第2話 あんたも"しごでき"なんかい
隣にやってきた佐野さんとの日々が始まった。入社して少なくとも3ヶ月は経っているだろうけど、どれくらい仕事が出来るかわからない。さぐりさぐりでやっていこう。
おれは、部品の注文用の明細を作るという、簡単な仕事から依頼してみた。やり方は、過去に作った明細を見本として渡して、「同じように」と言うだけでできる程度。
数十分後。
「終わりました」
できた明細を印刷して、おれに渡してくれた。パッと見ておかしくない。よく見ても間違ってない。……うん、普通に出来てるな。
それと、仕事関係ないけど、こんな声だったんだ。多くの女性の声が細く鋭く通るようなイメージに対し、佐野さんはあまり遠くに通るような声じゃなかった。ダミ声っていうとちょっと違うけど、少し丸みを帯びた声質だった。
でも隣に座っているので全然聴き取れるし、話すスピードも落ち着いていて、喋り方一つで人柄を感じ取れた気がした。
「あざます!」
対するおれの返事は大体これだ。
年上で気を使う+女性になれてなくて緊張する+偉そうにしないように意識してる+明るく振る舞おうとしてる=元気に「あざます!」となる。
おれは人見知りで、人と話すのは緊張するんだけど、一応上司だし挙動不審だとキモいし、そんなふうに思われたくないから頑張って目を見て、好青年な応答を心掛けている。
コミュ力の偽造だ。
「じゃあ次は、ちょっと内容変わるけど……」
おれは次に、内容の濃い仕事をお願いしてみた。この部署のメイン仕事である、商品を製作するための図面の作成。
これもざっと概要だけ説明して、あとは過去のサンプル図を渡して、とりあえずやらせてみた。初めてだから長ったらしく説明するよりも、まずはやってみて、それをフィードバックするほうがいいと思った。
そして、しばらくおれは自分の仕事を捌くことに。途中、何回か質問があって受け答えしたけど、基本的には静かに淡々とやっていた。
質問の際に手元の資料を指差していた彼女の爪は、ネイルなどせずに、ちゃんと適度な長さで清潔感のある指先だった。……やばい、こんな事考えるおれキモいな。でも見てしまうんだからしょうがない。
2時間後。彼女が図面を書き終えたらしい。パソコンのCADソフトを使って書いているのだが、確認のためA3用紙で印刷してもらった。
受け取った図面を見たおれ。
(何で出来とんねん……)
ところどころ、寸法の書き方はコメントしたけど、9割方出来とるやないかい。
「佐野さんって前職なんやったんですか? 何か図面描く仕事してたんですか?」
「いや、前は病院で受付の仕事をしてました」
受け付け過ぎやろ。何で図面描けてんねん。っていうかまぁ、入社してからの3ヶ月間で出来るようになってたんかな。前のパワハラ班で、そんな丁寧に仕事教えて貰えるとは思えんけどな。
思わぬところで、大きな戦力を手にした気分になって、嬉しくなった。もう新人と思わず、当たり前に仕事をふっていこう。そう決めたおれだった。
──電話が鳴った。おれの仕事用のガラケーだ。
「はい、保科です。あ、お世話になっております」
この「お世話になってます」を当たり前にいうシステム、いい加減にしてほしいわ。礼儀は大事やけど、ここまで言ってたら気持ちもなんもこもってないやろ。撤廃してくれ、日本よ。
[今メール送ったんですけど、変更がありまして──]
取引先からの電話で、今やっている作業に大幅変更があるとのことだった。承認をもらって確定したから進めているのに、ここでの変更は相当辛い。断ることを一度は試みるが、結局、客ありきの仕事なのでやらざるを得ないのだ。
電話を終えたおれは、机につっ伏せた。
ダメだ、しんどい。ただでさえ多い仕事がまた増えた。いくら会社が追加料金を貰っても、サラリーマンのおれたちに還元なんてないし、モチベーションなんて1ミリもない。
「何か変更が出たんですか?」
珍しく質問以外で、佐野さんの方から話しかけてきた。……ってこれも質問か。
「そうっす。かくかくしかじかで……」
一部始終を説明した。
「何からしましょうか?」
「えっ?」
「急ぐんでしょ? どれからやりましょう?」
当たり前に協力してくれる様子で、驚いた。「手伝いましょうか」とか「これやりますよ」とか、おれの周りの社員は一切自分から言わなかったから、その一言に心を打たれ、涙が溢れそうになった。
「そしたらまず、今の図面止めていいんで、このフォルダに入れた資料を……」
おれとこまめにやり取りをしながら進めないといけない、コアな作業を佐野さんにお願いして、単純作業を他の人に依頼した。
「佐野さん、仕事ふっておいてなんですけど、時間は……」
時刻は16時をまわっていた。今から新しい仕事となると、残業は免れない。
「大丈夫ですよ、気にしないでください」
はい、もう好きですあなたのこと。
他のメンバーも協力してくれて助かるけど、佐野さんみたいに気を配ってくれる人に弱いみたいだ、おれ。
入社時の情報で独身とは聞いていたけど、まだ30過ぎの女性なんて、プライベートの時間は欲しいだろうに。そんなところに引け目を感じながらも、せっかくの気遣いを無駄にしないよう、そこからの作業は集中しまくりで片付けていった。
「19時か。今日はここまででいいから、上がってくださいね」
周囲の同じ班のメンバーに声をかけた。過度な残業をみんなに押し付けるわけにはいかないので、ここからはおれがソロでやっつけていく。
みんなはおれの声掛けで帰り支度をしてから速やかにあがっていった。……1人を除いて。
「……佐野さんもあがってくださいね」
「はい」
そう返事をするも、佐野さんは一向にあがる気配がなかった。おれは何も言わずに作業を続けた。
時刻は21:54。気付けばもうこんな時間だ。おれの作業は9割方終わったけど、佐野さんはどうだろう。
「どんなっすか? 進捗」
「だいたい出来たと思います。あと見直しだけしたら」
優秀かよ。文句も言わずに淡々と作業をする、そのメンタルも含めて仕事が出来るタイプだわ、この人。
「さすがに22時には上がりましょうね。見直しは明日の朝しましょう」
「わかりました」
佐野さんがいてくれて本当に助かった。勝手ながら心の支えにもなってくれてるし、本当に感謝だ。っていうのは緊張しいなおれは中々カッコよく言えないので……、
「遅くまでありがとうございますね」
なんだこのヘンテコな日本語は。つくづく自分はコミュ障だと実感する。
「いえいえっ」
今のいえいえは、最後に小っちゃい「つ」が入った「いえいえっ↑」っていう言い方だった。
「ホントだよまったく↓」という感じてはなく、「気にせんでいいよっ↑」と解釈したおれは、ますますこの人に心を惹かれていった。
最後だったおれたちは、事務所の戸締りをして、暗闇の中「お疲れ様でした」と挨拶を交わし車に乗って帰路に着いた。
好き──。この2文字が言えない。 とびお @tobio_mob100
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