第13話 泣くかな
「あの、もしよければ」
気を取り直して、悠は有井に提案した。
「もう少し、ここにいてくれませんか? 俺と一緒にいてください。もう少しで、有井さんに萌えられるかもしれませんし」
「えっ! 本当ですか?」
「そうなんですよ」
と、嘘を吐く。
沢津から連絡をもらい、《天使》を殺す手段があるかどうかを確かめるまでは、逃がしたくなかった。いくらメインホームが分かっていようと、敵の本拠地に侵入するのは少々手間だから。
その時。
ぴるるるる! と間抜けな着信音が部屋に鳴り響いた。
悠は
「しもしも? 悠ちゃん? どうしたの? 何かあった?」
癖のあるオネエ口調――沢津の質問に悠は、
「実は《天使》の
「まだそんなことを―――むぐっ」
ぷんすか怒りだした有井の口を片手でふさぎ、電話を続ける。
「ああ、そうなんですか? そうですか……それは困りますね。……ええ、そうして頂けると。……嫌ですよ。はぁ。ホント、お願いしますね」
通話を切る。
有井の口からも手を放す。
「ぷはっ。何するんですか! 息ができなくなるじゃないですか!」
「でも、死なないんでしょう?」
「そうですけど、気分がですね――」
「有井さん」
悠は有井の言葉をさえぎり、
「帰っていいですよ」
「――――な」
朝食の片付けを始めながら、有井を追い返すことにした。
「もう帰ってください。萌えないんで。殺す方法があるかどうかも今すぐには分からないそうですし。邪魔です」
「……………っ!」
泣くかな。
有井は大きな瞳に涙を溜めて、目をぎゅっとつぶり、下を向いた。
なにか――悲しい感情を堪えているみたいで。
身体が小刻みに震えている。
「……………わかりました」
思いのほか、あっさりと。
有井は承諾し、悠に背を向けた。
天使の羽も心なしか元気がなさそうで――なんだか小さく、しょげているように見える。
「もう、引き留めても、遅いですよ」
「引き留めませんよ」
ぐす、という声が聞こえ。
「…………最後に、悠さんって呼んでもいいですか」
「いいですよ」
「悠さんの馬鹿」
言って、有井は宿直室を出て行った。
あの恰好で、この時間に……大丈夫なんだろうか。
場所柄、人目につくことは少ないかもしれないが――ああ、そうか。窓から飛んで行ったりするのかな。それも目立ちそうな気もするけど。
というか、
それはそういうものだと、受け入れられるだけ。
天使には天使の輪があり、羽があり、空を飛ぶものだと、当然のように受容されるだけ。
何も不思議なことはない。天使はそういうものなのだから。
概念とは、それがそういうものだと認めさせるものであり、認めさせられるからこそ概念なのだ。
ただ、不思議があるとすれば《天使》という概念と有井優可という人間が合一体として存在していること――それは不思議なことかもしれない。
でも、人々はその不思議に気付かない。
気付くことが、できない。
殺し屋でもなく
悠だって苦労したのだ。
その不思議に当然のように気付けるようになるまで、まるまる一カ月かかった。
それは殺し屋として最初に学ぶべきことであり――なにしろ殺害対象を認識する手がかりになるのだ――悠も例外なく、最初に先輩から特殊な訓練を受けたことだった。
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