水魔族ナオキ伝

釣ール

許せないのは僕の方だ

 人間歳を重ねれば丸くなると言われる。


 産まれてから水をあつかう一族として暮らさせられた名前の通りそのまんまの水魔族すいまぞくの若者、金将かくぐんナオキは自分が人間の姿をした別の一族として生かされていることに物心がつくころには気がついていた。


 わずかな水溜まりさえあれば人間が一日に消費するカロリーの食糧をとらなくても生きていける。

 植物さえ傷つけず、酸素と二酸化炭素を植物と分け合うことすら出来る。


 だが『決して自分達を頂点の種族と思うことなきように。』


 ヒトがもし自分達の存在に気がつけば確実に利用されるか始末される。


 多様性の時代といっても悪いところはそのまま、良いところは変わっていくだけ。


 社会的な圧力はなんでもありだ。

 日常を守るためにあまり食事をとらなくてからかわれ、いじめられた時に(嘘でごまかせる程度の)水を操って反撃し、多人数に勝利してしまったため格闘技を習うことになった。


 武力を使うためじゃない。

「武力も使えるよ。」という肩書きを使うため。


 もちろんそれでヒトとの戦いがなくなるのなら今頃ヒーロー・ヒロインもダークヒーロー・ヒロインも無形文化財むけいぶんかざいになっているかもしれない。


 時代劇じだいげきすら儲けにならないと切り捨てられる世界だ。


 金将かくぐんナオキは今日も生きて生かされる。





 日常って何のためにあるんだろう。

 みんな苦手なことは続けられないことは知ってるし、かといって好きなことでもムチャは出来ない。


 誰かは俺たち人間の生き方を縛ろうとAIを使ってかつて〇〇年代で遅れた伝統を暴走してまで弱い立場の男性と女性を十代から同調圧力で支配しようとしたとても尊敬できない運が良かっただけの中年がゆとり世代を追い詰めたと言う話をナオキから聞いた。


「なんで歳上だけでなくみんなそこまで頭悪いんだ?」


「俺たちもその馬鹿の一人だ。思い上がるとしっぺ返しを食らう。」


「悪い。それ付け足すの忘れてたよ。」


 経済状況は悪くなる一方。

 そして名前や肩書きが大きくなり第一印象が悪くなければ騙される。


「ナオキ、弱者男性候補って思われるかもしれないけれど聞いてくれ。

 前、高い役職着いてるんだなあって女の人がお婆さんの介助者やっていたんだ。

 今は別の仕事をしている。

 あんなに着飾ってるのに綺麗って思えないんだ。

 本人は仕事なんだろうけれど弱い立場の人間から時間を搾取してる格好に見えて仕方がない。


 楳図うめずかずお先生の本で詳しいことは忘れたけれどある日見た女性の美人が鱗に覆われた魚人だったって話でそう見える人間は主人公だけだった。

 だが後に…ってさすがに失礼か。」


 ナオキの前で要領を得ない話なんてしても


「アンチポリコレは今のおっさんがやっている子供のような行動だ。右翼とか左翼とかそういうインターネットによる極端な思想。」


 ってまえに思いっ切り論破ろんぱされたのに学習せずYouTuberの影響なのか料理してるナオキに言っちまったよ。


 しかしかえってきた返事は意外なものだった。


武弥たけやは第六感がある。

 稼げないのに忙しいアピールをするビジネスマンと、本当に稼げなくて忙しくてもベストを尽くす人間を見極められる。


 そんな他者からは笑われるが俺は助かってる第六感が。」


 料理は上手いのに美味しそうな顔をして食べたことがないナオキからそんなことを言われても・・・。

 褒められてるのか分からないが


「おう。」


 とだけ相槌あいづちを打った。


 英阿智武弥めぐんたけや、二十三歳。

 さっきまで上手い会話が出来なかった男。


 金将かくぐんナオキ、二十一。二〇二四年今年で二十二。

 武弥の一つ下。


 Z世代と意味不明なくくりをするメディアが嫌いで昔のアニメをさかのぼる為に近所のレンタルDVD屋にいったら同じジャンルの同じ作品を手に取るという異性なら萌えるシチュエーションでナオキと武弥は出会い、「ゆずります。」とナオキから淡白に言われた時から


「絶対この作品手にする理由がある!」

 と推理した武弥はナオキに


「お前こんなギリギリレンタルできるマニアックな作品選ぶなんて修羅の道だぞこの先!」


 何故か悔しかった武弥はその作品をナオキにゆずり直して去ろうとした。


「なら一緒に楽しみましょう。

 変な意味ではなくてあなたからこの作品の楽しみ方を知りたくて。」


 あれから結構野郎同士で語ったのになぜあのDVDを借りたのか理由はかたくなに話さない。


 信用してないのではなく言う必要がないのだろう。

 感想や考察とかそういうの苦手そうな男だったし。


 それから一緒にいることが増えた。

 クールに見えるが物を食べる時以外は笑顔も多く、喋り方も古い。

 好きな異性のタイプが武弥は「ロング」に対してナオキは「求めない」ととても分かり合えそうにない。


 スポーツやってそうだなあと思っていたら「余ったからチケットを購入してください。」と汗だくで頼まれた時はたまたま持ち合わせていた分で会場まで行って本物の血が流れる競技的な殴り合いの果てに顔にダメージを貰わずに勝利したナオキを見てドン引きした後にファンへと変わった。


 こいつ面白すぎるだろぉ!

