『ぱおぱおん』

苺香

第1話



「今日も、暑かったぞう~。ぱおバンドのライブも熱いぞう~」「パオ~ン!!」

 ライブの終わりはいつも、ゾウの鼻シャワーだ。

 今日はミャンマー最大の祝日、「水かけ祭り」始まりの日、観客たちのテンションはこれ以上ない盛り上がりをみせている。

 太陽が燦々と降り注ぎ、熱気に包まれた野外ライブ会場の観客はシャワーを浴び涼を感じる。


「ぱおバンド」”ぱおぱおん”がリーダーのインディーズロックバンドである。ドラム担当、アジアゾウのぱおぱおん。普段は木材輸出会社で運搬に携わっている。長い鼻でスティックを操りリズムを刻む。マレーグマはその年齢が醸し出す安定感で、ベースの低音を奏でる。ギター担当は、その野望に相応しいどの気概が感じられるインドシナトラ。ミャンマーシシバナザルはキーボードを操りながら、ウキウキと楽し気に音を操る。ボーカルのレッサーパンダはアイドルらしく童顔だ。

これからはじまる休暇に相応しいライブが終了したのだ。


「お疲れさん」

ライブが終わり、メンバーはバックヤードで、汗をぬぐいながらぱおぱおんの労いの言葉に聞き入る。

「ファンの皆、嬉しそうだったキキー」

シバナザルははしゃぎながら飛び跳ねる。

インドシナトラはまた始まったとばかり少し侮蔑を含んだ目でシシバナザルを眺めるが、あまりにもシバナザルが無邪気なため、ため息をつきながら苦笑いだ。

 そんな中、

「ちょっと、いいかな。話があるんだ。みんな着替えが終わったら集まってくれ」

ぱおぱおんがいつになく真面目な顔でメンバーに向き合う。

「俺たちのバンドが日本のレコード会社の目に留まった。だがな、俺は断ろうと思う。デビューの条件が、”ロックじゃなくジャズにしてくれ”と違った音楽性を求められたからだ」

シナトラの目がキラリと光る。

「なんだって!!チャンスじゃねえか。どうして黙っていたんだよ!!俺は受けるぜ。たとえ一人でもな」

シナトラの言葉に真っ先に反応したのは、レッサーパンダだ。

「てめ~。なんだよ。俺たちを裏切ろうってのか!!」

レッサーパンダは詰め寄る。

冷静な瞳で顔を上げたシナトラは、

「俺だって、このバンドは大切だよ。けどな、考えてみろよ。この国の情勢は不安定だ。このままこの国で過ごして俺たちは幸せになれるのか。チャンスを棒に振って後悔しないか。それにだよ。俺や、俺の家族のこと…誰が責任とれるんだよ」

レッサーパンダは、振り上げたこぶしを静かに降ろす。


沈黙を破ったのは、マレーグマだ。

「好きにすればいいさ。シナトラはシナトラのやりたいようにやればいいさ。そうさ、俺たちは10代から一緒にバンドをしてきた。かれこれ、10年さ。ファンはずっと離れないさ。けれど、楽しいだけじゃ生きていけないのは事実だ」

「なんだよ~。シナトラの味方かよ」

シシバナバザルは駄々っ子のように足をバタバタさせる。

「デビュー出来るんだぜ。ビッグになることが肝心じゃないのか。それも、俺たちが憧れていいる日本でだぜ」

シナトラは不満を爆発させる。

「嫌だよ。ロックじゃなきゃ。そんなの、ぱおバンドじゃない…」

シナバザルは目に涙を滲ませる。

「みんなバンド以外にも仕事を持っているだろ。どうか、今まで通り、やっていけないかな。デビューしなくてもいいから仲良くやっていこうよ」

ぱおぱおんはいつもの穏やかな口調で語りかける。

「チャンスを棒に振ろうってのか!」

シナトラは納得できないようだ。

「俺は、俺は、シナトラの希望もかなえたいさ。けれどな、ウージーのティンとは離れられない。ティンは俺が生まれた時からのパートナーだ。心から信頼している。俺を立派に育ててくれたのもティンだ」

ぱおぱおんは静かに語る。


ウージーとはゾウを乗りこなし、訓練し、世話をする専門職です。一頭のゾウが仕事を始める時から引退まで、同じゾウ使いが担当するのです。

ぱおぱおんんの曾祖父も森林伐採の仕事をしていました。けれど、いまのぱおぱおんとは、ちょっと事情が違ったのです。人間から暴力を振るわれ、檻に閉じ込められ、無理やり仕事をさせられていたのです。ところが、ティンはそんな人間ではありません。ぱおぱおんが小さな象の時から食事を与え、病気をしたら看病し、長い長い年月をかけて、種別を超えた信頼関係を築いてきた仲間なのです。

 聡明なぱおぱおんには、しっかり、ティンの愛情は届いていました。人間を信じる気持ちを持てたのはティンのおかげです。

どんなことがあろうと、ぱおぽんはティンの力になりたい。そんな想いでいっぱいです。


「木材産業はいいよな。森林局が管理しているんだもんな」

シナトラは吐き捨てるように叫んだ。

「…そうだな」

ぱおぽんは素直に認める。

「喧嘩しないでキー」

シシバナザルの目は真っ赤だ。


長い沈黙が流れる。

「価値観はそれぞれ違うんだよ。シナトラはビッグになりたい。シシバナザルはロックがやりたい。ぱおぱおんは、みんなで楽しく音楽をやりたい。これまで、俺たちは長いこと楽しく音楽をやってきたさ。けれどな、幸せの形は、それぞれなんだ」


…一年後

 

「今日も、暑かったぞう~」「パオーン!!」

ぱおぱおんのシャワーがライブの始まりを知らせる。

観客たちは、水しぶき浴び、ずぶ濡れになりながら、リズムに合わせて体を揺らす。

「今日は、シナトラのラストステージです。シナトラの日本での活躍をみんなで願いましょう」

「まずはバラードから」

ぱおぱおんの静かな歌声が会場に響き渡る。


 わかれに悲しみ着いてくる

 幸せの後ろに着いてくる

 けれどもそれは終わりじゃない

 僕らはまた出会うのさ

 生まれ変わって出会うのさ


 わかれに幸せ着いてくる

 わかれ後ろに着いてくる

 さよならだけで終わらない

 僕らは何処かで出会うのさ

 それが何処かは知らないけれど


 おシャカさまが教えてくれた

 たとえ姿がなくなったとしても

 この広い宇宙に存在する


 わかれに幸せ着いてくる

 わかれの後ろに着いてくる


「おいおい、ファンのみんな、勘違いしないでくれよ、俺は生きているぜ!」

シナトラがマイクで遠慮がちに呟く。

 

野外ライブ会場は大歓声に覆われている。

これから始まる未来を照らしだすようなスポットライトが野外会場を照らし出した。

 

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