第15話 厨二病、ブサイク脱却し垢抜けする。
DAY3。
無人島と事不確かに定義されたこの島で生活してから、早くも三日目の朝を迎えた。もぞもぞと汗と涙といろいろな汁で汚い大河は動き出し、ほっそりし始めた顔をこする。
「あ、朝か……」
己の生命をその根本ごと何段階も進化させる苦痛に気絶し、大河はめちゃくちゃに汚れていた。
しかし、それらのデメリットを踏み越えても尚大河が強く期待していたメリットが存在する。何事をしても決して優雅なものになることはなかった大河の肉体。脂肪と腐った縁が結ばれている運命のブサイクは無人島にて待望の瞬間を手にせんとしていた。
刹那の隙間に飛び上がり、黒き剣を汚い手でつかみ取るとおもむろに大河は近場の大きな川へ走り出した。
その初速はマッハ9を優に越え(大河調べ)、昨日とは比べ物にならないほど身体能力が向上していることを実感しながらも数分も経たず河川へと辿り着いた。
川中から顔を出す水の槍を放つスピッシュ。徐々に水の槍が形成されるその隙を大河が見逃すわけもない。
「秘剣、《
寝起きのむくんだ顔で、もっさりと夜遅くまで練習した《フライスラッシュ》を川中へぶち込む。昨日会得したとは思えないほど精密と速度を両立した斬撃が流水を一瞬断絶する。
蒼白い燐光の残滓が斬撃の軌道を彩る。哀れな水棲モンスターはブサイク脱却作戦中の男に輪切りにされてしまった。
地味に水の中を泳ぐ魚に斬撃を当てるという妙技を放った大河はそんなことには目も向けず、川の反射で自らの顔を確認する。
「……ふ、ふは、ふぅぅぅっはっはっはっは!!!! なんだなんだよ流れてるじゃないか! この俺にも聖の血脈ってやつがなぁ!」
地獄の苦痛を耐え、死闘を潜り抜けた先にこんなプレゼントがあるとはな。無人島、マジで来てよかった。
俺の家系、というか聖の家系は基本顔が良い。両親もイケメンと美女だし、おじいちゃんも昔の頃の写真を見るとかなりの男前だった。
大河は聖の家系に生まれた突然変異ブサイクだ。
その血を引く妹は眉目秀麗にして邪知暴虐、残酷非道で人の心を我が敬愛する母上の中にひとつ残らず置いてきた悪魔の権化だ。顔やスタイルは聖の家系らしく良いのが腹立つ。何であんなのがモテるんだよ、そりゃ寝ぼけてるときとか、たまには可愛いときもあるけどさぁ……。
いかん、無人島に居るときくらい愚痴はよそう。
ふ、ふふ。にやりと顔を流水で洗い、大河はねっとりとした笑みを浮かべる。
我が必死の努力を鼻でせせら笑うのもこれで終わりにしようじゃないか。妹の慇懃無礼、否。ただの無礼も我が進化した顔面には太刀打ちできまい。
ふとましい顎や顔の肉がかなり消え、大河が本来の顔と思っている素顔が露わになっている。身体に残る脂肪も残り僅かになっており、何より大河は目線が高くなったことに感動していた。
なおこれだけレベルアップしてもまだイケメンに成れていない。ようやく顔面偏差値50行くか行かないかくらいだろう。
最も、顔面偏差値がその下限を突破していた大河にとっては今のモブ顔ですら顔面偏差値が60後半に見えているようだ。早く目を覚ました方がいい。
薄く聖の家系らしい大きな目の片鱗が見えてから、大河の調子は絶好調にすり替わった。昨日はまともに食事をとっていないことも忘れ、大河は意気揚々と拠点に戻ろうとする。
忘れていた
「……聖大河の生誕祭と行こうではないか。さぁ、モンスターども。血祭りにあげてやる」
寝起きにモブ顔は喜びの森林モンスター殺戮キャンペーンを実施するようだ。
手始めに近づいたのはゴブリンたちの気配。強化された空気[+2]と土隠れ[+1]が合わさった
そのまま大河は早朝から暗殺を実行し、ゴブリンを袈裟斬りにする。異変に気付き、ゴブリンたちが振り向いた瞬間にはもう遅かった。
「秘剣__《廻風》」
目の前に迫る円状の蒼白い輝きに頭を切断され、ゴブリンたちは全滅した。
《サークルスラッシュ》と《フライスラッシュ》を合わせ、膨張し円状に広がる斬撃の輪を大河は生み出していた。スキルコンボの追求は男の嗜みと呟きながら昨夜練習していた成果が早速出たらしい。
続いて次の気配に向かう。
きつねのモンスターだ。近づく前に気付かれたが、飛びかかってきたところを斬撃を飛ばして切断。
次。
蝙蝠のモンスターだ。妙な音を響かせてうるさいのでこれも斬撃を飛ばして切断。
次。
気付けば蛇のモンスターに近寄られていた。
次。
一見ただの木に見えるが、モンスターの気配がする。強めの飛ぶ斬撃、《瓢風》をぶち当てるとそのまま倒れ、黒い霧と化す。
