第3話 巨人の王(後篇)

 雨降り山脈は、世界を分かつ壁である。

 ~二柱神教会聖典より~


 カロン西方王国の都を出発して、三日目の早朝。タイロンはアーナケーヤの丘に到着した。馬から降りたタイロンの眼前には、朝露で濡れた背の低い草が茂る丘陵が広がっており、遠くには雨降り山脈の黒々とした峰が見えた。

 タイロンが出発前に大急ぎで調べた文献に依れば、カロンと巨人族の戦争は今から五代前の国王の治世であることがわかった。このアーナケーヤの丘は戦争の最終決戦の場であり、不死王ゴルドリックを討ち、勝利したカロンは巨人族を雨降り山脈の向こう側に追い返した。

 タイロンは、早速、探索を始めた。記憶師の話では、巨人の不死王に突き刺さった剣は、不死王とともに地割れに呑み込まれたという。地下に空洞があるかもしれないと考えたタイロンは、丘の影や古くから生えているであろう大木の周辺をくまなく見て回った。

 探索を初めて二日目の昼。タイロンは、中ほどから折れた古木に隠れた、丘の斜面に亀裂を発見した。亀裂は、ちょうど人一人が入れるくらいの大きさであったが、巨漢のタイロンには少々手狭であった。下手に入って、中で身動きが取れなくなる様がタイロンの脳裏に浮かんだ。だが、この奥に目当ての剣があるかもしれないと思いなおし、意を決し、タイロンは亀裂の中へ入った。

「ぬう、狭い、がなんとか!」

 持ち前の怪力で亀裂を押し広げるように進み、タイロンは亀裂をくぐり抜けた。潜り抜けた先は、想像以上に広い空間であった。土の天井は高く、あちこちに入った小さな亀裂から陽光が差し込んでいる。

 地下空間を進むタイロンは、自然と腰の剣をつかんだ。記憶師の話に出てきた巨人王は、不死であったという。話を鵜呑みにするわけではないが人知の及ばぬ存在は、この世界に無数に存在する。人知未踏の雨降り山脈の向こう側からやってきた巨人族というなら、なおのことだ。過去、雨降り山脈の向こう側からやってきた存在によって、人々は大きな被害を被ってきた。いつでも剣を抜けるよう警戒しながら、タイロンは地下空間の奥へと進んだ。

 しばらく奥へ進むと、大小様々な岩が無数に転がっている場所にたどり着いた。タイロンは周囲を見回し、転がっている大岩の一つが天井から差し込んだ陽光を受けて輝きを放っていることに気づいた。

 大岩から剣の柄が突き出ていた。柄にはエルフの文字が彫り込まれている。

 エルフの剣、止まり木。記憶師の話を改めて思い出し、タイロンは大岩へと近づいた。なぜ巨人王の心臓へと突き刺さったはずの剣が岩に深々と突き刺さっているのか、タイロンは疑問に思いながら、岩から突き出した柄を握りしめた。

 剣を引っ張るタイロンの、元々丸太のように太い腕の筋肉が盛り上がった。柄を握りつぶしかねないほどの力を籠めて剣を引っ張るが、剣は岩の相当深くまで食い込んでおり、動きもしない。

 しかし、念願の剣を前にしてあきらめるタイロンではなかった。全身の力を振り絞り、剣を引く。タイロンの顔面は真っ赤に染まり、玉のような汗が流れ落ちた。今まで剣を振るう際に込めて来た全力を振り絞り、剣を引っ張る。

 引っ張ること半刻、ついに根負けしたかのように大岩に突き刺さった剣が、ずるずると音を立てて動き始めた。

 剣が、ついにその姿を現した。引き抜いた剣をタイロンは頭上に掲げた。

 天井から差し込んだ陽光で、剣に彫り込まれた不壊と停止のルーンが輝いた。輝きを見つめながら、タイロンはこの剣が今までに振るってきた剣とは全く別次元のものであることを直感した。数多くの剣を折ってきたタイロンをして、このエルフの剣が折れる様を想像することが出来なかった。

