第24話 嘉村鈴子

 ——少し昔の話をしよう。


 その女性は内なる葛藤に胸を裂かれ、苦しんでいた。

 彼女は教師として、生徒を愛していたから。


 嘉村鈴子には、彼らがたとえ『悪』だとしても、生徒を助けたいという思いがあった。


 萌義党にとって、萌えない者は『悪』である。

『悪』とは断罪されるべき者である。


 学校内の『悪』を駆逐し、属性持ちと堕民のみのコミュニティとし、自らのホームとする――それは《女教師》嘉村鈴子が目指すもの。


 そう、堕民であれば『悪』であっても許される。《萌え》に囚われ堕ちた者は、自身が萌え属性のない『悪』だったとしても無罪となる。


 だから彼女は当時の在任校でも、その能力・スペックをフルに活用して誠心誠意、人々を魅了した。


 だがしかし、どこの世界にもそれらが通用しない者は多からずいる。

 堕ちなかった『悪』たちは、もはや粛清されて然るべき者たちだ。


 だからたとえ生徒であろうと、萌義党の実行部門が手を下すのを止められるわけはない。

 嘉村自身も実行部門に属しているのだが、相手が生徒である場合、傍観するしかなかった。


《女教師》嘉村は生徒を攻撃できず、

《女教師》嘉村は生徒を助けてあげることができなかった。


 彼女は彼らが殺されるのをただ黙って見ているしかできなかった。


 ――やがて、彼女は思う。

『悪』であるとはいえ、生徒を助けられなかったことは、《女教師》にとって重大な過失である。これからもホームを増やしていくにあたり、生徒を見捨てなければいけないことがあるだろう。


 それだけは、避けたい。

 もう、そんなことには耐えられない。


 しかし、萌義党の党首には逆らえない。彼女は絶対であり、逆らうなどという意思が許される存在ではない。


 ああ、どうすればいい——。

 どうすれば、この苦しみから解放される?


 内に葛藤を秘めたまま、彼女は悶々と待ち続けた。

 そもそも、人であるから苦しむのだ。

 彼女は一日を千秋にも感じながら、ある日を待ち続ける。


 ——殺し屋と出会う日を。

 その、終わりで始まりの日を。


 真に概念のみの存在として、生きる日を。

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