ。その辺りクエスト報酬はわかっている対応だな。


 もちゃもちゃと口の中に残ったカロリーファイトのカスを舐めながら、大河は水分補給に河川へ向かうことにした。


 河川にて水を啜る大河。


 淀んだ水はアウトだが、流れている水は飲むことができると何かで学んだ気がする。ちょくちょくスピッシュがちょっかいを掛けてくるが、そんなものはもう無視。


 思う存分水分補給をした所で、大河は次なるクエストに着手することに決めた。



《クエストアプリ》

・日刊クエスト

・週刊クエスト

・月刊クエスト

・未開放


《週刊クエスト を受注しますか?》

《YES/NO》


 YESを連打し、カロリーファイトをキメた大河はぬるい温度を感じさせる気持ち悪い笑みでクエストを心待ちにする。


《週刊クエスト 発生!》

《クエスト:これは現か幻か!? ここんこんこん》

《クエスト内容:???の命を刈り取る》

《討伐数:0/1》

《クエスト報酬:ベーコンブロック100g、カルボナーラ1人前、経験値:中、無人島ポイント》


「__なん、だと……? ベーコンに、カルボナーラッ!? 休んでる暇などカンマ1秒すらないぞ愛剣よ! 俺は文明的食事が既に恋しいッ!」


 大河は俗だった。したいようにして、生きたいように生きることが人生の本懐だと思うタイプの人間であり、無意味な行動に意味を見出す変人なのだ。


 なんて言うか、食事ってのは心の底からじんわりと、救われてる実感がなきゃぁ、ダメなんだ。


 どこかで聞きかじったような思想を脳内に浮かべ、大河は颯爽と討伐対象の気配の元へ高速で駆け抜ける。


 それはそれとして少数のユーザーは既に週刊クエストを達成しているので、学生の食欲は凄まじい。


 デイリークエスト程度のモンスターではこの俺を満足させることはできぬ。この俺の能力はレベル通りのものでは無いが故、な……。


 そして辿り着いたそこには、大きめな二尾の狐がじっとりとこちらを睨み付けていた。無敵インビジブルは既に発動させていたのだが……隠蔽の上を行かれたか。


 警戒するように唸り声をあげる狐。特に攻撃を仕掛けてくる様子もないので、大河はとりあえず牽制の《風声》を斬り飛ばす。


 《風声》は速度重視の飛ぶ斬撃であるが故に、狐は回避が間に合わず直撃。そのまま胴体を切り裂き、力を失い崩れ落ちてしまった。


「……なんだと? 随分と呆気ないものだな。もう少し歯応えがあれば良かったのだが……くくく、この俺は強くなりすぎてしまったか」


 おもむろにスマホを取り出す。


「カルボナーラっ、カルボナーラァ〜! くく、カルボナーラ賛美歌でも考えるべきか? ベーコン先生も外せんな……」


 にんまりと微笑み、スマホに通知が来るのを今か今かと待つ大河。


 7日に1度のウィークリークエストのモンスターですら、俺に敵わないとは。もしかして俺、なんかやっちゃいまし__


 ボワッ。


 身体に迸る衝撃に思わずよろける。


 突如発生した揺らめく青黒い炎。それは生物が火傷して余りあるほどの熱気を放っており、左半身に焼けるような熱さと痛みが走った。


 意識外からの攻撃!?


「あっつぅぅッ!? 何が起こって__ッ! クッ、そうか! この俺としたことが抜かったわ化け狐めがッ!」


 クエスト達成の通知が来ないスマホ。やけにあっさり死んだ二尾の狐。視界に映った青黒い炎。


 間違いない、この狐は幻術使いだ。


 くそ、まんまと引っ掛かってしまった。思えばクエスト名から敵の見た目まで見るから化かしてきそうではないか! まさかこの俺がここまで馬鹿みたいな失敗をするとは、一生の不覚ッ!


 食事を前にして涎を垂らした狩人は、歯茎を見せたまま反撃を受けてしまった。


 焼け付くような痛みを左腕に感じながら、大河は右手で黒き剣を構える。


掌の万象ジ・オールを近場一帯に限定し、精度をぶち上げる。すると気配が4つ存在することに気が付いた。


 目の前の切り裂かれた狐の死体。背後のもう一体。左右の草陰に隠れる2体。


 クエストの討伐数は1。ということはこの残り3体の中に本物が隠れているはずだ。逸れた意識の瞬間を狙って攻撃を仕掛ける知能、やるではないか。


 大河はひりつく左腕に涙を浮かべながら強がって顔を歪める。


「……《闘式:グラディウス》ッ! 《廻風》ッ!」


 前後と後ろを取られているのはわかっている。しかし敵の狐はきっと俺が気付いていることに気付いていないはず。


 幻術がどれほど操作性に優れているのかは知らんが……本体と偽物、全て同時に狙われれば操作する隙すら生まれまい!


 全力で回転し、蒼白い斬撃の円環を周囲に広げる。俺ができる全方位攻撃だ。


 通り過ぎる蒼の斬撃。すると右と後ろの気配は動かず、左の気配だけ飛び上がって俺の《廻風》を回避した。


「見つけたぞクソ狐ェッ! 貴様の搦手はもう通用しないッ! だが感謝しよう、この俺の慢心の芽を詰んでくれたことにはなァ!」


 その事を感知した瞬間に、連続して《風声》を放ちまくる。飛び続ける蒼白い斬撃にその先の茂みや植物が切り刻まれる。


 4撃目辺りで姿が見えた。


 6撃目までは避けられたが、ついに7撃目に化け狐に直撃する。


「きゃぅん!……」


 耐久性は高くないらしい。偽物と同じように身体が切り裂かれ、ようやく二尾の狐は黒い霧へと姿を変えた。


「……っふ、はぁ……いってぇ……! 化け狐めが……この俺の玉体に焼け跡を残すとはな……」


《クエスト達成!》

《クエスト報酬:ベーコンブロック100g、カルボナーラ1人前、経験値:中、無人島ポイント を受け取りますか?》

《YES/NO》


 NOで。


 一旦河川へと赴き、腕を冷そう。火傷はとりあえず冷せば何とかなるはずだ。深部まで焼けてはいないはずだし、治るはず。


 最悪レベルアップのときに治癒される可能性もある。ずっと痛いままなんてごめんだ。


 大河は己の慢心の結果を身に染みて味わい、ちょっとしょぼくれた顔で河川へと急いだ。



 


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