第2話 巨人の王(前篇)
静寂王はわが子を抱け上げて、言った。
「哀れな。この子は未来永劫、母に会えぬ」
~巨人王統記より~
剛力として国内外にその名を轟かすカロン西方王国の騎士タイロン・マクダリウスには、大きな悩みがあった。
それは、タイロン自身の剛力に耐える剣がないことである。
タイロンの斬撃には、盾ごと敵を両断する威力がある。まさに一撃必殺の技と言えるのだが、剣がタイロンの力に耐えきれず、へし折れてしまう。周囲から畏怖を込め『剛力の騎士』と呼ばれるタイロンであるが、一方で陰では『馬鹿力の騎士』や『ソード・ブレイカー』、はては『剣を折ることに興奮を覚える変態』と甚だ心外な名前でも呼ばれていた。
タイロンは各地の武器屋や刀剣工房を訪れ、自身の力に耐えることが出来る剣を探し求めた。結果、タイロンの去った後にはへし折れた剣の残骸や山と残され、タイロン出禁の張り紙が多くの店先に掲げられた。
酒場「竜の悪酔い亭」にて。
「国中の武器屋、工房を探し回ったが俺の力に耐えられる剣はなかった。俺は、一生満足に剣を振ることができない騎士で終わるのか!」
そんな風に酒場で嘆くタイロンを見かねた、同僚の騎士が言った。
「タイロン、ここは一つ、記憶師を頼ったらどうだろう?」
俯いていたタイロンは、顔を上げた。
カロン西方王国には、記憶師という一族がいる。記憶師たちは王国の始まりから今日に至るまでの歴史を連綿と脳に記憶し、未来へと語り継ぐことを生業としている。
「しかし、記憶師を頼って、どうする? 彼らが持っているのは膨大な歴史や記録であって、俺が探しているのは剣だぞ」
「まあ、聞け。東のエグザルト帝国の始祖帝が振るった雷の魔剣の話は、お前も知っているだろう?」
タイロンは、頷いた。有名な話だ。
「ドワーフの鍛冶屋がカミナリを打って鍛えたという、アレか」
「そうだ。はるか昔には、そういうとんでもない剣が存在したのだ。エグザルト帝国にあるものが、我がカロンにないと言えるか?」
「……なるほど、それで記憶師か」
「そうだ。記憶師の持つ膨大なカロンの歴史の中から、お前の馬鹿ぢか……怪力に耐えられる剣を探すんだ!」
「よし、わかった! 記憶師だな! 行ってくる!!」
タイロンは同僚騎士の言葉に希望を見出し、すぐさま立ち上がると記憶師の家に向かって酒場を飛び出した。後ろから飲み代くらい置いてけ! と叫ぶ同僚の声が聞こえたがタイロンは無視して突っ走った。
酒場を飛び出したタイロンは、その足で町はずれにある記憶師の老人の家を訪ねた。突然の訪問に老人は警戒していたが、訪ねて来たのが有名なタイロンであることを知ると、家の中へ招き入れた。
タイロンから事情を聞くと、老人は頷いた。
「なるほど、わかりました。かの高名なタイロン卿のお力になれるのであれば、記憶師として協力させていただきましょう」
「おお! 協力してくれるか!」
老人は、早速準備に取り掛かった。居室の棚から数種類の薬草を取り出し、薬研で磨り潰し、井戸水と混ぜ合わせた。
老人は、タイロンに言った。
「ワシら記憶師はご存じのとおり、今日に至るまでのカロンの歴史の全てを代々脳内に保存しております。ワシで十三代目、受け継いできた記憶は膨大な量になります」
老人は、器に入った薬草が溶け込んだ液体をぐいと一気に飲み干した。
「膨大すぎる記憶は日常生活の支障になるため、普段は一族秘伝の術で記憶の一部を封印しております。今飲んだ薬液は、その封印を一時的に解除します。薬液の効果が出てきたら、タイロン卿が知りたいことをワシにお尋ねください。記憶の中に答えがあれば、お答えします」
そう言うと、老人は椅子に腰かけた。
しばらくすると、老人の目がうつろになったことにタイロンは気が付いた。薬液が効果を現したことを察したタイロンは、老人に尋ねた。
「記憶師殿にお尋ねする。絶対に折れない剣は、あるか?」
老人の口から、すぐに答えは返ってきた。
「ある」
老人の答えを聞き、タイロンは感激に身を震わせた。そして、続けて問う。
「折れない剣とは、どういったものだ?」
老人の左右の目が一瞬、上下に動いた。脳内の記憶から情報を引き出す動作のようだ。そして、老人は答えた。
「剣は、雨降り山脈の向こう側からやってきた巨人たちの侵攻を受けた時に作られた。巨人たちを率いた王の名は、不死王ゴルドリック。静寂王ゴルドバーグの子にして、母親の胎内に死の運命を置き忘れた者。傷つくことはあっても、決して死なない者。不死の巨人王に率いられた巨人たちに王国の騎士たちは苦戦を強いられた」
タイロンは老人の言葉を聞き、頷いた。はるか昔、カロンが巨人の侵攻を受けたことはタイロンも知っている歴史であった。
「……カロンの王は、巨人と敵対関係にあるエルフに助けを求めた。そして、エルフたちの叡智によって、一本の剣が作り出された。刃には決して壊れぬように不壊のルーン、そして時の流れに逆らうための停止のルーンが刻まれた。剣の銘は、止まり木。エルフが作り出した剣によって、不死王は討たれた」
タイロンは、さらに尋ねた。
「その剣は、どうなった!?」
「不死王の心臓に突き刺さった剣は、不死王とともに大地の崩落に吞み込まれた。アーナケーヤの丘のどこかに、いまも眠っているだろう」
そこまで言うと、老人の体が大きく震えた。全身を震わせながら、老人の目が縦横に動き始めた。
「き、記憶師殿! 大丈夫か!?」
尋常ではない様子を見て、タイロンは震える老人の肩をつかんだ。
「だ、大丈夫じゃ。薬液の効果が切れただけじゃ」
老人は、大きく息を吐いた。老人の額から大粒の汗が流れ落ちた。
「……して、タイロン卿。お探しの剣は見つかりましたかな?」
老人の問いにタイロンは、大きく頷いた。
「ああ、恩に着る! 俺は今から、アーナケーヤの丘に向かう!」
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