次。
ゴブリン集団。もう敵ではない。適正レベル的に合ってない気がする。もちろん瞬殺。
次。
へんてこな仮面をしたずんぐりとした子供のようなモンスターが樹上から俺を見つめる。空気[+2]スキルが反応しているのか、揺らぐ大気に気付いた。放たれた風の奔流を避け、お返しに速度重視の《風声》を贈る。
ヒットする直前に姿が掻き消え__異なる樹上に再び現れたそいつの眼の前で、飛びかかった体勢から剣を振り下ろす。殺害。
見た目が消えるのには驚いたが、悪いが俺には掌の万象がある。さっきの蛇みたいに俺の感知を抜けて、なおかつ透明化できてたら面倒だったな。まぁその場合でも俺には秘剣がある。
次。
足元が滑り、踏みつけたきのこから紫の煙が吹き出る。甲高い声を上げ動き始めたきのこはモンスターだったようだ。軽く吸い込んでしまったが切断する。
次。次。次。次。次。次次次つぎつぎつつつ__
12:00。
大河は半径2キロに感知できる総数103体のモンスターを殺し切った。レベルは上がらなかった。
ぐぅぅぅぅ。
大河の腹の虫が鳴る。カロリーが足りないと叫んでいるようだ。
「……そういえば、俺は昨日からまともに飯を食っていなかったか。くく、今日は豪華にいきたいところだが……とりあえずクエストで見るか」
鳥籠拠点の中で、消えかけた火に枯れ枝をくべつつスマホを操作する。中々堂が入ってきたものである。
クエストを開く寸前に、ウェポンアプリに通知が来ていることに気が付いた。思わず前のめりになり、スマホの画面をねめつける。
《ウェポンアプリ》
・所持
無貌の旋律をタップ。
《★
・それは唯一無二だ。
・それは進化する。[Lv:0 EXP:136%]
・それは剣術に応じて斬撃の威力を増加させる。
《レベルアップしますか?》
《YES/NO》
イエスでしかない。
興奮し、鼻息が荒くなる。
《
《
・それは片手持ちに適している。
・それは微かに温もりがある。
・それは壊れにくい。
三択……ということか。俺的には壊れにくい一択なのだが……どうにもひっかかる。我が愛剣が何かを訴えかけているように思えて仕方がない。
黒き剣を掲げ、日光に反射させる。
きらり。
スマホの文面から察するに、きっとこの三択はお前が俺に必要だと思ったことなのだろう。片手持ちができれば戦略も広がるだろうし、壊れにくければ純粋に継戦能力が上がる。俺は愛剣に壊れてほしくないしな。
だが残りの一つ、微かに温もりがあるとは何を意味するのか。二択の無難な選択肢を見るに、これまでの経験からこれらの能力を選んでくれたのは明白だ。
ならばこの不思議な選択肢もこれまでの経験から獲ってきた可能性に違いあるまい。もしや昨日拠点へ帰ろうと歩いていたとき、寒いと言っていたのをどうにかしようとしてくれたのか……?
大河はなぜか無性に泣きたくなった。
無機物相手に友情を感じて妄想を膨らませているのは、大河の精神が寂しくて限界を迎えている証拠なのかもしれない。
「……お前の思いは無駄にしない。ありがとうな、愛剣よ。選ぶ未来は決まった。なに、有用な能力は確かにあるかもしれないが、俺は実益よりもお前とのロマンを追求したいのだ。これからもよろしくな」
大河はそう呟き、黒き剣の可能性を選び取った。
《★
・それは唯一無二だ。
・それは微かに温もりがある。
・それは進化する。[Lv:1 EXP:11%]
・それは剣術に応じて斬撃の威力を増加させる。
じんわり。
黒き剣の持ち手から暖かな熱が伝わる。大河はぎゅっと握りしめ、戦闘の決意を新たにした。
《クエストアプリ》
・日刊クエスト
・週刊クエスト
・月刊クエスト
・未開放
《日刊クエスト を受注しますか?》
《YES/NO》
DAY3より配信開始なんだろう? くく、今の俺と愛剣の熱量は太陽すら凌駕して余りあるぞ、モンスターども!
「イエスだ」
《日刊クエスト 発生!》
《クエスト:これは手品か!? がり勉ゴブリンと三匹のまっちょ》
《クエスト内容:???とゴブリンウォリアー三体の息の根を止める》
《討伐数:0/4》
《クエスト報酬:カロリーファイト4本、経験値:小 無人島ポイント》
カロリーファイト4本に無人島ポイントッ!
これは流れが来てる。くくく、やはり世界は俺の手中にあるということか。
「早速、新生
大声で笑い、モブ顔が獰猛な笑みを浮かべる。大河の狩りが始まった。
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