二、《女教師》フォーリンラブ

第15話 幼馴染みは恐ろしい

 すぐに殺せない以上、悠が行動を起こすうえで邪魔な存在となった《天使》有井。

 彼女を追い出しはしたものの、あの部屋――宿直室に監禁しておくという手もあった。


 そのほうが信者の拡大は抑えられたかもしれないが、こちらも慈善事業で殺し屋をやっているわけではない。紐で縛って監禁して、部屋が汚されてはたまらない。《天使》とはいえ、排泄行為はするのだろうし――


(有井さんってウンコするんですかって、訊いておけばよかったかな)


 天使はそんなのしませんよ、とか言われそうだけど。


(トイレが離れた場所にあるのがいけないんだよなぁ。貴重なお金で、おむつなんかを買うのも嫌だし……)


 ともあれ、メインホームが分かっているのだから、後で殺す方法が分かったらそこに行けばいい。危機感のない彼女が、わざわざメインホームを変えることはないだろう。


 宿直室を出る前に、悠はもう一度携帯電話ガラケーで沢津の番号を呼び出した。


(一応、連絡しておいたほうがいいよな……)


 先ほどは落胆のあまりすぐに通話を切ってしまったが、これから《女教師》の調査に乗り出すことを伝えておこう。


「………………」


 しかし出ない。

 沢津は、こちらからの電話に出ないことが多い気がする。


 ……いや、気のせいではないだろう。

 こういう時、メールが使えれば便利なのだが、と悠は思わずにいられない。


 悠は携帯電話をほとんど使いこなせていないが、かといってメールを送る方法が分からないほどでもない。

 では何故、悠は沢津との連絡手段にメールを使えないのか――。


 それは、悠が絵文字の使い方に不慣れだからで、沢津が絵文字のないメールを一切読んでくれないからだった。


 彼は、内容のほぼすべてが絵文字で構成されている、絵文字で埋め尽くされたメール以外を通常のメールとして扱ってくれない。絵文字率の低いメールは迷惑メールとして処理され、なかなか頑張っている感のあるメールでも、彼にかかれば解読不能というレッテルを貼られてしまう。


 悠にしてみれば、絵文字を多用したメールこそ異界の文章めいているのだが。


 そして悠の知る限り、沢津とまともにメールでやり取りできる人間はただの一人しかいなかった。


 もっとも、その一人はもうこの世にはいないのだけど――。


 はぁ、と悠は肩を落としてから、

(まぁ、いいや)

 と歩き出す。


(絶対連絡が必要ってわけでもないし、沢津さんは《ナース》の調査で忙しいんだろう)


 廊下を歩く悠の身を包む服装は、この学校指定の制服。なかなか久しぶりに袖を通したが、かびていなくて本当によかった。この姿なら誰に怪しまれることもなく、校内を闊歩できる。


 とはいえ——

(俺、一応ここの生徒なんだけどな……)


 校内に住んでいるというのにあまりに出席していなすぎて、義務教育でなければ留年して一年生のままだったろう。


 そんなわけで友達もいないから、こうして廊下を歩いていても誰に声をかけられることもなく――。


「あっ! 悠ちゃん!」

「…………」


 幼馴染みというやつは恐ろしい。

 油断ならない。


 もし《幼馴染み》という概念持ちタイトルホルダーがいるのなら、真っ先に殺しておいたほうがいいとさえ思う。それくらいの脅威を感じる。


 とりあえず無視だ。お前の知っている悠はもういないんだ。人違いなんだよ——。


 たたた、と前方から走り寄ってくる見知った女子生徒。


 しかし、ここでダッシュして逃げるわけにはいかない。そんなことをしたら、俺が悠だと認めたようなものだ。

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