第21話 疑問

「遅かった……」


 間一髪で間に合わなかった。

 殺害現場に現れた有井は、悠へと近寄っていく。

 こんなにも。

 こんなにも早く、犠牲者が出てしまうなんて——。

 

 その間にも、嘉村の身体はどんどんと霞んでいく。死体はおろか、血溜まりさえも靄がけぶるようにして見えなくなっていく。人と概念の合一体であったものは、今や《女教師》という概念だけの存在となり、人としての嘉村鈴子は、そして誰にも認識されなくなる――。


「……誰か、概念持ちタイトルホルダーを、殺しましたね?」

 ゆっくりと、何かを思い出そうとしながら有井が訊く。

 悠は右手にナイフを持っていた。床には銃が落ちている。


「ええ、殺しました――」

 半ば、呆然とした悠の声。

 有井もまた茫然とした顔で、

「これは――私のせいな、気がします」


「……何を、言ってるんですか? 殺したのは俺ですよ? 人を殺した現実くらい、自分で受け止めますよ。殺し屋ですからね」

 そう言った悠の顔を、有井は心底から不思議だとばかりに覗き込み――


「じゃあ、何で悠さん――」


 悠さん、何で―――


 ―――何で、泣いてるんですか?


 瞬間、悠は有井に跳びかかっていた。

 両手で有井の首をがっちり掴み、力の限りに絞め上げる。

「今、何て言ったんですか?」

 悠に喉を絞めつけられて、ぱくぱく有井は空気を食べる。

「俺が―――何だって?」

 ぱくぱく。

「俺が―――」

 ……くそ、くそ! ふざけるなよ?

「ありえないでしょう! 俺が、人を殺した俺が―――」

 ―――泣いているだって?


 そんな、じゃあ……。

 ――まさか。

 あの時も、俺は泣いていたのか?

 ――まさか!


 夢に見る、初めて誰かを殺した、あの時も―――。

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