エンドロールとオープニングはお祭りで

「……」


「えっと……これがこうで……」


俺たちは話を終えてそれぞれの作業にまた取り掛かり始めた。

部室の中にカタカタという音だけが響く。


あれだけ言い合っていたのがウソのように静まり返っていて、グラウンドからこんなクソ暑い日にもかかわらず聞こえてくる運動部の声ですら、富士の独り言をかき消すほどには至らない。


俺は何度目かのパソコンの起動ボタンを押す。別に故障ではなく、それ自体はすぐに立ち上がる、のだが。

なんとなく、何回も起動せずにはいられなかった。


俺のパソコンのファンの音が何回もオンオフするなと主張するように小さく鳴る。

そのまま数分が経過して、俺はようやく富士の方を向いた。


「富士」


「はいっす」


俺の呼びかけに富士はこちらを振り返ることもなく反応した。息を吸う。


「あー、その、なんだ……ゲームのフィナーレは、夏祭りだろ? だから資料集めがてら、さ……そのー、えー……どうせ世界観ガバガバだし和風でも……」


「なんすか、ちゃんと言わないと分からないっすよ?」


「あー、えー」


俺も言いたいことが分からないくらいだから当然なのだが。

ええいままよ。

俺は覚悟を決める。


「頼む。俺とさ、いっしょに祭り行ってくれないか?」


「……」


今日来た時からずっと言おうとしていたこと。それがこれだ。


富士の顔に変化は今のところ見られない。それが無性に怖い。やっぱり言い合いをした後にいうのはマズかったか。


高揚と不安と得体の知れない熱のようなものがぐらぐらと胃を揺らす。早く答えてほしいような、聞きたくないような。


永遠にも思えた一瞬が過ぎ、富士の答えは――――


「あ、はい。いいっすよ」


「……え、いいの?」


「うっす。祭りを二人で荒らしましょう」


俺の必死さが伝わっているとは思えないほど変わらない顔色で、了承された。


「あ、ありがとう……」


思わず脱力してしまうのを隠せない。

あっさりOK。俺の全精神力を使った行動はその六文字くらいの結果に。


肩透かしというかなんというか……喜びとかいう気持ちがまだ体に追い付いて来ない。

さらに富士は用意していたかのように逆に提案をしてきた。


「あ、それなら地御前高校の夜宴にも行きましょうよ。対バン見たいっす」


「ああ、あの文化祭。俺でいいのか?」


「他にヒマそうでいっしょに行ってくれる人もいないっすから」


「ああ、そうか」


なんかセカンドチャンスまで許可された。マジか。


(……なんか俺だけドキドキして、バカみたいだ)


これでも、知られたら馬鹿にされるくらいには本気なんだが。

自分だけ緊張していたことに耐えきれず俺は背を向けて自分のパソコンに向きなおる。


「えー……」


富士がシナリオを作ってからが俺にとってのゲーム作りの本番。


魔王だけじゃなくて真の悪役とか、なんもせずにどっか行った世界の危機を生み出す存在を表現しなければいけない。


(どう考えても半分以上実装できそうにねえな)


そうやって愚痴りながらカタカタと作業をするが手につかない。


さっきより冷房の効きが悪い気がする。こんな猛暑日に最悪だ。


全く集中できない作業を放り投げて俺は富士が書いた立ち絵のラフを見ることにする。さっきも言ったが富士の描いた絵はとても上手い。シナリオの才に少しは振り分けてほしいほどだ。


一つずつ開いていって確認する。


俺似のタイカ、金髪美女のフヨウ。こいつら物語的にも倫理的にもハチャメチャな旅をしてから付き合うんだよな。元皇子のレタス食べて腹壊したりしながら。せめて米と卵用意してレタスチャーハンにしたらよかったのに。


まあ、この二人の性格とか行動には文句はない。それを取り巻く世界がツッコミどころがありまくるだけで、応援したくなるのだ。


そりゃ自分のために寿命まで削って魔王倒そうとする奴とは付き合いたいかー、なんて考えてから、タイカは俺モチーフだと思い出してげんなりする。


(俺は金髪美女のためだけにここまでできんよ……)


あくまで創作だと分かりながらも愚痴を吐きながら俺はボケッとその絵を見ていく。俺よりはるかにすごい俺に目を通していく。


次が最後だ。ファイルにカーソルを合わせる。


これはクリア後の一枚絵……エンディングで使うスチルだ。これは計画当初のプロットと一緒に富士が描いたもので、まあコンセプト絵みたいなものか。


「海太センパイ」

「ん?」


それをクリックしたとき、名前で呼びかけられた。

画像が開いたか見ることもなく、なんだと振り向いたら。


「……ゲーム、上手くいくといいっすね」


思わずじっと見れば、富士はきまり悪そうに口をもにょもにょしている。


「――――」


なんだよ急に。こんなシナリオで上手くいくはずないだろ。なんで他人事なんだよ。

すぐに返す言葉は何通りも浮かんできたが、何故かそれらは声に出ず。


「あー……」


散々ゲームについて話をしてしまったからだろうか、それとも祭りのことで柄にもなく浮かれていたからなのだろうか。


分からない。分からないがそのまま、口から言葉があふれだした。


「そうだな、蓮水」


時が止まる。


「……え?」


そして動き出した。蓮水が。


「え……今、はすみ……蓮水って! えー!」


(あーあ……)


いままでこらえていたものを出してしまった。

もう少し隠しておくはずだったのだが、しょうがない。


(……そろそろ男を見せるとき、か。それこそ――)


――タイカみたいに。


(うわ、バカらし)


散々バカにしたシナリオに浸る自分の思考を鼻で笑う。後頭部を手で掻く。

騒ぎ出した蓮水の相手をするため、画像が開いたのを横目で見てから席を立った。


「さすがにお前の陰キャいじりに耐えかねてな」


「センパイが……センパイがデレたっす!」


「デレてねえわ」


しまらない顔でこちらをからかう蓮水と、それを雑にあやす俺。


エアコンの効いた部室の窓からは、広島城がででんと構えている。その向こうに中心街、大小さまざまな島、そして青空。右端に見えるのは宮島だろうか。


「ふへへ……センパイって……うちのこと好きすぎっすねー!」


「はいはい落ち着けって、そうだよ」


「ふぇぁ」


「……ん?」


いつもと変わらない、穏やかな風景。動いているのは自分たちだけのような錯覚を生む、時が止まったような部室。


それらの景色をバックにパソコンの画面が点いている。



そこには祭り囃子の中、手を繋いで笑い合う着物姿のタイカとフヨウが映し出されていた。

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この世界をゲームだと思いだした俺、意中の女の子をシュチューにする ウユウ ミツル🏖🌙🏙 @uyumitsuru

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