第9話 天使の微笑み④
「いい加減、諦めてくださいよ。疲れないんですか? もう何もかも忘れて萌えましょう。ね? 私の胸に飛び込んでくれてもいいんですよ?」
その慈愛に満ちた微笑みは、何か神聖なオーラさえ孕んでいるような印象を与えてくる。
「笑顔はともかく、天使というより悪魔じゃないですか。そういう誘惑をするのは」
呆れたように呟くと。
「き、傷付きました! 今のは傷付きましたよ? よりにもよって、悪魔とか……。天使に向かって、悪魔はないんじゃないですか? なんかもう、帰りたい……ぐすっ」
「すみません。謝りますから、まだ帰らないでくれますか? できれば、もう少し待ってほしいです」
殺す方法が見つかるかもしれないし。
「それに、どうせ帰っても暇なんでしょう?」
「……そんなに暇ってわけでもないんですよ? 私にだって、やることはいろいろあるんですから」
「いろいろ?」
「その、人々を萌えさせたりとか……」
「ははは。まぁ、そういうことにしておきましょう」
「信じてませんね! 破竹さんが変なんですよ!」
……いけない。また泣きそうになってしまっている。とりあえず、まだ帰さないほうが得策だろう。沢津さんと連絡を取るまでは。
確かに、この少女――有井は
《萌え》概念持ちの本質とでも言うべき、人を自身の虜にする力は間違いなく持っている。殺す手立てがあるのなら、この機を逃さず仕留めておきたい。
それに、いつまでも膠着状態に甘んじるつもりもないが、現時点では足止めにもなる。ここに彼女を引き止めておけば、彼女による被害を抑えられる。今後、別の標的を狙って動く時が来れば邪魔になるだろうが、それまでの間、信者の拡大を――
と、そこまで考えて、そうだ、と気付く。
——もしかして、彼女を改心させることはできないだろうか?
人を傷付けられないという《天使》なのであれば、萌義党の非道を知らない可能性もある。
……いや、苦しい考えだとは思う。それは百も承知だが、万が一ということもある。それに、現状殺す手段がないのだから試してみる価値はあるはずだ——。
その一縷の可能性に縋り、悠は彼女の名を呼んだ。
「有井さん。あなたは、萌義党が人々に何をしているのか知っているんですか?」
その問いに。
有井は一瞬きょとん、としてから、例の天使の笑みを浮かべてみせた。
「ふふふ。とことんおかしな人ですね。まるで党員の私より、部外者のあなたのほうが詳しく知っているみたいな言い方です」
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