第10話 悪は許しません

 萌義党――その類い稀なる宗教団体が頭角を現したのは、悠が生まれてすぐの頃だという。つまりは今から遡ること十五年ほど前の話だ。


 萌え文化の発展とともに勢力を強めた萌義党の根底を成す教義——それは『萌えは正義』というもの。創始者はモエガミというグループ名で地下アイドル活動をしていたとされる男性二人組で、一人は『党首』、一人は『教授』と呼ばれていた。すでに二人とも他界しており、現在は二代目の『党首』がトップに君臨している。


 そう、問題は、この二代目の党首だった。


 初代の党首が提唱したのは、あくまで『萌え=正義』という方程式にすぎない。それだけであれば、殺し屋なんて物騒なものが組織されることもなかったはずだ。


 だが、二代目党首は『萌え=正義』ならば『萌えぬ=悪』とした。そして、悪は排除すべきとした。


 ここに、正義の名のもとにおける粛清が始まる。世界を正義で満たそうと、世界を《萌え》で支配しようと、萌えぬ者たちへの弾劾が水面下で行われた。


 党にとっても、行政や司法を敵に回すのは本望ではない。だから慎重に、秘密裏に、気ままに、ときには大胆に——。

 細々と、しかし延々と。悪びれもなく犯行は重ねられた。


 これに対抗したのが悠たち殺し屋である。

 組織の発足は十二年前。

 悠が殺し屋になったのは六年前。

 ちょうど、萌義党との抗争が激化している頃だった。


「有井さんは、知っているんですか。《萌え》属性を持たない人々に対して、萌義党が何を行っているのかを」


「私たちは、そういう『悪』の存在を消しているだけですよ。……って、そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか。『悪』は許せないんですもん。確かに、そこに慈悲はありませんが、基本的に悪人にかける慈悲はないんですよ。慈悲だって、有り余ってるわけじゃないんですから」


「《萌え》属性を持たないだけで勝手に悪と決め付けて殺すなんて、酷いんじゃないですか?」


「酷くないですよ。だって、悪は悪なんだからどうしようもないじゃないですか。悪は悪以外の何ものでもなく、悪でしかないんですから。もう裁くしかないですよ。酷いと言うなら、殺し屋のほうがよっぽど酷くありませんか? 何も悪くない私のような女の子まで殺そうとするんですから。極悪非道もいいとこですよ」


(うーん、平行線だ……)

 悠はこめかみを指で押さえてぐりぐりした。

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