第12話 戦慄

 まさか、概念持ちタイトルホルダーと食事をすることになるなんて、と悠は思った。


 昨夜もまさか、概念持ちタイトルホルダーが向こうから現れるなんて、と思ったから、立て続けに「まさか」を味わっていることになる。本当に味わいたいのは、もっと栄養のあるご飯なのだが。


 正面を向くと、有井が鮭フレークをかけたご飯を口に運んでいる。


(本当に幸せそうに食べるなぁ……)

 その表情には、呆気にとられてしまうものがある。

 まさしく見ている人を幸せにするような笑みだった。


(でも、萌えないし、殺すけど)


 人を幸せにするような笑顔を浮かべる少女であろうと、この胸の憎悪が消えるわけではない。概念持ちタイトルホルダーである限り、それは殺すべき対象だ。


 悠は朝食を採り終えると、携帯電話ガラケーで沢津と連絡をとってみることにした。


「………………」

 しかし繋がらない。


 でもまぁ、着信があったことには気付くだろうから、後で沢津のほうから電話してくれるはずだ。


 携帯電話ガラケーの液晶画面は、地味なフォントで現在時刻を表示していた。午前七時五十一分。始業までは三十分程度あるが、登校してきている生徒はいるだろう。

 ここ、宿直室の中からは分からないが。


 悠の視線の先にある窓は天井のそば、床から二メートル近くの高さにある。そのため、そこから外の様子を見ることはできない。しかし、逆に外から様子を見られることもないのでむしろ助かっている。


 そして、部屋の存在自体が忘れ去られているばかりか、一階とはいえ校舎の中で中途半端な位置にあるこの辺りにまで、わざわざ足を運ぶ生徒はそういない。距離的には裏山側にある北門にほど近いが、正門である南門や東門と違い、そこはすでに使われていない。そのため、この付近で人の声や足音を聞くことはほとんどなかった。


 ……さて。

「有井さん、学校は?」

 推定年齢から中高生と思われる天使の少女に訊いてみる。


「あー。どうしましょうかねぇ。制服ないですし。もう、破竹さんが粘るから。さっさと萌えてくれればよかったんですよ」

 責めるような台詞ではあるが、拗ねたような口調だった。


「学校はどこなんですか?」

 訊けば教えてくれそうだったので、重ねて問う。


「隣の市にある私立樫和かしわ高ですよ。一年生をやってます」

 あっさりと。有井はホームだろう場所の名前を口にした。

 女子高ではなく共学――ホームの可能性は極めて高い。


「私のメインホームなんですよ、そこ」


「――――――」


 悠は。

 戦慄を覚えた。


 そして、有井に畏敬の念すら抱いてしまった。


 概念持ちタイトルホルダーが一定のコミュニティ内の人々をまとめて自らの《萌え》の虜としている場合、そこはその概念持ちタイトルホルダーのホームと呼ばれる。言わば本拠地だ。ホームを複数持っている者もいるが、その場合もいずれかのホームをメインとし、本拠地としている。


 逃げも隠れもせず、あまつさえそのメインホームの場所を殺し屋に教えるなんて――度胸があるにもほどがある。彼女のことだから、嘘でもないだろうし。


 いや、待て。しかしだ——。

 悠は思い直す。


 現に有井は殺される心配がないのだ。少なくとも、通常の手段では。

 だから、こうまで堂々と自らのメインホームの情報を開示できるのではないか。


 そうだ。それだけのことだ。

 一瞬でも有井のカミングアウトに感心してしまった自分が忌々しい——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る