四
「税が上がったそうだな」
ある日の清朗の講義の最初、開口一番皇太子が言った。
「民を痛めつけることは瑞国を痛めつけることに他ならない。廷臣の誰ひとり、そのことに気づかないのか」
歯痒そうな顔で皇太子が呟く。
皇太子は清朗と教師たちの教育、そして皇太子自身の熱意によって見違えるほど聡明になりつつあった。
「清朗、教えてくれ。どうしたら瑞国は良くなる? 私は何をすれば良いんだ」
皇太子の問いは、清朗の古傷を引っ搔いた。清朗もかつて同じ思いを抱き、懸命に努力した。その結果、清朗は濡れ衣を着せられ、宦官となってここにいる。
「……優秀な者、志ある者を登用し、
清朗がかつて、牢の中で一心に望んでいたこと。結局叶えられなかった願いだ。
それを聞いて、皇太子は胸が詰まったような顔をした。
「今の私には何もできない、ということか」
その言葉に、清朗は少なからず失望し、落胆した。皇太子ですら何もできないと諦めることを、清朗は無謀にもやろうとした。つくづく、無駄な努力だったのだ。自分の人生は無駄だったのだ、と改めて知らされたように感じて、心がみるみる陰っていく。
けれどすぐに、皇太子は強い瞳で言った。
「清朗、もっと様々なことを教えてくれ。私は頑張る。皇帝になった時に民を守り、瑞国を立て直せるように。
聞いた瞬間、清朗の胸が熱くなった。ついさきほどまで無駄だと思っていた人生が、皇太子の言葉で肯定されたような気がした。
いくつもの悪意に人生をゆがめられ、たどりついたのが皇太子だった。そこで、たくわえた学識を以て皇太子に教育する機会に恵まれた。そして、皇太子は瑞国を変えたいと願うに至った。かつての自分のように。今度こそ、瑞国が変わるかもしれないのだ。
いつのまにか皇太子を大切に思っていたことに、不意に気づいた。
希望を抱くことを恐れていた。望んだとて、痛みが与えられるだけだと決めつけていた。だから、自分の気持ちに蓋をしていた。けれど心の底では、瑞国のために懸命に学ぶ皇太子のことを、大切な教え子だと思っていた。皇太子のために生きたいと思っていた。それゆえ、司礼監太監と会った時に、真実を告げられなかったのだと、腑に落ちた。
今、皇太子は、もう一度瑞国を変えるという夢を見たいと思わせてくれた。闇に閉ざされていた清朗の人生を、強く優しい光で照らしてくれたのだ。
この日、清朗は皇太子に命をささげることを決めた。死ぬことは受け入れていても、それは今までの暗い決意とは全く違ったものだった。司礼監太監にことが露見し、清朗が殺される時までに、持てる学識のすべてを授けるのだ。皇太子に教えることは、もはや死ぬための手段では無かった。それは、清朗の残りわずかな人生を生きる意味だった。
月日が流れていった。皇太子は日に日に賢くなっていく。ときおり、清朗も驚くほどに鋭い意見が飛び出すこともあった。
仕え始めて三年がたつ頃には、皇太子の背丈は清朗を越し、学識高く美しい青年となっていた。
清朗は相変わらず穏やかな日常を送っていた。司礼監太監にはまだ勘づかれていないらしい。けれど、もう命に未練は無い。皇太子は聡明に育った。かならずや賢君となるだろう。清朗の役目は終わったのだ。清朗の心は、ひたすらに穏やかだった。
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