 しかも友達が多い方ではないが付き合いが良いため悩みがなさそうに見えてトイレですれ違う時に隠れて凹んでいるところを間違って見てしまったことがあるぐらいには人間らしい同年代男性だった。


 話は戻ってそんなナオキから武弥はいわゆる審美眼しんびがんがあると言われた。


「いつの時代もみんな外では笑って中では泣いてんだよ。」


 料理を淡々と渡す細身で筋肉質のナオキはやりたくないこともやりきろうとする愚直ぐちょくな人間なのかもしれない。


「ナオキの料理はいつも美味い。

 減量?とかそういうのがあるのに現代の健康賛美に反旗はんきひるがえすような昭和の人達だったら間違いなくナオキを料理人にするはずだ。」


「お、おう。」


 彼の料理を楽しみにしているのは事実だ。

 低予算なのに下手な店より味付けが素晴らしい。

 だがナオキは水かコーンフレークしか口にしない。

 どうやってタンパク質取ってるんだ?

 と武弥は気にしているが本人の名誉のために永遠に聞くことはないだろう。


「日常生活って、こんなに苦しいものなのか。

 ヒトとして産まれてずっと戦い続けるだけの現実を突きつけられてなお。」


 また始まった。

 美味い料理のあとは辛気臭しんきくさい話でプラマイゼロにしてくる。


「毎日何かをつぐなってるのかもしれないな。

 原罪げんざいや地獄なんてないけれど、俺たち人間は聖人君子ではない以上、物事を極端に考えすぎないように選択肢を作っていけるに超したことはないって、呼吸と共に学習してるかもしれないし。」


 ほらほら。

 移ったよ辛気臭さが。

 でもナオキの前で綺麗事や哲学の真似事なんてしたくなかった。

 それじゃ、自分達がなりたくなかった連中と同じ所にいるみたいだと今までを否定されそうだったから。


「これ食ったらちょっと街へ行こうぜ。気分転換しないとやっていけないからさ。」


 ヤロー二人で低予算でやることは決まっている。

 ゲーセンでなにかとる事だ!



◎ゲーセンで


「しまった。もう全部取られてやがる!」


 時間帯を間違えたのだろうか。

 UFOキャッチャーは意外とゲーセンで人気が安定してる!


「聞くところによれば田舎のゲーセンでもUFOキャッチャーは腕のある人間に総取りされる運命にあるらしい。」



「金使ってないけどただ時間無駄にしただけじゃないか!

 ごめん!」


「いや、気持ちだけで気が晴れたよ。ありがとう。」


 じゃあどこでこのストレスはどこへ?

 武弥は一人落ち込みながら下を向いて歩くと誰かとぶつかり、吹っ飛んだ。


「なんだあてめえら。」


 コッテコテのヤンキーじゃねえか!

 するとナオキが仲裁ちゅうさいに入る。


「ただ結果が出ず落ち込んで歩いていただけです。

 どうかここはお引き取りを。」


 もちろんヤンキーには通じず裏路地に引っ張られる古典的なおどしをされる。

 年齢は明らかに自分達より上。


 気の弱そうな人間をわざと狙ってまで今どきこんなことするなんてこの人達・・・。


 するとナオキはいつの間にか一人を吹き飛ばした。


「ぐあお。な、なんだ今のは!?」


 ナオキの目が鋭く光った気がした。

 もちろん本当に光ってはいない。

 今まで見たことがない殺気をヤンキー達に向ける。


 急に自分達以外の周囲に雨が降り出し、ヤンキー達は痛い痛いと泣きわめいている。


「逃げるぞ。

 あの雨は俺たち二人には当たらない!」


 事情は分からないが武弥はナオキと共にその場を去る。

 ヤンキー達の雨はふりそそぎ、運良く足止めになった。


「はぁ。はぁ。ナオキなら今年中に彼女作れるよ。」


「何の話?」


「いや、どういう原理でヤンキー投げ飛ばしたのか分からないけれど確実にあれは…。」


 殺気ではないがナオキからこれ以上言わないで欲しいという視線を感じた。


「ま、護身術ぐらいは令和仕様なのかなって。

 プロには負けるよ。」


「突然の非日常だったがストレスもこれで晴れた。

 雨が降ってはいたが。」


「本気で言ってんのか?逆に怖いだろ。

 いや運良く逃げたしこんな経験したらおじさんになった時にいい話題になる。」


 ナオキは少しだけ首を傾げ、「気にしてないのか?」と続ける。


「運良く逃げられたんだから。

 それでいいじゃないか。」


 多分ナオキの秘密があったのかもしれない。

 けど、目が鋭く光って見えただけしか分からないんだから気にしなくていいのに。


 武弥は自分がナオキにとって心許こころゆるせる人間じゃないのかもしれない。


 でももし打ち明けることがあれば、その時は「そうだよね。」と共感したい。

 無いならないで変に気をつかう必要もない。

 恩人なんだから。


「ところでもしさっきみたいなシチュに必殺技をつけるとしたらどうする?」


 間髪かんはつ入れず「サークル・クラッシャー。」と発したナオキに「闇深けえ!」だけ連呼れんこして帰ることにした。


 日常を送ることは確かに難しい。

 いつかさけられない経験も何度かするかもしれない。


 ただ恩着せがましいことは一切しない彼の力にどれだけなれるかを武弥も積み重ねていくことだけを大切にすることにした。

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