 ついに自分の剣に出会えたのだ、とタイロンはを身を震わせた。

 だが、喜びの余韻は長くは続かなかった。タイロンは周囲に漂う不穏な空気を感じ取り、我に返った。タイロンはとっさにエルフの剣を構えた。

「この、気配は」

 何かがいる、そして歓喜の声を挙げている。タイロンは先ほどまで流れ落ちていた汗が、全身が放っていた熱が引いていくのを感じた。張り詰めた緊張感が、タイロンの肉体のポテンシャルを戦闘に適した状態に最適化していく。

 巨大な存在感、プレッシャーというべき気配を感じ取ったタイロンは、先ほどまで剣が突き刺さっていた大岩に視線を向けた。

 大岩が、振動している。振動は時間が経つにつれて大きくなり、岩の表面が赤黒く変色していく。大岩の変化に合わせるように週に転がっている無数の岩も同じように赤黒く変色し、生き物のように蠢き始めた。

 その異様な光景にタイロンは息を飲み、記憶師の言葉を呟いた。

「……なるほど。不死王は傷つくことはあっても死ななかった、か」

 タイロンは、握ったエルフの魔剣『止まり木』を見た。剣にルーン文字が彫り込まれた真の意味を理解した。巨人の不死王の話は、全て真実であった。エルフの魔剣に彫り込まれた文字は、不壊と停止。決して壊すことが出来ない剣は、突き刺さった相手の時間を停止させ、岩へと変える。魔剣『止まり木』は、不死王ゴルドリックを殺す剣ではなく、封印する剣であった。

 その封印が解かれ、ゴルドリックが砕け散った肉体をかき集めて、再生を開始したのだ。

「ならば!」

 タイロンに迷いはない。魔剣を大きく振り上げ、大地を割る踏み込みとともに脈打つゴルドリックの心臓に振り下ろす。刃が肉を切り裂き、心臓からは噴水のように血が吹き上がった。タイロンはさらに力を込め、刃を心臓の奥へ向かって突き刺した。

 タイロンは、切り裂いたゴルドリックの巨大心臓の肉が大きく盛り上がるのを見た。盛り上がった肉が切り裂かれた部位を塞ぎ、剣に纏わりついた。刃を破壊すべく肉が剣を圧迫し、締め上げる。

 だが、剣に付与された不壊の力が、剣を肉の圧力から守った。肉が音を立てて剣を締め上げるが、魔剣は微動だにしない。

 タイロンは刃に彫り込まれた停止の文字の白い輝きを見た。光は水が大地に染み渡るように、巨大心臓全体をゆっくりと覆っていく。空間に響く心臓の鼓動音が徐々に小さくなっていく。

 心臓全体を包み込んだ剣の光が光度を上げ、周囲を白く染め上げていく。タイロンもまた、白の輝きに呑み込まれた。


 地下空間の天井が見え、タイロンは自分が仰向けに倒れていることに気づいた。

 タイロンは起き上がり、大岩に深々と突き刺さった『止まり木』を見た。周囲に蠢いていた、無数の赤黒い肉塊の姿はなく、周囲には無数の岩が転がっている。試しにタイロンは石に触れてみたが、それはただの岩であった。

 夢であったのか、とタイロンは一瞬考えたが、すぐに思い直した。『止まり木』を振り下ろした感覚が、いまだに手に残っている。決して夢ではない。

 タイロンは『止まり木』の突き刺さった大岩に背を向けた。残念ではあるが、不死王を蘇らせるわけにはいかない。

 だが、タイロンは得るものはあったと思った。剣を折らずに振り下ろせた感覚はタイロンにとって何とも代えがたい感動であった。

 それに折れない剣が『止まり木』だけとは限らない。また、どこかで折れない魔剣に巡り合えるかもしれない。その思いを胸にタイロンは、巨人の王と魔剣が眠るアーナケーヤの丘を後にした。


 結論から言うとタイロンは生涯、自身が満足に振るうことができる頑丈な剣を見つけることは出来なかった。タイロンがその生涯で折った剣の数は、星の数に匹敵すると言われている。

 だが、タイロンを馬鹿にするものは今やいない。

 アーナケーヤの丘の冒険の後、タイロンは折れない剣を探して世界各地を渡りあるき、そして自身の意思で折った唯一の剣と出会うことになる。

 それはまた、別の話である。

 

 

 



 

 


 


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異世界住人~死んだり生きたり~ たーる・えーふ @taruefu-retro

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