第11話 おいしそうですね
「じゃあ、そんな『悪』の俺は、どうして殺されないんですか?」
「ですから、破竹さん一人にかまっているほどみんな暇じゃないんですよ。あ、いえ、私も暇じゃないんですよ? 本当は暇じゃないんですけど、特別です。そのうち消されちゃうかもしれないんですから、このチャンスを逃さず萌えておいたほうが得ですよ?」
なんか、多分、暇つぶしか……これ。
どうせ今やることないし、ちょっと行ってみるか、みたいな。
もし何かの拍子で萌えてくれれば、ラッキー☆ みたいな。
そんなんで殺し屋が一人減るんなら、ちょろいよな……。
「どうやら俺をなめてるみたいですけど……いや、いいや。なめといてください。そのほうが殺しやすいですし」
「まだそんなことを言ってるんですか」
悠は冷凍庫から炊きためておいた白米を取り出すと、電子レンジに入れた。
「朝ごはんですか? この部屋には何でもあるんですね……」
チン、と音がしたレンジの扉を開け、中からご飯を取り出す。もう十分温かい。鮭フレークを振りかける。
いただきます——。悠は目を瞑り、顔の前で合掌した。
「あの……なんかさっきから、無視してません? 私のこと」
座して黙々とご飯を食べる悠の前には、小さな円形のちゃぶ台がある。
その対面の席に、有井が自分で座布団を敷いて座り込んだ。
「別に無視してません。この部屋には何でもあるわけじゃないですよ。トイレがないですし」
「でもお風呂はあるみたいですね。変なの……」
有井の視線の先には風呂というか、極小のシャワー室がある。一応バスタブもあるのだが、子供でも狭さを感じるほどで、ただ「風呂付きです」と言いたいがためにあるような、そんな貧相な設備だった。
「……あとこれが朝ごはんというのは正解です」
「あの、それだけなんですか? 朝ごはん」
「そうです。これだけです。貧乏なんで」
「なんか……冷たいですよ、破竹さん」
「そうですか? ホカホカですよ」
「ご飯の話じゃないですよ! 破竹さん自身の、私に対する態度です」
有井が対面に座っても視線すら向けなかった悠だが、この時、ついに目を合わせた。
「……あのですね、いきなり許可もなく俺の家――部屋に上がりこんできた《天使》なんかに、何が悲しくて温かく接しなきゃいけないんですか」
「《天使》だからですよ。女の子なんですよ。そんな邪険にしなくたっていいじゃないですか。……そんなに、私は可愛くないですか?」
「有井さんは可愛いと思いますよ」
「嘘です! それなら、萌えてくれたっていいじゃないですか!」
……やれやれ。
可愛ければ萌えてもらえると思ってらっしゃる。
「いいですか、有井さんは《天使》なんです。
「そ、そんな、はっきり言わなくても……」
どうも
帰っちゃうかな? と悠は心配したが、
「………………その、ご飯、おいしそうですね」
「………………」
また変なところに食いついてきたなぁ。
ご飯だけに……とか。
「あげませんよ」
「べ、べつに要りませんよ! やですね、私は《天使》なんですよ? 天使は何も食べなくても餓死しませんし。馬鹿にしないでくださいよ」
「ですよね。生きてないんですし。食べる意味ないですよね」
「いえ、意味がなくはないんですよ? ですから、もし頂けるのであれば、やぶさかではないというか、その…………私は《ツンデレ》ではないので正直に言いますけど、つまりですね、ご飯、食べたいなぁ、なんて……」
「嫌です。あげません」
「破竹さぁぁんっ! 冷た……ううっ、ぐすっ。……帰る。帰ります」
すっくと立ち上がって後ろを向いた有井は、しかし動かない。
明らかに悠が声をかけるのを待っている。
(……めんどくせえなぁ)
「分かりました。でも、本当に今は鮭フレークしかないですよ」
「破竹さん……っ!」
こちらに振り向いた有井は、満面の笑みを浮かべていた。
「喜びすぎです」
悠は青酸カリでも盛りたいところだったが、無駄に終わるだろうし持ってないので止めた。
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